2 思い当たらないなら、好きにしよう。そもそも特別は特別でも、特別弱いんだから役割とかもらっても無理だし
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「今日はぜってー寝てろよな!」
家に帰ると強制的に休まされた。
ワラのベッドに押し倒されて、マウントポジションで見下ろしてくるベル。
九歳とはいえ女の子がそれどうよ? と思うけど、心配そうな目を見てしまうと野暮は言えなかった。
ヌイに救いを求めて見つめたけど、小さく首を振られてしまった。
「村長に、言っておく」
お手伝い先を押さえられてしまえばどうしようもないか。
今日は諦めよう。
自分の仕事は余裕をもって進めているから一日ぐらい休んでも問題ない。
ヌイやベルたち村の子供は肉体労働をしているんだけど、僕がしているお手伝いは村長の家で色んな計算をする事。
収穫予想とか、備蓄の消費量とか、開拓計画とか、行商人との交渉とか、そんなのに関わる計算を手伝う。
昔から誰に習うでもなく計算ができたんだけど、それって前世のおかげだったんだなあ、きっと。
「わかったよ。休む。休むから」
「いーや、ダメだね。ズルアクタはすぐどっか行くし。寝るまでどかないからな」
「はいはい。寝るよ。寝るから」
言われたままに僕は目をつぶって、ベルが下りるまで寝たふりだ。
いや、さっき寝たばかりだからね。
気絶を睡眠と同列に扱っていいか知らないけど、そうじゃなくてもまだ午前中なんだ。
前世は病死したみたいだけど、現世は田舎暮らしで、これでもかってぐらい健康志向の生活スタイルをしているから全然眠くならない。
しばらくするとヌイが開墾のお手伝いに出かけていった。
ベルはそれからずいぶん長い間見下ろしていたようだけど、僕の胸をポスンと叩くと農作業に出かけていった。
「ふう」
ベルの足音が遠くなるのを待ってから起きる。
実際、体は元気だった。
村長の手伝いにだって行けるけど、ベルを怒らせるのはまずいし、僕も心の整理をする時間がほしい。
だから、こうして一人で考えられるのはありがたい。
「異世界転生か……」
まあ、そう言う程に前世を覚えてないから混乱は少ない。
アクタの一番古い記憶の前に、続きがあったのを思い出したような感じ。
確かに色んな知識は増えたけど、それも色々と納得しただけだ。
道理で数学ができたわけだ。
そりゃあ、日本の教育を受けているんだから中世レベルの人より知識があるに決まっている。
前世から現世。
その間の事を思い出そうとしばらく考えてみたけど。
「うーん。やっぱり、特別な事はなかったよなあ」
前世の知識に異世界転生というのがある。
漫画や小説の一大ジャンルと言えばいいか。
それだと、神様的な存在に出会って特別な力や役割――チートを与えられて送り込まれるのが定番だったけど、僕にはそんな記憶がない。
となると、偶然転生したパターンなわけで、生まれた意味とか考えても無駄だろう。
「思い当たらないなら、好きにしよう。そもそも特別は特別でも、特別弱いんだから役割とかもらっても無理だし」
帰ってくる途中に考えていた事を思い出す。
右手の印。
自分の数印を見る。
生まれてからずっと変わらない『〇』の形。
こいつのせいで僕は虚弱体質扱いになって、ナイトメア級の人生を歩んでいる。
というのも、この世界の人間は例外なく誰もが右手に数印を持っている。
数印というのは一言でいえば魔法の力だった。
「いや、魔法って言うとちょっと違うかな?」
魔法と聞いてイメージするような『手のひらから火の玉を出す』とか『瞬間移動で遠くまで一瞬で移動する』とかじゃない。
あるのかもしれないけど、少なくとも村の人は誰も使えないから僕は見た事がない。
だから、間違いないのはこの数印があると体を魔力で強化できるという事。
この強化というのは単純に体の強さだ。
全身の筋肉の瞬発力・持久力はもちろん、内臓や神経なんかもそうだし、免疫力とかまでまとめて強化される。
ちなみに、数印は数が大きくなる程に効果が強くなる。
大体、【Ⅴ】で前世の健康な大人ぐらいで、【Ⅹ】にもなると一流アスリートを超えた超人のイメージ。
さあ、ここで考えてほしい。
幼児であっても大人並みの肉体性能を持つ子供の世界に、ずっと数字が零のまま変わらない人が紛れ込んだらどうなってしまうのか。
例えば、病気。
こっちの子供は抵抗力が高いからそもそも病気になりづらいし、なったとしても体力があるから治りやすい。
僕だけは簡単に病気になってしまうし、熱が出たら数日は寝込む。
おまけに、必要性が薄いせいで医療が未発達。
例えば、手伝い。
子供でも五歳になれば簡単に農具を扱えて、ヌイに至っては片手で斧を振り回せるから開墾作業を手伝える。
僕は幼稚園児並みで、本当は水汲みだって難しい。
例えば、ケンカ。
僕はきっと三歳児にも勝てないだろう。
いや、二歳が相手でも難しい、かも?
実際、ベルが二歳の頃に癇癪を起こした時は(ベル的には腕を振り回しただけだろうけど)ぶん殴られて、生死の境をさまよった事もある。
それから、ベルが過剰に僕を守るようになったりもしたんだけど、それは閑話休題。
「やっぱりナイトメア級だよなあ」
つまり、僕は死と隣り合わせの日常を過ごしていたわけだ。
経験則から虚弱体質だと知って、他の人の数倍は健康に気をつけてきたおかげで十年間生きてこられたけどね。
はっきり思い出してはいなかったけど、前世の知識のおかげかどうすれば病気にならないか、怪我をしないかっていうのがわかっていたのも大きい。
だって、この世界の人たちは生水をそのまま飲んでもケロッとしてるんだよ?
