65 そう。入りたいんだ
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「一緒に温泉に入るよ!」
クロエとリィンの部屋に入るなり、勢い任せに言ってみる。
いや、こんな事を素面で言えるかよ。
「そう」
……僕が突っ込むのもなんだけど、クロエの僕への信頼感が天井知らず過ぎて怖いんだけど。
ドン引き覚悟で提案したのに、クロエはゼロコンマ一秒で快諾という結果に笑顔が引きつる。
羞恥心はあるはずなんだけど、それ以上に『僕と一緒』というワードに喜んでいる節がある。
リィンとの交流で一般的な感覚に近づいてくれた気もするんだけど、日が浅いせいか根本的な解決は遠そうだ。
僕が思い悩んでいる間にもクロエは身支度を整えて、僕の右手を握っている。
ちなみに、魔王城の温泉は一か所だけど、時間帯で男女別に分けられている。
混浴ではない。
たまに気分が向いた魔王様が裸で空から飛び込んでくるらしいけど、幸いにして僕は遭遇したことはない。
その時は男女ともに素早く退避が推奨されている。
絶対じゃないのかって?
うん。魔王様の気分次第でお酒の酌をさせられることもあるから、絶対にしてしまうと被害者がかわいそうだかららしい。
おのれ、魔王様。なんて理不尽なんだ。
さて、思考放棄はこれぐらいにして、言いづらい事を言おう。
「……クロエ、温泉に入れるのはリィンなんだ」
「……そう」
今まで一番意味を計りかねる『そう』だなあ!
僅かな沈黙、温度のなさすぎる声、まっさらな感情の感じられないトーン。
「アクタ、リィンと入りたいの?」
言外に『わたしじゃなくて?』という匂わせ方しないで。
気持ちいつもより更に半歩踏み込んでくるクロエの肩をしっかりと押さえて、しっかりと説明する。
「そう。入りたいんだ」
僕だって好き好んで女児の体を観察したいとは思わないし、喜ぶような性癖だって持っていない。
どうせなら同性のクロエや、医師見習いのルミネルに見てもらった方がいいとも思う。
でも、万が一リィンが聖印を持っているのだとしたら、確認するのも危険になる。
そんな役目を押しつけられない。
特にクロエはリィンと心を通じようとしているのだ。
疑わせてしまって、それがしこりになるのも嫌だし、もしも敵対なんて事になったら深い傷になってしまう。
それぐらいなら、僕は喜んで変態と呼ばれよう。
けど、言い訳ぐらいはさせてね?
「ほら、怪我もあったから昨日は入っていなかったでしょ。医師見習いからも入浴の許可も出たし、綺麗にしてあげないと。でも、一人で小さい子を入れるのは心配だから、僕が――」
「そう」
クロエはスッと離れて、ベッドで寝ていたリィンを抱き上げる。
動かないなあと思ったら眠ってしまっていたらしい。
「ああ。寝ちゃってるなら起こすのも悪いし、明日に……」
「リィン」
リン。
クロエが無理に起こした感じはない。
名前を呼ばれただけなのに、リィンはぱちりと目を開けて、鈴を一回鳴らした。
実は目を閉じていただけで起きていたのかな?
そうとも思うけど、クロエにべったりな彼女が大人しくしていたのも不自然な気がするな。
「アクタ」
「あ、ああ。じゃあ、僕が連れて」
「そうじゃない」
リィンを受け取ろうとしたけど、クロエはしっかりと抱きしめて放さない。
「わたしも、行く」
羞恥心、持ってほしいなあ。
あのベルでも兄の僕とは、七歳から一緒に水浴びはしなくなっていたのに。
推定僕と同い年のクロエさんはまるで意に介していない。
素っ裸でもまるで問題ないと言いたげだ。
とはいえ、僕が一人でリィンを温泉に入れなければならない理由はない。
この提案を断るだけの引き出しが僕にはなかった。
「せめて、湯着を着てね」
温泉に湯着など邪道というなかれ。
魔王城の温泉は前述のとおり、魔王様がダイブしてくるかもしれないせいで湯着を着る者が多いのだ。
「そう」
なんで、心なし残念そうに呟くんですかねえ!
