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ゼロのアクタ  作者: いくさや
第二章 魔王
79/154

74 他力本願だけどね

 74


 姿はニール。

 ただし、その表情は過去のどれよりも醜悪。

 ゼフに対して素直になれずに悪ぶっていた時は違う。


「何度も言ってるじゃねえか! 生きて生きて生きて生きて生き抜いて! 世界の終わりの先まで生き続けていくんだ! 邪魔する奴は全部食い殺してやるよ!」


 吠える姿はまさに獣。

 生への執着が形になったら、きっとこうなるんだろう。

 ニールの行動原理は単純明快。


 生き残る事。


 本当にそれ自体は罪ではない。

 だって、誰しもがそうやって生きているのだ。

 ニールだけが悪いとは言えないだろう。


 問題はニールが『浄化』の聖印を呪いとしているという一点。


「僕も食べるつもりか?」

「そうだそうだそうだそうだ! てめえの魔力ならしばらく体を変える必要もねえ! 長く生きられる!」


 本来なら死んで終わるはずなのに、聖印を媒介して寄生する存在となってしまった。

 これは元の作り手のゼフも想定していなかったんじゃないだろうか。

 聖印に前世の使い手の人格が残ったままになるなんて。


 けど、ニールはそれを実現してしまった。

 おそらく、幼少期の生の執着と、それからゼフへの未練で。


 聖印には魔力が必要だ。

 そして、魔力は人間にしかない。

 なのに、ニールは十年もの間、人間のいない大森林の中でしか活動しなかった。

 亜人族や時には魔獣を手の込んだやり方で乗り移ってきた。


「なんで、僕以外の人は狙わなかった?」」

「はん! 森の中の人は少なくてよ。乗り移っても、すぐにバレちまう」

「じゃあ、外に行けばいいじゃないか」


 大森林の中にはごくごく一部の人間の集落があるとラフルは言っていた。

 そこで事を起こせば発覚が早くなるのはニールの言う通り。


 なら、そもそも大森林から出ればいい。

 外にはいくらでも人間がいる。

 大きな街なら、人がひとり消えたところで大きな騒ぎにはならない。


 ごく当然の指摘にニールは沈黙する。


「そうか。お前も教会に追われているんだな」

「ちっ。頭の回るガキはうぜえな」


 罵声は吐いても否定はしない。

 正解のようだ。


 教会は聖印を求めていて、居場所を見つける手段を有している。

 その例外となるのがこの大森林だ。

 教会から追われている者が隠れるには最適だろう。


「それもここまでだ。てめえの魔力があれば何でもできる! 教会の奴らから逃げる必要もねえ! こっちから乗り込んで皆殺しだ! 殺そうとしてきたんだから殺し返して何が悪い! 食って、吐き捨てて、グチャグチャに掻き回してやるぜ!」


 復讐を宣言するニールだけど、結局のところはこいつにとって重要なのは生存だ。

 教会への反撃はそのための手段に過ぎないのだろう。


 だから、僕は突きつける。

 ニールが忘れているだろう事に。


「生きて、どうするの?」

「あ? そんなの……」


 再びの沈黙。

 けど、これはさっきとは違う。

 答えたくないから黙ったんじゃない。

 答えが見つからなくて、考え込んだせいだ。


 やっぱりか。


「お前、生きる理由を忘れてるだろ」

「そんなわけねえ。そんなわけねえだろうが! 生きるんだ! 生きなくちゃいけねえんだ! 生きて、生きて、生きて、生きて、生き残って、生き続けて、生き永らえて、そして――」


