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ゼロのアクタ  作者: いくさや
第二章 魔王
78/154

73 ……で、お前はどうするつもりなんだよ、『浄化』。それともニールって呼んだ方がいいか?

 73


 そこからの時間は断続的だった。


 村人と話し合ったり。

 村人から追われたり。

 冒険者と共闘したり。

 冒険者から追われたり。

 貧民の街を立てたり。

 貧民から追われたり。

 国々と渡り合ったり。

 国々から追われたり。

 学者と研究したり。

 学者から追われたり。


 とにかく、ゼフは目についたトラブル全てに飛び込み、力と知恵と成り行きで解決していく。

 見返りは求めない。

 気になったから助けただけ。


 ただ、最後はいつも同じ。

 助けた者から追い立てられて去っていく。

 それは解決方法が強引だったり、問題のすり替えだったり、誤解されたり、色々な理由のせいだったけど、ゼフは特に気にした素振りもなく受け入れて去っていった。


「『バカばっかかよ! ゼフがいねえと終わってた連中なのに、すぐに文句ばかりつけやがってさあ! てめえもてめえだ! 言い返しやがれ! っつうか、ぶん殴っちまえ! 腕っぷしあるんだからどうとでもできんだろ!』」

「仕方あるまい。凡人に聖王たる僕は理解できんだけだ」


 ゼフの言い分にニールは鼻を鳴らす。

 納得はできないが、言っても無駄だったと思い出したのだ。


 ただ、ニールの気持ちもわからないでもない。

 ゼフなら追われても簡単に撃退できるだろう。

 なのに、そうしないのだからストレスも溜まる。


 ゼフは天才だった。

 しかも、全方向の天才。


 まず単純に強い。

 膨大な魔力による身体強化は僕よりも上で、大型の魔獣さえもパンチ一発で粉微塵にしてしまった。

 数印を持たないこの時代の人々からしたら化け物に見えただろう。


 頭もいい。

 というより、発想が常識にとらわれていない。

 突拍子もない事を言いだし、反対されてもやり切って、結果を出し続ける。


 そして、何より。

 ゼフは聖印を生み出せる人間だった。

 小細工では無理なトラブルだと判断すると、困っている誰かに聖印を作り出して、あっさりと贈ってしまう。


 ニールもその一人だ。

 ゼフは魔獣に襲われて行き倒れていた瀕死のニールを救うためだけに、新しく『浄化』の聖印を生み出して与えていた。


「『ったく。気に入らねえ』」


 地面を蹴ってニールは唾を吐く。

 お人好しの主に、恩知らずの愚か者に、何より救われていながらなんの役にも立たない自分自身に怒りを抱えていた。


 それでも。

 それでもゼフとニールの旅は続いた。

 何年も、何年も、何年も、裏切られながらも聖王の旅路は続いた。


 そして、最後に辿り着いたのが大森林。


「お前は完璧な生き物なのだな」

「ぬふふ。戯けがおるわ。戯けの王じゃな」


 魔王アウラとの激突。

 森に入るなり例によって例のごとく、唐突に飛び込んできた魔王様。

 問答無用とゼフに襲いかかり、なんとゼフはそれとも渡り合ったのだ。

 ニールは最初の一撃で吹っ飛ばされてしまい、以降は満足に近づく事もできなかったため詳細はわからない。


 ただ、一日にも及ぶ激闘の結果、大森林の一角がまるまる消し飛んで、気がついたら二人は意気投合していた。

 それから魔王城に連れていかれ、存分に歓待される日々。

 魔獣の襲撃があり、生活は簡単ではなかったが、充実した人生。

 ゼフの生涯で唯一、助けを求められる事も、追われる事のなかった時間だった。


 ニールはそれを素直に喜べなかったけど、ゼフが心から笑っているのを見ると頬が緩んでいた。


「では、行くとするか」

「『本気で言ってるのかよ……』」


 けど、ゼフは止まらない。

 数年の滞在の後、再び森の外に――人間の世界に戻ると言い出した。


 ニールは反対した。

 当然の猛反対だ。

 説得に失敗して殴り掛かって返り討ちにされても反対した。

 嫌なら残っていいぞと言われてぶち切れても反対しまくった。

 なにせ森の外ではゼフは異端者と追われるばかりで、ここに残った方が穏やかに、平和に生きていけるのに、わざわざ苦労を望むのが信じられない。


「本気に決まっている。僕は常に本気の男だ」

「『何しに行くんだ……』」