というわけで、三人での温泉タイムになってしまった。
前もって女中さんには話を通しておいたので、入浴時間を過ぎた後――清掃の時間を後にずらしてもらって、三人だけで入れるようになっている。
さすがに着替えは別々にという事で、先に脱いで入った僕。
待っている間、立ったままなのも手持無沙汰で体を洗い、温泉に浸かって待つ事しばし。
「アクタ」
「ひゃいっ!」
声が上ずった。
なるべく意識しないように振り返れば、湯着姿のクロエがいた。
前世の記憶を断片的に持っているせいか、同年代の女子も年下という認識になってしまうので、思春期みたいに意識はしない。
しないはずだけど、クロエを見てしまうと息が止まりかける。
異性として魅力的なのは認めざるを得ないけど、それ以上に人体として美しい。
初対面から綺麗なのは知っていたけど、こうして余計な装飾を取り払うことで、肉体の美しさが前面に出る。
黄金比。
そんな知識が思い浮かぶ。
詳しくはないけど、きっとクロエの体はそんな理論で形づくられている。
そうでもなければ、ただの立ち姿で目を奪われるはずがない。
「アクタ?」
「あ、いや、ごめん。見惚れた……じゃなくて! いや、否定できないけど! そうじゃなくて……」
ちくしょう。
意識しないようにしている段階で意識している。
これは無理に取り繕っても墓穴を掘るだけだ。
顔が赤くなっているのを自覚しつつも、溜息を一つ。
「クロエはきれいだね」
「そう」
嬉しそうにはにかむクロエに微笑みを返す。
以前、クロエは汚いと言われていた。
その否定の言葉を覆すためなら何度でも言おう。
恥ずかしいけど。
「リィンは?」
とはいえ、これ以上は僕の精神が持たない。
話を本題に戻す。
リィンの姿が見えないんだけど……。
「ここ」
振り返ったクロエの背中には裸のリィン。
どうやら途中で眠ってしまったらしくて、背負って連れてきたらしい。
この状態で服を脱がしていたから遅かったわけだ。
「んー。寝たままでも洗ってあげられるか」
「そう」
洗い場にリィンを連れて行き、僕は背中側を、クロエは正面を洗う事になった。
懐かしいな。
ベルを水浴びさせていた時と体格が近いから、昔を思い出してしまう。
と、懐かしさに浸っている場合じゃない。
ぐったりして動かないリィンを支えながら、僕は聖印のあるかもしれない場所を確認していく。
太もも、ない。
丹田、ない。
喉は羽毛で見えづらいけど……ない。
普段から見えている額も髪を洗う中で一応確認するけど、ない。
リィンは聖印使いじゃない。
せっけんの泡を流しながら、安堵に息を吐く。
よかった。
クロエを傷つける結果にならなくて。
リィンと戦う結果にならなくて。
「……よし。終わりだね」
「そう。わたしも、洗う?」
「それは自分でやろうね!」
いきなり爆弾をぶっこんで来ないで下さい。
残念そうに流し目を飛ばしてくるクロエから意識を外すためじゃなけど、終始寝たままピクリともしないリィンを支え直す。
「それにしても、この子全然起きないね。ぬるめのお湯だからかな?」
ホッとしたせいか、今まで不思議に思わなかった事が気になりだす。
覗き込んだ顔は……まっしろだな。
もともと白い肌だけど、お湯で温かいここで血色が変わらないのはどうしたんだ?
「リィン?」
呼びかけても反応がない。
さっきはクロエが呼んだらすぐに起きたのに。
段々と心配になって体を揺すってみるけど、まるで無反応。
「リィン!?」
今度は大きな声で。
クロエも異常に気付いたのか、控えめに肩を叩いているけど変わらない。
嫌な予感がして、そっと首元に手を当てる。
「脈が、ない!?」