 言葉は続かず、熱と勢いはしぼんで消えた。

 必死の形相で理由を思い出そうとするニールだけど、いつまでも答えは出てこない。


「消えたんだな。理由」

「ちげえ」

「お前は生きる事に執着しすぎて、生きる理由を見失ったんだ」

「ちげえって言ってるだろ!」

「ああ。違うか。見失ったんじゃない」


 否定の言葉を吠えようとするニールを制して、告げる。


「理由を手放したんだ」


 ニールは反論しようとして口を開いて、でも言葉は出てこない。

 否定するための答えがないから。


 その動揺に爪を立てる。

 憐れに思う気持ちがなくはない。

 けど、こいつは欲望のために犠牲を出し過ぎた。

 ここで終わらせないといけない。


「なあ、ニール」

「うるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせえっ! ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃ、ごちゃごちゃと! 理屈ばっか言ったところで、てめえはもう『浄化』の一部に――」

「聞けよ、『浄化』のニール」


 なりふり構わない激昂で乗り切ろうとするのに、淡々と言葉を積み重ねる。


「お前、ゼフって名前は憶えているか?」


 ゼフの名前は劇的だった。

 凶悪なニールの表情が凍りついて、声が止まり、視線が乱れる。


「なんだ、それ。誰だ、それ。どうして、いつから、それを。俺は、私は、僕は、わたくしは、儂は、自分は、あたは、ワイは、ニールオイラは……っ!!」


 ニールが自分自身をオイラと生前のように呼んだ瞬間だった。


 その小さな体が内側から爆発したように激しく歪んだ。


 吹き出すのは無数の影。

 闇の中でも浮かぶ漆黒の人影だった。


 数は多い。

 溢れ、揺らめく人型の影。

 十を超えたところで数えるのはやめた。

 おそらく、これらはきっと。


「歴代の『浄化』の持ち主」


 過去の中で見た犠牲者たち。

 当たってほしくなかった推測が当たってしまった。


 ニールは人格を『浄化』されないように保ち続けてきた。

 つまり、奴に取り殺された人たちの人格もまた残り続けたのではないか、という推測。

 殺された相手に操られ、体が失われてもなお、そいつに捕らわれたままなんて。


「本当に最悪だよ、お前は」


 おそらく、ニールが自分を自分として認識したのがきっかけ。

 それまで奴は一度たりとも自分自身の事を一人称で呼ばなかった。

 取り込んできた無数の人格を統合するのに必要だったのだろう。

 けど、ゼフの名前がニールの人格を刺激し、その緩みが捕らわれの人格を解き放ったのだ。


 言葉通り、内側から食い破られたニールは苦しんでいる。

 悲鳴も上げられない有様だ。


「問題は……」


 僕は闇の中、あるかもわからない足場を蹴って後ろに飛ぶ。

 さっきまで僕がいた場所を、ぶぅんと音を立てて、一体の人影が通過していった。


 まるで影の触手だ。

 あれに触れられたらどうなるか、見当もつかない。

 ただ、まあ良い結果にはならないだろう。


 無数の人影が制御もなく暴れている。

 無理もない。

 何年も憎い相手に捕らわれていたんだ。

 暴走だってする。


「は、ひゃは、ひは、ふは、ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」


 何度も襲い来る影を躱しているうちに、しゃべれるようになったのか。

 ニールが昏い目を僕に向けて、笑い出した。


「オイラが、なんでも、なにでも、何故でも、どうでもいい! こうなりゃ、終わりだ! てめえもオイラたちと一つになって生きていくしかねえぞ!」


 あの影に捕まり、取り込まれればそうなるだろう。

 そして、この闇の空間はどこまでも広がっているけど、影の襲撃には終わりがない。

 いずれは捕えらてしまう。


 だから、やっぱりここで終わらせよう。


「他力本願だけどね」

「ああん?」


 僕は足を止め、握りしめた右手を掲げる。

 零印が赤く輝く右手。

 でも、大事なのは零印じゃない。

 相変わらず、こいつは正体も効果も不明なのだから。


 大事なのはこの手を現実で握ってくれている彼女。

 首に宿った『虚空』と『浄化』の聖印に魔力を込めて、叫ぶ。


「クロエ、力を貸して!」

「そう」


 僕の呼びかけにクロエの声が届いた。

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