78 魔王様が思わず反撃したくなる程の一撃を入れてやる
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「ほう。ふむふむ。ぬふふふ。やっとかのぅ」
決意を新たに、事件で止まっていた開拓を再開させた午後。
いつもの通りにやってきた魔王様は僕たちを見て、しきりに頷き始めた。
とてもご満悦の様子だ。
僕とクロエは並んでその姿を見つめ返している。
ラフルや他の亜人族の人たちは空気を読んだのか、さっと距離を空け始めた。
「なにか?」
「それは儂の台詞じゃ。何かあるのではないかのぅ?」
この魔王様、本当にメチャクチャだ。
殴ってでも話を聞き出すと決めたのはほんの数時間前なのに、一目で看破しやがったぞ。
できるとは思っていなかったけど、これで不意打ちの目は完全に潰えたな。
ともかく、知られてしまったのなら隠しても意味がない。
ひとつ、宣言といこう。
「魔王様、僕の零印の事。魔王様と覇王の呪印の事。僕らの聖印の事。知ってる全部を話してほしい」
「全部とはまた強欲な。うむ。実に良い!」
あえて対等な話し方をする。
周りにいる亜人族の人の目は少し険しくなるけど、当の本人の魔王様はむしろ上機嫌だから文句は出ない。
「ふむ。しかし、儂の頼みは聞いてくれんのかのぅ?」
目を細めて、口元を扇で隠す魔王様。
別に脅している様子はないけど、元々の圧迫感が凄すぎて脅迫されているように感じてしまう。
ドミトル氏のように泰然と相手出来るには年季が足りない。
頼み。頼みかあ。
城下町を広げるために森を開拓するって、あれね。
「それとこれとは別の話でしょ?」
「そうじゃな。関係ないぞ」
悪びれもせずにまあ。
あっけらかんと認める魔王様に溜息を隠せない。
初めて会った時にも似た質問をして、その返しが『森を開拓してくれ』って事だったけど、代価に情報をくれるとは言っていなかった。
騙されたとは思わない。
実は何度も危惧していたのだ。
魔王様は開拓を終えても教えてくれないんじゃないか、と。
「開拓は続けるよ。一度引き受けたんだし、客人扱いで受け入れてくれたお礼でもあるしね」
「ぬふふ。生真面目な事よ。人の子は不自由を背負い込むのぅ」
「嫌な不自由ではないからいいんだ」
「ぬふふ。ふふふ。そうかそうか。ならば、好い。そして、愛い」
さっきから魔王様はご機嫌だ。
いつも楽し気にしている人だけど、今は童心に返ったように無邪気に笑っている。
「で、話してくれるの? くれないの?」
「話さん。儂は主の親でもなければ、師でもないからのぅ。教えてやる謂れもないわ」
その通りだ。
教えてとせがむだけなら子供。
子供なら魔王様は保護してくれるだろう。
実際、この城で半年も保護してくれた。
役割もくれて、生活もくれて、稼ぐ伝手までくれた。
けど、零印や聖印、呪印の話は子供の問題じゃない。
当事者だったとしても、だ。
子供の内は保護者が対応すべき事だ、と。
知る必要もない。
だけど、僕はもう子供のままでは嫌だ。
黙って視線を送れば、それだけで意思は伝わったのか魔王様は笑い出す。
「ぬふふ。子が育つは早いのぅ。災いも糧にする気概は見事じゃ。して、人の子――いやさ、アクタよ」
人の子ではなくアクタと呼ばれた。
保護者としての立場ではなくなるぞ、という事だ。
まして、親でも、師でもない魔王様。
そんな彼女から何かを得ようとするなら、どうすればいいか。
「主はどうする?」
魔王様は甘い。
見ず知らずの森で見つけた興味深い人間を無償で手助けしてしまうぐらいに。
きっと、ここで僕が日和っても笑って受け入れてくれる。
今までのように保護してくれるだろう。
魔王に相応しい力を持ちながら、魔王らしくない亜人の王様。
もちろん、日和るつもりはない。
状況に流されてばかりなのはもう沢山だし、そんな情けない姿をリィンには見せられない。
「僕は……」
交渉?