 いつもと変わらないまっすぐな眼差し。

 一度も揺るがず、一度も曲げず、一度も逸れない青年は、ひとつ頷いていつもの言葉を吐く。


「世界を救う」

「『その前にてめえでてめえを救えよ』」

「救うまでもなく僕は満たされている。聖王だからな」

「『どこがだ……』」


 どんなに反対してもゼフはやると決めたらやる。

 長い付き合いで嫌になるぐらいに知っていたニールは、最後は折れて、不貞腐れながらも話を進める。


「『で、今度はどこだ? 誰に助けを求められた?』」

「場所は……そうだな。前に立ち寄った大きな街。あそこがいい。この数年で随分と発展したと聞いた。あそこから始めよう」


 そこは追手をかけられた街だが、気にしないらしい。

 また自分がうまく調整するしかないと考えつつ、より具体的な目的を聞き出す。


「『そこで何をするんだ?』」

「ああ。どんな人間でも魔法を使えるようにしたくてな」


 そう言って、ゼフは右手を持ち上げる。

 その手には【Ⅰ】の文字。

 ニールが見ている前で【Ⅱ】や【Ⅲ】と数字を増えていくが、ゼフが手を振るとパッと消えてしまった。


「数印と名付けた」

「『それ、聖印じゃねえのか?』」

「聖印の簡易版だ。魔力が溢れる世界なのだ。こんな資源を無駄にすることもあるまい」

「『人間が力をつけても碌な事にならねえよ』」

「だが、必要な事だ」


 自身の経験から未来を悲観するニールを、ゼフは否定しなかった。


「人に力を与え、僕は大森林を攻略する」

「『はあ? おい、それってよ。あの魔王様を敵に回すってことか!?』」

「そうだ。僕はあの美しい獣を解放したい」


 ニールも僕も息を飲む。

 知る限り、それはゼフが初めて自分自身のための願いだったからだ。


「では、助手よ。行くぞ」

「『ああああああああ、もう! わあったよ! 行けばいいんだろ、行けばよ! ってか、一人で行かせられるか、この非常識人間!』」




 二人の旅路は唐突に終わりを迎えた。

 のちに王都と呼ばれるようになる街で活動を始め、冒険者を味方につけ、数印の有効性を広め、勢力を拡大させ続けた二人だ。

 多数の味方ができ、それ以上の敵ができた。

 相変わらず天才のゼフはそれさえも跳ね除け続けたが、聖印を持っていても凡人のニールはついていけなかったのだ。


 ただ一本の毒矢。

 それがニールの胸を貫き、心臓を破壊した。

 致命傷だった。

 聖印でも回復しきれない程の。

 あるいはゼフが間に合っていれば救えたかもしれなかったが、あまりにも大規模な襲撃に駆け付けるのが遅くなった。

 結果、ニールは死んだ。


「ニール。すまない。僕は……」

「『はっ、あんたでも、そんな顔、するんだな。けっさくだぜ』」


 その時のゼフの表情を僕は見ていない。

 見てはいけないと思ったから。


「『ま、おまけの、人生に、しては、悪く、なかった』」

「そうか。ああ。そうだな。そうでなければならない。僕が必ずそうしてみせよう。だから、ニール。君は僕の中で生きて、見守ってくれ」


 呼吸が止まり、意識が沈んでいく中。

 武骨な親友の手が首筋を撫でる感触。

 それが、ニールの人生の最後の記憶だった。




「何がなんだか……」


 記憶から解放されて、溜息しか出てこない。


 僕はこの半年でラフルから習った歴史で知っている。


 五百年前、神から全ての人間に数印という魔法の奇跡が与えられたのだと。

 歴史の中に聖王ゼフと助手ニールの名前は存在しないと。

 そして、聖王の代わりに存在する名前が覇王であることを。


 何が起きたのか。

 道半ばで息絶え、ゼフに看取られたニールは知らず、この時間旅行では知る術はなかった。


 ニールの死後、唐突に真っ暗な闇に取り残された僕は溜息をこぼす。


 こうして自分の言葉を発するのも久しぶりな気がする。

 それぞれの人生で経験した時間は短い物ばかりだったけど、濃厚な経験ばかりで感覚が追いつかない。


「……で、お前はどうするつもりなんだよ、『浄化』。それともニールって呼んだ方がいいか?」

「はっ。決まってんだろ。生きる。生き続ける。それだけだ!」


 振り返れば、最初からそこにいたのか。

 過去の子供の姿をした『浄化』のニールがいたのだった。

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