閑話 クロエの願い
閑話 クロエの願い
わたしは生まれてからわからない事ばかりで、そして、何もかもがつらくて、悲しくて、さびしいばかりだった。
最初の記憶。
それは森の中の村で、一人っきりだった事。
村の人たちは誰もがわたしを嫌っていて、近寄ると蹴られて、話しかけると物を投げられて、酷い時は見えない精霊に襲われたりもした。
そう。
村の人は全員。
お母さんも、そうだった。
ううん。一番、わたしを嫌いだったのがお母さんだった。
いつもわたしを睨んで、話してもくれない。
ただ、その目が言っていた。
お前なんかいなくなればいいのに、って。
わたしが良い子なら、お母さんの願いを叶えてあげるのかもしれない。
けど、わたしは一人になるのが怖くて、嫌で、どうしても村から出ていくなんてできなかった。
そんな世界が何年も続いた時。
わたしは段々と自分が村の人と違うとわかった。
成長の早い体、中途半端な耳、髪の色も暗い。
何よりも左胸の印と魔力。
これは人間の持つモノだって、混ざりものだからそうなんだって、大人たちが言っていた。
「俺と一緒に行くかいー?」
辛い日々の終わりは唐突だった。
村の外れで一人ぼっちだったわたしに声を掛けてきた人間。
大人の男の人。
なんだか、うさんくさい人だった。
嘘はついていない気はするけど、本当も言っていなさそうな雰囲気。
ついていったら便利に使われてしまうだろうって、子供のわたしでもわかっていた。
それでも。
「ついてきたらー、胸の印の事も魔力の事も教えてあげられるよー。もちろん、その使い方とかもねー」
「そう」
わたしはついていった。
このまま村にいても胸の苦しさはなくならないと思ったから。
誰にも言わないまま、わたしは村を出ていった。
……探しに来てくれる人は、いなかった。
それからの生活はあまり変わらなかった。
男の人――ラフルは適当な人だったから、食べ物とか家とか服とかあんまり考えていないみたいで、ダメになったら手に入れてくるだけ。
それは村にいた時から同じだったから気にならなかった。
増えたのは魔力を使う練習だけ。
わたしは魔力をうまく使えていなかったから、魔力が少ないらしい。
だから、少しずつ練習しないと駄目で、上手になるまでとても時間が掛かるとラフルは言っていた。
でも、わたしにはもうこれしかない。
だから、頑張って、頑張って、頑張って、魔力を使えるように、少ない魔力を大事に使って、魔法を使えるようになった。
そんな生活が一年続いた時。
「そろそろ、強い魔獣も狩ってみようか」
「そう」
ラフルが急に言い出すのはいつもの事で驚かなかった。
でも、連れていかれたのが精霊族の村の近くだったのは驚いた。
ヘラヘラと笑った顔でラフルが指さした先。
そこには大きな大きな熊がいた。
そいつは村の方に少しずつ近づいているように見えた。
「棘蔓熊だねー。かなり強い魔獣だよー。精霊族は強いけどー、不意をつかれたら危ないかもしれないねー」
そんな事を言う。
どうする? とも聞いてこない。
棘蔓熊を先回りして村を見た。
何も変わっていない。
わたしがいても、いなくても、何も変わっていない故郷。
わたしがほしかったものを何もくれなかった場所。
お母さんを探す勇気は、なかった。
「そう」
わたしは棘蔓熊を蹴って、そして、村と逆の方に向かって逃げるのだった。
アクタは変な人だった。
棘蔓熊と戦って、勝てなくて、でも負けもしないで森の中を移動し続けて、外に近くなっていた日の事。
そこで偶然、見つけた人間の男の子。
最初はわたしに似ていると思った。
すごいすごいすごいすごいすごい魔力を持っているのに、魔力を使えなくて。
村の人から嫌われていて、近くにいさせてもらえない。
それなのに、彼は家族から大事にされて、大事にしていた。
一人ぼっちじゃなかった。
わたしと同じなのに、同じじゃない、そして、わたしにも優しくしてくれる、本当に変な人。
たくさんの言葉をくれて、何度も助けて、助けられて、手を繋いで一緒にいてくれた。
そのアクタが倒れる。
体中を暗い針に刺されて、ボロボロになった浴場に落ちていく。
「アクタ……」
リィンが眠ったまま起きなくて、息をしていなくて、生き返って、知らない奴がしゃべりだして、そうしたら戦いが始まって。
わたしが何もできない間に始まって、終わってしまった。
アクタも同じだったのに、彼だけは最後の最後で前に出て、影の針を吹き飛ばして、皆の代わりに刺された。
倒れたアクタは動かない。
血が、地面に広がっていく。
「アクタ……」
「誰でもいい! 先生を呼んで来い!」
アクタの友達の大きな人が怒鳴る。
持っていたバッグから色々と道具を出しながら、アクタに駆け寄っていく。
ラフルは、いない。
きっとリィンを追っていった。
わたしは、どうすればいい?
誰も教えてくれない。
何ができるかわからない。
わからないばかりで、動けない。
「ふうむ。面倒な事になっておるのう」
いつの間にか、狼の女の人がいた。
腕を組んでわたしたちをじっと眺めている。
すごい人。
なにがなんだかよくわからないけど、とってもすごい人。
この人なら、アクタを助けられる?
わたしはその人の服を引っ張って、まだうまくしゃべれない口を開いた。
「アクタを、助けて」
「ふむ。儂に物を頼むとはよい度胸じゃ。じゃが、儂にできる救いなんぞ、命を絶って楽にしてやるだけだが、よいかの?」
「そうじゃない」
ダメだった。
この人は本当にそうしてしまう。
だから、頼っちゃダメだ。
騒ぎに気付いた白の人も、この人には何もお願いしない。
「ふむ。なら、自分でどうにかするしかなかろう。願い、叶えよ。それが生き物のあるべき姿じゃろう」
「そう」
そうだ。
難しい事はわからないけど、わたしがやりたい事はわたしがやらなくちゃダメだ。
誰かがやってくれるのを待っていても、誰もやってくれないって知っている。
やってくれていたアクタは動けなくなってしまった。
それだって、わたしが何もやらなかったから。
「そう」
「うむ。そうじゃ」
狼の女の人が背中を叩く。
すごい力で転びそうになったけど、必死に耐えて走る。
アクタのところに。
酷い、怪我。
体中にいくつも穴が開いてしまったみたいで、どくどくと血が流れて、布で押さえてもすぐに真っ赤になってしまう。
「おい! 重傷だ! 動かすな!」
「そうじゃない!」
友達の人に叫び返す。
その人が驚いている間に、アクタの右手を握る。
ずっとわたしが握って、つないで、すがっていた手。
「助ける。絶対、助ける。わたしが、そうしたいから!」
右胸の聖印が今までにないぐらい、光り出していた。