そんなまどろっこしい真似をこの人は好かない。
懐柔?
できるわけないだろ、魔王様だぞ。
なら、制圧?
無理が過ぎる。
無理が過ぎるけど、それが一番趣向に合っているんだよな。
目の前には期待に目を輝かせている魔王様。
その気はないのかもしれないけど、圧迫感が段々と増していて全身に重く圧し掛かってくるような感覚。
クロエの手を握れば、力強く握り返してくれる。
目を合わすまでもなく意思疎通はできていた。
「ぶん殴ってでも聞き出す」
「ふ、ふふ、ふはっはっはっはっはっはっ!」
まっすぐに見据えて宣言すれば、魔王様は大いに笑いだす。
いつもの笑い方じゃない。
快活な、実に魔王らしい笑い方。
それだけで地面が揺れた。
空気がびりびりと響く。
得体の知れない圧迫感は重力となって体を縫い付けてくる。
「一指!」
その束縛を振り切って直近から右の一指を放つ。
手加減なんてない、本気の一撃。
卑怯?
殴ると宣言されておきながら笑い呆けている方が悪いに決まっている。
「おっと。ふはははは。いかんいかん。楽しゅうて我を忘れかけたわ」
一指は扇で止められていた。
開いた扇の紙で、真正面から。
岩どころか鉄でも砕く一指が、爪先程も押し込めない。
それどころか、僕と同時に仕掛けていたクロエの蹴りさえも、扇でまとめて受け止めているのだ。
しかも、攻撃を見もしていない。
魔王様は扇をそっと押し返してくる。
それだけでふわりと体が背後に押しやられる。
抵抗なんてできない。
力づくでも、技でもなく、自然現象のような有様。
僕とクロエは倒れないようにするだけで精一杯だった。
わかっていたはずだけど、化け物か。
「許せ。この五百年、儂に挑む勇者はおらなんだからはしゃいでしもうた」
まるで何事もなかったような振る舞い。
傲然と、正しく相応しい風格で、僕たちを見下ろす魔王様。
さあ、どうやって攻略するか糸口も掴めないぞ。
「ふはは。いいのぅ。戦士の目じゃ。叶わぬと知って尚も求めて挑む。魔王に挑む資格ありじゃ。ありじゃが……」
魔王様は熱くもないだろうに扇を揺らし、辺りを見回す。
これだけの実力差があれば慢心も油断にならないのだろう。
僕も視線を巡らせれば、開拓途中の空き地に亀裂が走っていた。
魔王様が笑った影響でこれか。
本気で戦ったらどうなるのか、想像もできない。
「ドミトルにまた小言を聞かされるのもたまらんか。戦士を侮辱するは業腹じゃが、時期ではないという事かのぅ。よし」
何事か呟いた魔王様はパチンと閉じた扇で僕らを指す。
「アクタとクロエよ。一日に一度だけ機会をやる。儂に一撃入れられたら、主らの望み叶えてやろう。何、儂は反撃せんから思い切り仕掛けてくるがよい」
それは随分と甘く見られたものだ。
甘く見られたものだけど、反発するだけの資格が僕らにはない。
悔しさを嚙み殺して、僕は魔王様を睨んだ。
「魔王様が思わず反撃したくなる程の一撃を入れてやる」
「ふはははは。よいのぅ。虚仮でも虚勢でも雄は吠えてこそよ。楽しみにしておるぞ、アクタよ」
漏れた笑い声で再び空気を響かせ、魔王様はパッと消えて城へと帰っていった。
残った圧迫感に誰もが動けない中、隣のクロエが僕の手を握ってくる。
「いやあ、想像以上だよ、あれ」
「そう」
さあ、どうしようか。




