67 ちくしょう
21.10.22 ラフルの魔法の属性を修正しました。
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「なーにがー、楽に死なせてやるだー? そんなつもりないだろ、寄生虫やろうー」
いつになく好戦的なラフル。
兵士から借りてきたのか、剣まで抜いて構える姿は頼もしい。
頼もしい、はずなのに。
「ラフル。待って。リィンは……」
「操られているんだろうねー。かわいそうだ。早く解放してやらないとなー」
台詞は正義の味方に相応しいそれ。
けど、リィンを見つめる目つきは厳しく、焼けるような色。
「解放って……」
「あー」
チラリと僕らを見るラフル。
そして、小さく肩をすくめた。
「少年たちはそこにいなー。俺がやるから何もしないでいいよー」
言うなり飛び出す。
僕らの返事を待ちもしない。
相手から情報を聞き出そうとも、交渉しようともさえしない。
「おいおい。話も――」
速い!
動き出しから間合いを詰めるまで、一秒も掛からない。
容赦のない斬撃がリィンを襲う。
けど、剣が届く事はなかった。
「情け容赦のねえ奴だな」「怖いよ! やめてよ!」
せせら笑う声/悲鳴の主――リィンの前に再び黒い壁が立ち塞がり、剣が受け止められる。
弾き返されたわけじゃない。
まるで壁に触れた途端に鋭さも勢いも何もかもが飲み込まれたみたいに失われて、結果として止まる。
ラフルは怯みもせずに剣撃を続けるけど、黒い壁にはひび一つ入らず、小揺るぎもしない。
「虚空ってそういう事かー」
ラフルは攻撃を続ける。
どんどん速くなる。
斬り下ろし、斬り上げ、打ち下ろし、突き、払い、打ち、薙ぎ、目まぐるしく剣を振るっていく。
加速する斬撃は目で追うのもやっとの領域に入りかけていた。
ほんの僅かの綻びでも生まれれば、そこから抉じ開けてやると言わんばかりの強引な攻めだ。
おかしい。
僕の知っているラフルじゃない。
奴の何を知っている?
何が戦いに駆り立てている?
「ラフル!」
「水槌」
声は届かない。
静かな剣撃の合間。
囁くような声は魔法の詠唱。
水の大槌がリィンの頭上に降り注ぐ。
「はは。届かないって」「いやあああああっ! お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
壁が形を変えた。
壁から直角に、まるで天井となるように広がり、水の一撃を受け止める。
剣との違いは僅かに壁の表面が水面のように揺れるけど、それもほんの僅か。
すぐに元の黒い平らな壁に戻ってしまう。
「ふうん」
攻勢を完璧に受け止められても、ラフルは落ち着いていた。
剣を振るいながら、水の弾丸を立て続けに放っていく。
無詠唱のそれは間断なく続き、上下左右前後とあらゆる角度から襲いかかっていくのだが、そのたびに広がった黒い壁が受け止めてしまう。
「影ねー」
「そうさそうだそういうこと! 誰も影は斬れねえし、破れねえんだ! 絶望しながら死んで行けよ!」「ひいっ! やめてよ! リィン、いい子だよ! 怖い事しないで!」
声を無視して、淡々とラフルは攻撃を続ける。
まるで研究者が実験を繰り返すように、結果を受けては試し、結果を受けては試し、リィンを殺すための情報を集めていく。
「無駄な努力ご苦労様! 影は無敵さ! 絶対防御って奴だ!」「ひっぐ。うえ、うええええええええんっ! やだあっ! やだよぅ!」
なんなんだ、この声は。
リィンの声だ。
初めて出会った日に助けを求めてきたリィンの声なんだ。
間違いなくリィンがしゃべっているんだ!
けど、その声で二つの人格が同時にしゃべっている。
テレパシーとかじゃない。
確かな肉声だ。
口も喉も一つずつなのに。
ありえないのに。
リィンから二つの声が同時に聞こえてきて、あまりに真逆の性格で、頭が変になりそうだった。
少しだけでも覚悟をしていた僕でもこれだ。
クロエに至っては座り込んで呆然としたまま動けないでいる。
「ちくしょう」
こうなってほしくないと願っていたのに。
悔しさや憤りが胸を焼く感覚に、麻痺していた頭が動き始める。
クロエを苦しめやがって。
ああ。くそっ!
間違えた。
リィンがクロエに懐いたからって、仲良くなってほしいって、僕以外の人にも心を開いてほしいって思ったのが、逆効果じゃないか!
過去の自分を殴ってやりたい。
「ちくしょう!」
どうする。
どうすればいい。
わからない。
リィンは操られている?
もう一つの声は何なんだ?
ラフルの奴、いつもなら無駄に話しかけて情報を引き出したりするのに、今日に限って前のめりになって……。
いや、ヒントはある。
最初から言われていた。
聖印。
喉の位置は第五。
第五聖印は『虚空』と『浄化』だ。
名前だけではよくわからない。
目の前の戦い方から察するに『虚空』は影を操ると考えればいいのか?
だとしたら、二重人格は『浄化』の力?
いまいち、合致しない。
ずれている予感がする。
そもそも普通、聖印は一人につき一つという話だ。
僕と同じ二つを同時に持っているあいつは……いや、違う。
左右の表と裏の聖印は点滅するような輝き方をしている。
決して同時には発現していない。
だとしたら……。
「あーあー。必死になってみっともねえなあ。そろそろ仕舞いにしようか」「う、ああああああああああああああああああああっ!!」
状況が変わる。
悪意/悲痛の声が響き、ただ立ち塞がっていた影の壁が沈んだ。
消えたわけじゃなく、沈んだんだ。
影は浴場を覆い隠すように広がり、床一面を黒一色に染め抜いた。
「水泡・舞葉」
隙ができたとは思わない。
苛烈に攻め立てていたラフルも飛び込まず、水の魔法で自身と僕らを覆う盾を生み出している。
ダメだ。
足りない。
「ラフル!」
立ち上がり、声を張る。
言葉でやり取りする暇はない。
ラフルは一瞥だけで寄越して、防御の魔法にさらに魔力を注ぎ込んだ。
「あ……」
隣、すがるように手を伸ばすクロエが見えた。
けど、その手を握ってやる事はできない。
「ごめん。行ってくる」
あの攻撃は、まずい。
ただやらせては防ぎきれない。
「死ねよ」「あ、あああ、ああああああああ、いやあああああああああああああああああああああああっ!!」
影が伸びる。
リィンを中心に、鋭い無数の針となって。
触れる物を抵抗する間もなく貫く、最強の矛。
そのありもしない隙間に飛び込む。
リィンに辿り着けないのはわかっている。
けど、ここで攻撃に転じなければ全滅してしまう。
「四刀っ!!」
全力の強化魔法と右手の一振り。
僕の一撃は浴場を割り、影の針山が生じる土台を崩し、余波が衝撃となってリィンを襲った。
歪む視界の端で、リィンが夜の闇に消えていくのが見えた。
行って、しまった。
僕は何もできなかった。
「ちく、しょう……」
そして、全身に針を受けた僕は崩れ落ちるのだった。




