77 それは、リィンの事を吹っ切りたいから?
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「女中さんとかにお願いした方がよくない? 本当に僕でいいの?」
「そう。アクタがいい」
ニールとの決着。
リィンとのお別れから三日。
僕はクロエの髪を結っていた。
朝一番に僕の部屋までやってきたクロエから頼まれたのだ。
急な訪問に僕は慌てて持っていた荷物を机の上にかくして、クロエを招き入れたのだけど。
「体の調子はいい、みたいだね」
「そう。アクタのおかげ」
この三日、ずっと自室で塞ぎこんでいたから心配していたんだけど、見たところ暗くはあっても陰のある表情ではない。
体は治っている。
僕もクロエもラフルも。
どうやら『浄化』の解釈はかなり広いらしく、怪我も穢れと認識できるのか。
瞬間再生という程の回復力はなくても、早送りするみたいに傷を治してしまえるようだった。
おかげで絶対安静と言われていた僕の左手も完治していた。
「不調があったら言ってね」
「そうする」
すぐに会話の次ぐ穂が見つからなくなってしまった。
顔を見られて安心できたけど、悩ましい依頼だ。
女の子の髪をいじるとか、ハードルが高すぎじゃないかな?
ベルが小さい頃はよくせがまれて髪を梳いたり、結ってあげたりしたけど、その役目も叔母さんに戻っていったしなあ。
とりあえず、大急ぎで女中さんから櫛と鏡とか一式を借りて、無難に髪を梳くところから始めているんだけど。
「うわあ」
髪、つやっつやのさらっさら。
持ち上げたら水みたいに流れ落ちるのはちょっと感動してしまう。
これでお手入れとかしていないのだから、女性陣に知られたら嫉妬されそうだ。
おそらく、これも身体強化の影響なんだろうけどなあ。
「なに?」
「いや、クロエの髪は綺麗だなあってね」
「……そ」
心なしか鏡の中のクロエさんが唇をキュッとしたような。
そういえば、初対面の夜にもべた褒めして照れさせてしまったのを思い出す。
嫌がってはいない、と思うんだけど、今のセクハラにならないよね?
ほとんど手ごたえを感じない櫛を置いて、一歩離れて見る。
これ、どう手を付ければいいの?
もともとのレベルが高すぎて、ヘタに手を出したら余計になりそうなんだけど。
カリスマスタイリストさん、アドバイスをお願いします。
「お客さん、今日はどうしますか?」
「アクタの好きにして」
お客さん、それ殺し文句ですよ。
僕じゃなかったら勘違いする野郎が続出するから。
鋼の自制心を発揮しながら、思いつくままに髪をいじってみる。
おさげ、三つ編み、ハイとローのポニーテイル、ツインテイル、サイドアップ、ハーフアップ、お団子にシニヨン……はうまくできない。
鏡に映るクロエは目を閉じて、気持ち安らかな顔つきだ。
本気の本気で僕に全幅の信頼を置いてくれているのがわかって、嬉しさと責任が半分ずつ。
しばらく、静かな時間が流れていき、思いつく限りの髪型を試したところで僕は頭を抱えた。
なるほど、僕にはスタイリストの才能はないんだろう。
見れない程じゃないけど、クロエ程の美少女に釣り合うスキルはない。
というか。
というか!
「しばらくすると髪が解けて流れ落ちるんだけど」
さらっさら過ぎる弊害だった。
緩くまとめたぐらいじゃ話にならず、かなり強めに束ねないと少ししたら崩れてしまうのだ。
そんな事したら髪が傷んでしまいそうで、とてもできない。
「これは素人でどうにかなる感じじゃないよ」
「そう」
心なしか残念そうなクロエ。
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
けど、朝から暗い気持ちのままで過ごすわけにもいかない。
僕はクロエの肩に手を置いて、鏡越しに目を合わせた。
「どうして急に髪型を変えたいって思ったの?」
最初に聞くべきだったんだろうなあ。
クロエは髪の手入れに無頓着ではあっても、無関心ではない。
きっと何か意図がある。
クロエは少しだけ黙ったままだったけど、前髪を摘まみながら、ポツリと声をこぼした。
「髪、変えたら、気持ちも変わるって。前もそうだった」
ああ。
魔王様に前髪を切られた時の事か。
あれから少しだけ積極的になったのを思い出して、同じようにしようと思ったのか。
「それは、リィンの事を吹っ切りたいから?」
「そうじゃない!」
珍しく大きな声。
僕を鏡越しに見る目は強い。
「ごめん。でも、リィンの事を忘れたいんじゃなくて安心した」
「忘れない。リィンはいる」
忘れてしまえたら楽になるだろう。
けど、それでは悲しすぎる。
リィンも、クロエも、だ。
だから、クロエにそんなつもりがないなら良かった。
でも、だとしたら、どうして気持ちを切り替えようとしたんだろうか。
「暗くしてたら、リィンも悲しい」
「そっか」
「そう。だから、頑張りたい。でも、苦しいの、なくならない」
それで、髪型を変えてきっかけにしようとしたのか。
なるほど。
クロエなりに立ち直ろうと必死なんだな。
「了解。クロエの気持ちはわかった。けど、クロエにしては珍しい発想だね」
「そう。魔王が教えてくれた」
……魔王様、いつの間にクロエに接触していたんだ。
まあ、あの人の事だから引きこもった部屋への突入ぐらい平気で敢行するだろうけどさあ。
「あと、アクタのところに行けって」
「へ、へえー」
本当に魔王様はさあっ!
なんでもかんでも見透かしたような事をするんだよなあ。
しかも、考えてじゃなくて本能だけで。
どうなってんだよ、あの人の感覚。
「あー。じゃあ、段取りと違ったけど、クロエにこれをあげるよ」
本当はちゃんと包装してから上げるつもりだったんだけど、ここまでお膳立てされたんだから渡すしかない。
僕は机に載せていた布を持ち上げて、クロエの頭に巻きつける。
期せずしてクロエの髪をいじったおかげで、スムーズに結べられた。
「これ」
クロエが目を丸くさせて驚く。
ヘアバンドというかターバンというか。
一日かけて市場から探した希少な布地を使ったもので、白地に青のシンプルな刺繍がされている。
唯一の飾りは青のリボンと銀の鈴。
「リィンの形見。音が鳴らないようにしちゃったけど、これならリィンを近くに感じられるかなって」
落ち込むクロエを励まそうと用意したものの、どうやって渡そうかと悩んでいたのを魔王様に見透かされたと思うと恥ずかしい。
でも、時間がなくてあんまり手の込んだものじゃないけど、丁寧に作ったつもりだ。
クロエは鳴らなくなった鈴を指でつつき、それから大事そうに撫でてから目を閉じた。
「そう」
「クロエ、また頑張れる?」
心を許しかけた相手を失ったばかりのクロエには残酷な言葉かもしれない。
でも、立ち上がろうと歯を食いしばっているなら、僕は手を差し伸べたい。
クロエはもう片方の手を僕の右手に重ねる。
「頑張りたい」
「わかった。僕も手伝うよ」
「そう。ありがとう」
さあ、日常を再開しよう。
無理にでも。
見せかけでも。
生きていくんだ。
いなくなってしまったあの子が、心配してしまわないように。
そして。
「クロエも僕を手伝ってほしい」
「そう。いいよ。でも、何を?」
前に進もう。
自分の意思で。
「魔王様をぶん殴ってでも、話を聞きだすんだ」
聖印。呪印。そして、零印。
知っている全てを教えてもらおう。
魔王様の好きな、力ずくでも。




