69 わからない。なんだか、使えるような気がして、使えた
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「クロエ、ラフル。無事!?」
一瞬で真冬の森となった中で声を張る。
ただでさえ夜中だというのに、霧に雪が混ざるという不思議な状況で視界が悪い。
ほんの少し先も見渡せない。
「へいきー。この子もねー」
「そう」
二人の声が揃って返って、すぐに二人と合流する。
ラフルは僕の顔をまじまじと見てきて、言いづらそうに尋ねてくる。
「少年、今の唱歌は?」
知らず脇腹の聖印に手を当ててしまう。
二人がやってくるまでの間、耳を澄まして、心の内で呼びかけたりもしたけど、彼女の声は聞こえてこなかった。
自分の中に自分ではない何かがいるかもしれない。
なのに、不思議と不快感はなかった。
普通なら操られるとか、自我を奪われるとか不安になりそうなものなのに、ただ助けてもらえたとしか思えない。
どうして助けてくれたんだろう。
僕にとっては平穏を壊した相手で、彼女にとって僕は命を落とした原因のはずなのに。
それでも、助けてくれたのだとしたら。
傷だらけのラフル。
なんとなく、こいつのためだったんじゃないかって思う。
「わからない。なんだか、使えるような気がして、使えた」
例の声について話すべきか迷って、伝えない事にした。
詳しくは教えてくれなかったけど、ラフルと彼女には因縁がある。
そんな彼女が僕の中に残っているかもしれないなんて、とても口にできなかった。
「そっか……あー」
ラフルは言葉を飲み込んだのか少しだけ続ける言葉に悩んで。
「ありがとう」
「なんだよ、急にお礼なんて」
「んー。なんとなくー? お礼を言いたくなったんだよー」
どういたしまして、とは言わない。
僕に向けた言葉じゃないだろうから。
「まあ、それにしてもお互いボロボロだね」
最後に影の暴走が起きたせいで全員傷だらけ。
特にラフルは地面から迫る影に近かったせいでダメージが大きそう。
反対に空を駆けていたクロエは軽傷か。
というか、重傷って事なら一番ダメージが深刻なのは僕だ。
身体強化を掛けてはいたけど、着地しただけで傷口が開いたからなあ。
血がにじんだ包帯を見て溜息が出る。
「少年こそ今にも死にそうな顔だぞー」
「死にはしないよ」
瀕死の重傷を負ったはずだけど、今のところ動けている。
クロエが『親愛』で僕に身体強化魔法をかけ続けてくれたおかげだ。
身体強化をしていると回復力が増すのを、僕の大魔力で無理やり押し通した感じなんだと思う。
目が覚めてからは僕自身も強化をしっぱなし。
これ以上悪化するのは防げているけど、治ってはいないなあ。
「しっかりと休まないとー治らないよー」
「そのつもりだよ。全部、終わらせてからだけどね」
「そう」
透明な氷の中のリィンを見上げる。
目を見開き、叫びを上げようとした凄絶な表情だ。
僕の知るリィンの表情ではない。
クロエは唇を強く引き結んでいる。
凛々しくも見える横顔が、今にも泣きそうな顔に見えた。
「アクタ、リィンは?」
「一瞬で凍ったから、蘇生の可能性はある、と思う」
「そんな話、知らないなー」
ラフルも知らないか。
無理もない。
いわゆる、コールドスリープというやつだ。
前世の世界でも実現はされていなかったSFの技術だけど、魔法の力を使えばできるかもしれない。
かなりポジティブに考えての可能性だけど。
「クロエ、解凍していくから身体強化をリィンにかけてあげて」
「そう」
「あー。二人とも、やめた方がいいと思うよー」
ラフルが困った顔で止めてくる。
そういえば、ラフルは終始『浄化』に対して攻撃的で、リィンに対しては同情しつつも諦めているような態度だった。
「何が言いたいの?」
「んー。無駄になるからねー。でも、納得しないんだろうなー」
今までは戦いの中で問い質す暇もなかった。
何か知っている様子のラフル。
聞かないわけにはいかない。
「何を知っているんだ?」
「この子には話したけどー、あの『浄化』の聖印の前の持ち主はねー、自分が死んでも消えたくないからってー、魂が消えるのを聖印で止めているんだよー。で、次の聖印の持ち主を乗っ取ってー、操ってー、死なないようにしている寄生虫」
なるほど。
つまり、『浄化』の聖印は呪われているという事か。
「……でも、リィンは獣人だよ」
亜人族は魔力を持たず、聖印を宿らないのでは?
クロエは精霊族とのハーフだから例外だけど、リィンは純血の獣人だ。
「無理矢理だろうねー。聖印ってさー、前の持ち主が死んじゃった時は次の人にいきなり表われるんだけどー、同意を得た相手に継承する方法もあったりするんだー。『浄化』の奴は騙すかして継承させたんだろうねー。ま、それでも獣人が聖印を持っているのは難しいだろうからー、なんか裏があると思うよー。かなり悲惨なのがねー」
おい。そんな重要な情報を黙っているんじゃない。
聖印の継承。
さっきから触れたままだった脇腹の聖印を見下ろす。
「じゃあ、これが僕に宿ったのも継承のせい?」
「あ、それは違うよー。同意した相手って言ったでしょー。あんな殴って奪うなんて乱暴なやり方は継承って言わないからねー」
その通りだった。
じゃあ、『水氷』と『罪過』の聖印が僕に移ったのは零印のせいなんだろう。
他に要因なんてないし。
ラフルは僕とリィンを交互に見て、首を振った。
「聖印使いを倒したら盗れるのかなって思っていたけどー、この様子だと違うみたいだねー」
「まあ、これで勝負がついてないなんて言えないだろうけど」
リィンの首の羽毛の下に聖印は残っている。
となると、あの時との違いは。
「僕が触れたから?」
「その可能性は高そうだー」
思い返せばリィンは僕に首を触られるのを頑なに嫌がっていた。
あの時も『浄化』の奴が聖印を奪われるのを止めようとしていたのかもしれない。
「なら、解凍して聖印を奪おう。それから身体強化で回復を助ける」
リィンの体から『虚空』と『浄化』の聖印を奪えば、もう操られる事はない。
「アクタ、だいじょうぶ?」
心配そうに見つめてくるクロエ。
今度は僕が『浄化』に操られてしまうんじゃないかと不安なんだろう。
正直、そこは未知数。
クラリスと同じように無事で済むとは限らない。
特にさっきは前の持ち主の影響を受けたばかりなのだから。
でも、このままリィンを殺してしまうなんてできないのだ。
「大丈夫。やろう」
決意して宣言すれば、ラフルも肩をすくめるだけで止める事はなかった。




