3 気合を入れて働きますか
3
「いってきます」
「いってらっしゃぁい」
前世を思い出した翌日。
僕は日課の水汲みを終えて、僕はヌイと一緒に家を出た。
見送ってくれるのは叔母さんとベル。
叔母さんはベルと見た目がよく似ているんだけど、性格はおっとりしていて母娘と言われてもピンとこないぐらい。
で、そのベルさんはというと。
「バカアクタ! ばか! ばか! ばかあっ!」
昨日は恥ずかしいところを見られて半狂乱で暴れたベルを、最後は家族総動員でなだめすかしたんだけど、今日もまだ機嫌が悪いらしい。
僕と目が合うと真っ赤になって、ショートポニーで顔を隠しながら睨みつけてくる。
僕、悪くないよねえ。
まあ、ここはお兄ちゃんが負けておいてあげよう。
うん。思春期の黒歴史は誰にでもあるものだ。武士の情けでござる。
それに今も後ろで叔母さんに耳を引っ張られて、口が悪いわよぉと叱られているのに追い打ちはかけられない。
「ベルが、ごめん」
「ヌイが謝る事じゃないよ。まあ、うん。不幸な事故だったんだ。そう思っている」
隣を歩くヌイがしょぼくれている。
十歳にして村一番の巨体なヌイが縮こまっているとシュールだな。
ともかく、今は村長さんのお宅に向かう。
昨日休んでしまった分も仕事が溜まっているはずだから頑張らないといけない。
村長の家は村で一番奥。
大森林と呼ばれる大きな森の一番近くにある、一番大きくて、いちばん頑丈な屋敷だった。
その周りには既に大人たちが集まっている。
「おーい、ヌイ。お前が最後だぞ!」
「あい。ごめんなさい」
「いいって。お前がいてくれると仕事が進むからなあ」
「あい。頑張ります」
早速、ヌイがそちらに合流していった。
隣にいた僕に関してはノータッチ。
うーん。いつもの光景だね。
村での僕の扱いは微妙だった。
というのも、村では力仕事は頭脳労働より遥かに貴重だから、貧弱な僕は役立たずなのだ。
村の一員と認められていないというか、現場からは嫌われている、みたいな?
家族と村長は別なんだけどな。
いつだってどこだって体は動かさずに指示だけ出す人間っていうのは煙たがられるもんだから仕方ない。
適材適所? いやいや、理屈じゃないんだよ、こういうのはさ。
「これも宿命ってやつかな」
「何を気取った事を言っている」
おっと、独り言にツッコミが入った。
見上げると目の前には村長のグルトさん。
五十歳を過ぎの厳しい顔つきのおじさまだ。
着古したシャツとベストが今日もきまっているね。
じろりと言わんばかりに見下ろしてきて、僕の顔を穴が空く程に見つめてくる。
「頭を打ったと聞いたが?」
「はい。でも、大丈夫です」
「大丈夫、か?」
おいおい。
その言いぶりだと頭を打っておかしくなったと言ってないか?
え? 言ってないよね?
「まあ、いい。働けるんだな?」
「ええ。お任せください。昨日の遅れはきっちり取り戻しますよ」
自分の不注意で迷惑をかけてしまったんだ。
社畜のごとく働いてやろうじゃないか。
「……何か感じが変わったか?」
おっと。
不審な目を向けられたぞ。
前世を思い出して僕は何か変わっただろうか?
自問自答してみるけどわからない。
変わっていない、と思うんだけどなあ。
「まあ、いい。任せた」
まあ、いいって口癖は直した方がいいですよ。
部下のやる気がそがれるからね。
なんて考えつつも村長屋敷にお邪魔して、執務室に用意された自分の席に着く。
最初に目に入るのはわら半紙と羊皮紙の山。
小さなインク壺と羽ペンもあるけど、山が大きすぎて今にも飲み込まれそうだ。
一昨日よりも随分と多くなっているじゃないか。
うん。
二日分の仕事は覚悟していたけど、確実に五日分はあるぞ?
ちらりと部屋を見回すと、ニヤリと悪い笑みを浮かべている村長さんとこの長男さんと目が合った。
確か今年で十五になる青年で、なかなかのイケメンさんだ。
ヌイには負けているけど、鍛えられた体つきをしていて、村の若い層のトップでもあって、村民からの人気も高い。
そんでもって、未来の村長でもあるのだけど。
なんか知らんけど、この人からは敵視されているんだよなあ。
なんでだろう? 僕、将来的にはあなたの秘書ポジション候補だと思うんだけど、何かしただろうか?
ぜんぜん、心当たりがない。
「なんだ? 何か言いたい事でもあるのか?」
「なんでもないです」
僕は仕事をもらっている立場だ。
上司の無茶ぶりぐらいで音を上げてしまえば職を失ってしまう。
現代日本じゃないんだ。
ブラック職場、ハラスメントと叫んでも、追い出されておしまいなんだから、これぐらいは笑顔でスルーしないと。
さて、嫌がらせとわかったところでやる事は変わらない。
僕の淡白な反応に村長ジュニアは鼻を鳴らして、自分の仕事に戻った。
ざっと書類に目を通す。
穴を掘ってはうめるみたいな意味のない仕事を積み上げられたわけじゃない。
春に向けての仕事を前倒しでやろうとしてできた仕事か。
つまり、急いでやらなくてもいい仕事だ。
なのに、村長も息子の嫌がらせじみた押しつけを止めないっていうなら、何か意味があるんだろう。
「次の春って何かありましたっけ?」
「はっ」
鼻で笑われた。
嫌味な仕草だけど、イケメンがやると様になるからずるいよ。
「零印は物を知らないな。まあ、お前には絶対に関係ない話だから仕方ないか。五年に一度の大切なお客様が来るんだよ」
ジュニアはいちいち僕をディスるけど、ちゃんと教えてくれるからえらいなあ。
ツンデレ(?)さんの対応はベルで慣れているからいちいち腹も立たない。
「お客様?」
この村は開拓村だ。
大森林と呼ばれるメチャクチャ大きな森を開拓するために作られて辺境中の辺境。
国のはじっこにあるわけで、この村に来るのなんて行商人が月に一回ぐらい。
後は視察の代官様が一年に一回しかない。
そんな村に誰が来るというんだろう?
代官様じゃなくて領主様とか?
貴族様なんてそれこそ開拓が成功した時でもないと来ないだろう。
というか、来てもらっても接待する用意もない。
「お前には関係ないと言っただろ、零印」
本当に嫌われているなあ。
ジュニアもこれ以上は教えてくれないらしい。
村長は今のやり取りに目も来れない。
じゃあ、おしゃべりはこれまでだ。
「気合を入れて働きますか」
僕はない袖を腕まくりして、書類の山に取り掛かった。