今まで健康に気をつけて色々と工夫してきた。
手洗い、うがい、水浴び、洗濯、料理と、率先して対策してきたんだけど、今となればこれも前世の知識を無意識に引き出していたんだなあ。
おかげで家事が得意になりました。
こんな僕にだけ必要な健康生活に付き合ってくれたベルとヌイには感謝しかない。
「僕が捨てられたのもこいつのせいっぽいよな」
自分でもわかるぐらい面倒な子供だ。
褒められた性格じゃないらしい実の母ならネグレイトしてもおかしくない。
むしろ、そうとわかっても見捨てなかった叔父叔母の寛大さが身に染みるわ。
そう考えると、実母の置き去りはファインプレーだったのかもしれない。いや、絶対に感謝なんてしないけど。
「これ、変わらないかあ」
前世を取り戻したのがきっかけで変化する、ってのもなし。
僕だけが【〇】のままいつまでも変わらない。
そもそもこの世界に零印なんてものはない。
生まれた時の赤ちゃんの右手は印なし。
呼び方なんてないけど、無印とでも呼ぼう。
生まれてから一年経つと、右手に【Ⅰ】の文字が浮かぶ。
それから一年ごとに誕生日になると増えていくんだけど、これは一度でも上がれなかったらそこで成長は終わり。もう二度と数字は変わらない。
といっても、どの人も五歳になって【Ⅴ】に変化して、そのまま【Ⅴ】で固定されるのがほとんど。
実際、村の人たちがそう。
途中で止まったという話は聞かないし、村の外でもほとんどないらしい。
で、ごくまれにヌイやベルみたいに【Ⅴ】の壁を超える天才がいる。
この開拓村ができて二十年らしいけど、その中でもまだ五人もいないぐらいの割合なんだと村長が言っていた。
こうなるとまた一年ごとに数字が増えていく。
これが【Ⅹ】までいくと村のヒーロー・ヒロインになれる。
そりゃそうだ。村への貢献度が他と段違いだからね。
そこからさらに【Ⅹ】の壁を超える超天才もいる、らしい。
開拓村で一番物知りな村長も実際に見た事はないぐらいのレアさだから、僕も見た事がない。もしかしたら、来年の誕生日にヌイがそうなるかもしれないけど。
「零って特別な感じなのになあ」
どうして異世界転生なんかしたのかわからないけど、どうせなら魔法の一つぐらい使ってみたい。
なんて、ね。
その前に、僕は一人前の大人になれるかどうかだろ。
この世界の教会はこの数印こそ『聖王が人間に与えた奇跡』と主張している。
その数印が零の僕はどう扱われるのか、全くの未知数だった。
この辺境村に教会がなくて良かったよ。
零印が見つかっていたら異端だとか言われて追放――どころか殺されていたかもしれない。
何年かに一度やってくる巡回神父には要注意。
って、つまり僕は辺境から出るという選択肢もないんだなあ。
行く場所、ないし。
「なんだか本気で頭が痛くなってきた」
こういう時にやる事は決まっている。
筋トレだ。
頭と心の整理もできた事だし、眠くもないのに寝てるのも退屈だったから丁度いい。
僕はベッドから抜け出して、上着を脱いだ。
十歳児にしては無駄な贅肉のない、しまった体をしている、と思う。
いわゆる、脱いだら『へえ、ふうん』って感じだ。
別に筋トレが趣味ってわけじゃない。
趣味ってわけじゃないけど、鍛えていないと生きていけないから鍛えているうちに楽しくなってきたのも否定しない。
「見せ筋じゃないのに見せ筋になってしまう悲しい世界だ」
ちなみに、数印で体が強化されたからって、誰もが別にムキムキのシックスバックになるわけじゃない。
実際、ヌイは脱がなくてもすごいのはわかるぐらい良い体をしているけど、あれは天然物の筋肉。
僕と一緒に筋トレしていたら、ああなった。体質の差ってひどいよね?
ベルなんかは女の子らしい柔らかい体だった。
最後に一緒に水浴びしたのはもう二年前だけど、その時のベルの数印は【Ⅶ】だったから常人離れした強化具合だったろう。
つまり、数印の強化は肉体改造じゃなくて、見えないパワードスーツみたいなのを着ているんだと思う。
いや、それだけだと反射神経とかが追いつかないから神経も強くなっている?
強化人間とパワードスーツの併用なのか?
ベルやヌイに聞いてもはっきりしないんだよなあ。
話が通じないって思っていたけど、前世持ちの僕とは常識とか知識とか感性が違ったせいだったんだろうなあ。
そんな事を思い出しながら、僕は日課の筋トレを始める。
柔軟運動から腕立て、腹筋、スクワット……と、しばらくしてふと視線を感じて顔を上げる。
そして、目があった。
『じー』と音がしそうなぐらい扉の隙間から熱心に覗いているベルと。
「ええっと?」
「―――」
目が合っているのに、反応がない。
どんだけ集中しているんだ。
っていうか、ハアハアと息が荒いのはなに?
さすが【Ⅸ】の数印持ちは違うぜ――ってそんなわけないか。
家族とはいえ、異性の体。
思春期だと気になっちゃうよね。
「ベル、さん?」
「あ……」
名前を呼んだらさすがに気付いた。
呆然としていたベルだけど、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
さて、正気に戻ってもらえたのはいいけど、どうしたものかな。
「いやん?」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!」
冗談にしたつもりだけど、ダメだったか。
それにしても、ベル。もう少し乙女らしい悲鳴を上げてほしかったな。




