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ゼロのアクタ  作者: いくさや
第二章 魔王
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閑話 クロエの願い

 閑話 クロエの願い


 わたしは生まれてからわからない事ばかりで、そして、何もかもがつらくて、悲しくて、さびしいばかりだった。


 最初の記憶。

 それは森の中の村で、一人っきりだった事。


 村の人たちは誰もがわたしを嫌っていて、近寄ると蹴られて、話しかけると物を投げられて、酷い時は見えない精霊に襲われたりもした。

 そう。

 村の人は全員。

 お母さんも、そうだった。

 ううん。一番、わたしを嫌いだったのがお母さんだった。


 いつもわたしを睨んで、話してもくれない。

 ただ、その目が言っていた。

 お前なんかいなくなればいいのに、って。


 わたしが良い子なら、お母さんの願いを叶えてあげるのかもしれない。

 けど、わたしは一人になるのが怖くて、嫌で、どうしても村から出ていくなんてできなかった。


 そんな世界が何年も続いた時。

 わたしは段々と自分が村の人と違うとわかった。


 成長の早い体、中途半端な耳、髪の色も暗い。

 何よりも左胸の印と魔力。

 これは人間の持つモノだって、混ざりものだからそうなんだって、大人たちが言っていた。


「俺と一緒に行くかいー?」


 辛い日々の終わりは唐突だった。


 村の外れで一人ぼっちだったわたしに声を掛けてきた人間。

 大人の男の人。


 なんだか、うさんくさい人だった。

 嘘はついていない気はするけど、本当も言っていなさそうな雰囲気。

 ついていったら便利に使われてしまうだろうって、子供のわたしでもわかっていた。


 それでも。


「ついてきたらー、胸の印の事も魔力の事も教えてあげられるよー。もちろん、その使い方とかもねー」

「そう」


 わたしはついていった。


 このまま村にいても胸の苦しさはなくならないと思ったから。

 誰にも言わないまま、わたしは村を出ていった。


 ……探しに来てくれる人は、いなかった。




 それからの生活はあまり変わらなかった。


 男の人――ラフルは適当な人だったから、食べ物とか家とか服とかあんまり考えていないみたいで、ダメになったら手に入れてくるだけ。

 それは村にいた時から同じだったから気にならなかった。


 増えたのは魔力を使う練習だけ。

 わたしは魔力をうまく使えていなかったから、魔力が少ないらしい。

 だから、少しずつ練習しないと駄目で、上手になるまでとても時間が掛かるとラフルは言っていた。


 でも、わたしにはもうこれしかない。

 だから、頑張って、頑張って、頑張って、魔力を使えるように、少ない魔力を大事に使って、魔法を使えるようになった。


 そんな生活が一年続いた時。


「そろそろ、強い魔獣も狩ってみようか」

「そう」


 ラフルが急に言い出すのはいつもの事で驚かなかった。

 でも、連れていかれたのが精霊族の村の近くだったのは驚いた。


 ヘラヘラと笑った顔でラフルが指さした先。

 そこには大きな大きな熊がいた。

 そいつは村の方に少しずつ近づいているように見えた。


「棘蔓熊だねー。かなり強い魔獣だよー。精霊族は強いけどー、不意をつかれたら危ないかもしれないねー」


 そんな事を言う。

 どうする? とも聞いてこない。


 棘蔓熊を先回りして村を見た。

 何も変わっていない。

 わたしがいても、いなくても、何も変わっていない故郷。

 わたしがほしかったものを何もくれなかった場所。

 お母さんを探す勇気は、なかった。


「そう」


 わたしは棘蔓熊を蹴って、そして、村と逆の方に向かって逃げるのだった。




 アクタは変な人だった。


 棘蔓熊と戦って、勝てなくて、でも負けもしないで森の中を移動し続けて、外に近くなっていた日の事。

 そこで偶然、見つけた人間の男の子。


 最初はわたしに似ていると思った。

 すごいすごいすごいすごいすごい魔力を持っているのに、魔力を使えなくて。

 村の人から嫌われていて、近くにいさせてもらえない。


 それなのに、彼は家族から大事にされて、大事にしていた。

 一人ぼっちじゃなかった。

 わたしと同じなのに、同じじゃない、そして、わたしにも優しくしてくれる、本当に変な人。


 たくさんの言葉をくれて、何度も助けて、助けられて、手を繋いで一緒にいてくれた。




 そのアクタが倒れる。

 体中を暗い針に刺されて、ボロボロになった浴場に落ちていく。


「アクタ……」


 リィンが眠ったまま起きなくて、息をしていなくて、生き返って、知らない奴がしゃべりだして、そうしたら戦いが始まって。


 わたしが何もできない間に始まって、終わってしまった。

 アクタも同じだったのに、彼だけは最後の最後で前に出て、影の針を吹き飛ばして、皆の代わりに刺された。


 倒れたアクタは動かない。

 血が、地面に広がっていく。


「アクタ……」

「誰でもいい! 先生を呼んで来い!」


 アクタの友達の大きな人が怒鳴る。

 持っていたバッグから色々と道具を出しながら、アクタに駆け寄っていく。

 ラフルは、いない。

 きっとリィンを追っていった。


 わたしは、どうすればいい?

 誰も教えてくれない。

 何ができるかわからない。

 わからないばかりで、動けない。


「ふうむ。面倒な事になっておるのう」


 いつの間にか、狼の女の人がいた。

 腕を組んでわたしたちをじっと眺めている。

 すごい人。

 なにがなんだかよくわからないけど、とってもすごい人。

 この人なら、アクタを助けられる?


 わたしはその人の服を引っ張って、まだうまくしゃべれない口を開いた。


「アクタを、助けて」

「ふむ。儂に物を頼むとはよい度胸じゃ。じゃが、儂にできる救いなんぞ、命を絶って楽にしてやるだけだが、よいかの?」

「そうじゃない」


 ダメだった。

 この人は本当にそうしてしまう。

 だから、頼っちゃダメだ。

 騒ぎに気付いた白の人も、この人には何もお願いしない。


「ふむ。なら、自分でどうにかするしかなかろう。願い、叶えよ。それが生き物のあるべき姿じゃろう」

「そう」


 そうだ。

 難しい事はわからないけど、わたしがやりたい事はわたしがやらなくちゃダメだ。

 誰かがやってくれるのを待っていても、誰もやってくれないって知っている。

 やってくれていたアクタは動けなくなってしまった。


 それだって、わたしが何もやらなかったから。


「そう」

「うむ。そうじゃ」


 狼の女の人が背中を叩く。

 すごい力で転びそうになったけど、必死に耐えて走る。


 アクタのところに。

 酷い、怪我。

 体中にいくつも穴が開いてしまったみたいで、どくどくと血が流れて、布で押さえてもすぐに真っ赤になってしまう。


「おい! 重傷だ! 動かすな!」

「そうじゃない!」


 友達の人に叫び返す。

 その人が驚いている間に、アクタの右手を握る。


 ずっとわたしが握って、つないで、すがっていた手。


「助ける。絶対、助ける。わたしが、そうしたいから!」


 右胸の聖印が今までにないぐらい、光り出していた。

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