72 『お前、なんなんだよ?』
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そこは倉庫なのだろうか。
木箱が乱雑に積まれた小屋の隅。
いかにも無理矢理空けたスペースには不似合いなベッドがひとつだけ。
といっても藁の上にシーツを敷いただけの、最低限の役割を果たすだけのそれだったが。
そんなベッドに横になっていた子供。
それが今回の『浄化』だった。
「ほう」
見下ろす視線。
冷たい目をした青年だ。
何を考えているかわからない。
非常に多くの人生の終わりを見せられてきたが、一気に時代が飛んだ気がする。
青年の服装もかなり古い物に見えた。
この世界の服飾の歴史なんて知らないけど、そもそも服の素材や縫製が素朴なのだ。
中世から古代まで時代が遡ったイメージ。
江戸時代から平安時代まで戻れば、いくら素人でも違いが目に入ってくる。
ここまでは長くても一年ぐらいのスパンだったように思えたが、数百年と時代が飛んだのはなんだ?
思考を巡らせている間にも場面は進んでいく。
「最悪か。具体的に言ってくれ。症状は肉体的なものか、精神的なものか。前者であれば鎮痛薬を出そう。後者であれば鎮静剤を出そう」
「『どっちも薬じゃねえか。あんなまずいモノ、誰が食うか』」
「薬とは苦いものだ。仕方あるまい」
「『お、おい。何が仕方ねえんだ。待て! その薬をどうするつもりだ!?』」
青年に顎を掴まれ、強引に開けられた口の中に薬が放り込まれる。
細い腕のどこにそんな力があるのか、抵抗してもまるで揺るがない。
そして、雑だった。
おそらく二種類の薬をまとめて口に入れさせ、さらにコップ一杯の水を突っ込み、子供がむせるのもお構いなしに傾ける。
大半が服やシーツを濡らす結果になっても、満足げに頷いている。
「よし。飲めたな」
「『ごほっ!? げほっ! ごっふ! ば、馬鹿野郎! 殺す気か!?』」
「妙な事を言うな。僕は救う者だ。無論、少年も救うに決まっている。そして、僕は馬鹿ではない」
奇妙な青年だ。
怜悧な容貌、細い体に似合わぬ腕力。
鋭い目には強い意志が宿っているが、口にしたのは『救う者』という曖昧な表現。
「『ああ、くそっ! にげえぇ……救う者とか知らねえよ! 放せって!』」
「逃げないと誓えるか?」
「『誓う誓う! 親に誓って逃げねえよ! いいだろ、これで!?』」
「いいだろう」
雑に手を放したせいで子供が尻もちをつくが、痛がっていたのも束の間。
「『はっ! ばあか! オイラに親なんていねえんだよ!』」
即座に誓いを破って逃げを計る。
小さい体を活かして、山積みの荷物の隙間に滑り込み、追跡されないように何度も行き先を変えてから、床板を引っぺがして床下から小屋を脱出した。
「そうか」
「『げえっ!? なんで、ここにいやがる!?』」
なのに、先回りして青年がいる。
慌てた様子もなく、むんずと『浄化』の首根っこを掴むと、そのまま荷物みたいに持ち上げて小屋に戻っていく。
やっぱり力が強くて、どんなに暴れても揺らぎもしなかった。
「『放しやがれ! オイラをどうするつもりだ! くそっくそっくそっくそっくそっくそっ! 人さらい野郎に捕まるなんてついてねえ! 捨てられて、魔獣に食われかけて、最後は奴隷落ちかよ! ふざけんな! オイラは死なねえ! 生きて! 生きて! 生き抜いて! 幸せを手に入れて! オイラを捨てた奴らを見返してやんだよ!』」
叫びに込められた想いは本物だ。
この時の『浄化』もまた生きる事への執着を持っている。
そんな『浄化』を静かに見下ろしていた青年は、ポイっとあっさりベッドに放り投げる。
力加減がわるかったのか、藁が盛大に舞い上がるのに眉をしかめつつも、すぐに何事もなかったように話し始める。
「それはいい考えだ。ならば、やはり逃げるな。僕の下にいるといい」
「『……は?』」
唐突に解放されて呆ける『浄化』に青年は続ける。
「僕は少々不器用でな」
「『少々?』」
少しじゃないだろ。
なんでもかんでも力任せすぎる。
案の定、青年は『浄化』のツッコミも強引に無視した。
「助手がほしいと思っていた」
「『はあっ!? 助手? 助手ってなんだよ! オイラに何をさせるつもりだ!』」
なおも噛みつく『浄化』だったが、青年は初めて笑みを浮かべた。
どこか誇らしげな笑みに、意外だったのか『浄化』も言葉を飲み込む。
「決まっている。正義を為して、世界を救う手伝いだ」
「『……本気で言ってんのか。この馬鹿』」
呆れ果てたとばかりに『浄化』が呟いても、青年は一向に揺らがない。
自身の正義も、その目的も、一片の迷いもないのか。
自分ならできるという確信があるのか。
それは僕にも『浄化』にもわからない。
ただ、言葉にはできない不思議な説得力を持つ青年だった。
「『わけわからねえ……』」
「無知を恥じる必要はない。得てして偉大な人物は理解を得られないものだからな」
「『自分で自分を偉大とか言ってんじゃねえよ!』」
とうとうベッドに身を投げ出した『浄化』は観念したように頭を抱えた。
「『あー。いいよ。奴隷でも助手でもなんでもやってやるよ』」
「奴隷はいらない。助手でいい」
「『はいはいはい。で、オイラはなにをすればいいんだ?』」
「さしあたっては、まず休め。昨日まで瀕死の重病だったのだからな」
瀕死の重病?
この『浄化』が?
昨日から今日でそんなに回復するなんてありえないだろう。
「『はあ? 騙そうったっていかねえよ。オイラは……そういえば、どうしてここにいるんだ? 魔獣に殺されかけて、それから……』」
「記憶が飛んでいるなら、忘れたままにしておけ。それより、どれ……」
無理矢理話を変えて、青年は『浄化』の顎を持ち上げて首をさらす。
やっぱり強引すぎて首が反り返っているのに気付いているのかいないのか。
左首で青く輝く『浄化』の聖印を満足そうに見つめる。
「僕の作った聖印は正常に作動しているな。もう一日も休めば壊死しかけていた手足の指も自由を取り戻すだろう」
「『オイラの指……あれ? そういえば、どうして動くんだ? 前の冬に半分動かなくなっちまってたのに!』」
この青年、なんて言った?
僕の作った聖印?
期せずして僕と『浄化』の気持ちがひとつになる。
この男は何者なのか。
「『お前、なんなんだよ?』」
「言ったはずだ。正義を為し、世界を救う者だと。いや、この言い方は長いな。もっと短いながらも端的に僕を表す言葉がいい。ふむ、そうだな……」
しばしの思考の後、青年は自らを指して宣言した。
「僕は聖王。聖王、ゼフ。救世主だ」
呆然となる僕らに青年――自称、聖王ゼフは尋ねてくる。
「少年の名は?」
「『……あ? ああ、名前? そんなのねえよ。ソレとかアレとかソイツとか呼ばれてたからな』」
「そうか。ならば、今日からニールと名乗るといい」
「『はいはい。ニールな。いいよ、それでもう……ったく、変な奴に捕まっちまった』」
そうして、ゼフとニールの人生が始まった。




