64 リィンを温泉に入れよう
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「何が何やらだよ、もう」
「ふわーあ。んー。そうみたいだねー」
やっと起きたラフルと合流して、情報を共有したところで溜息をこぼした。
まだ眠そうにしているラフルとの温度差が酷いな。
早めの晩御飯を食べ終わったラフルは呑気に食後のお茶を飲んでいる。
「そんな睨まないでよー。ちゃんと俺も考えているからさー」
「本当?」
「本当、本当。だからさー、問題点を整理しようよ」
ラフルは指先を一振りして水滴を一つテーブルに落とす。
「ひとつ、竜と腐竜の食い違い」
再び、水滴を一つ。
「ひとつ、失われた白い少女の声と記憶」
最後に一つ。
「ひとつ、舞台に出てこない謎の誰か」
まとめられると、なるほど。
僕が頭を悩ませている事件はここまで整理できるのか。
それぞれに関係があるから、そこまで単純な問題ではないだろうけど、とっかかりを掴むためには有用そうだ。
クロエにリィンを任せてラフルと話して良かったと初めて思った。
「なんかー、失礼な事を考えてるだろー」
「ないない。当然の事しか考えてない」
頭脳担当っぽいくせして割とポンコツなラフルなのだから、正当な扱いだろう。
ジトッと見つめてくるラフルはかわいくないので、無視して考えを口にしていく。
最初に落とされた水滴を指で伸ばす。
「竜と腐竜」
「あー、特徴は同じなんだっけ?」
リタタから聞き取った話を思い出す。
村を襲い、群れを追った竜。
そいつは確かに生きていて、アンデッドではなかったのだとか。
しかし、体の大きさや鱗の色は同じだった。
大森林の奥地でも珍しいという竜。
それが似た個体が二匹も現れて、片方はアンデッド化していて、入れ替わるみたいに鳥人族や僕たちを襲ったとは考えづらい。
「まあ、普通に考えてー、途中で腐竜になったと考えるべきだろうなー」
「それも変でしょ? 普通、竜はいきなり死なないし、腐ったりもしない。だから、僕はリタタが腐竜を見間違えたと思うんだ」
鳥人族を襲った後、何かしらが原因で竜が死んでいたとしても、僕を襲うまで一日どころか半日も時間は経っていないのだ。
その間に急速に腐敗が進むなんてありえない。
「まあねー。とはいえ、人間の少年がはっきり嗅ぎ取れる腐敗臭をー、五感に優れる獣人が嗅ぎ取れないのもー、十分にあり得ないよー」
言い返されて、頷かざるを得ない。
森の中でも強烈な腐った臭いがしたんだ。
あれをリタタがわからなかったとは思えない。
矛盾している。
どちらが正解だとしても、つじつまが合わないのだ。
「だからー、どっちかだよねー。腐竜を生きているように見せられるかー、生きている竜を殺して腐らせるかー。そんなことをできるのがいるんだよー」
ラフルが出した結論は受け入れがたい。
そんな奇妙な事をできる奴なんて……絶対にいないとは言えないのか。
「魔法?」
「だろうねー。まあ、そんな魔法を俺は知らないけどさー」
無責任とは言わない。
むしろ、この世界では多くの魔法を知っているはずのラフルでも知らない魔法だからこそ、こんな摩訶不思議な状況を起こせるのだと考えるべきだ。
「聖印?」
「ま、それも有力な候補だー」
僕の脇腹に現れた第二聖印『水氷』と『罪過』。
クロエの胸に宿った第四聖印の裏『親愛』。
どれも通常の魔法とは違った力と規模を宿している。
まあ、僕は全くこの聖印の力を引き出せないのだけど、前の持ち主のクラリスの暴走した力は天候を操る程だったのだ。
何が起きてもおかしくはない。
「教会の刺客かな」
「んー。さすがにここまでは来れないと思うけどなー」
半年、平和に過ごしているせいで忘れがちだけど、ここは大森林の最奥。
魔王のお膝元。
僕らだって、魔王様にいきなり拉致られなかったらここにはいなかったし、きっと来れなかった。
いくら聖印の使い手でも、ここに僕たちがいると突き止めて、襲いに来るのは難易度が高いだろう。
「あの子みたいに教会の管理下にない聖印の使い手はいるからねー。今は可能性のひとつとして考えるぐらいかなー」
「はっきりしないなあ」
「しないよー。ま、何かに引きつけられているのかもしれないね」
チラッとラフルが視線を飛ばしてくるのは僕の右手。
零印。
魔王様は何も教えてくれないけど、これに聖印の持ち主を呼び寄せる力があるというのだろうか。
クロエ。
クラリス。
そして、今回の何者か。
僕の近くに立て続けに集まっているのを、偶然と断じるのは危険な気がした。
嫌な予感から目を逸らすわけじゃないけど、僕は二つ目の水滴を指で広げる。
「じゃあ、リィンの声と記憶も聖印のせいって事?」
「さあー。そんなのは俺にもわからないよー。でも、たまたま生き残ってー、たまたま森の中で少年とあの子に出会って助けを求めてー、たまたま声と記憶を失うなんてないとは思っているけどねー」
それは、その通りだった。
リィンの存在はかなり怪しい。
こうして言葉にされるとはっきりとわかる。
一つぐらいなら偶然で片づけられるかもしれないけど、三つも偶然が重なるならそれはきっと必然だ。
でも、そうと指摘されても尚、彼女が嘘をついたり、演技をしているとも思えない。
別にクロエが人に興味を持つきっかけになってくれたから、甘くなっているわけじゃない。
無邪気に鈴を鳴らすあの姿に邪悪さなんて欠片もないのだ。
「少年がそう言うならー、そうなんだろうけどねー」
「何が言いたいの?」
「だからー、そういうあり得ないをあり得るようにしてしまうのが、聖印なんじゃないかって話だよー」
また、か。
聖印。
本当に厄介だ。
考え込む僕の目の前で、ラフルは最後の水滴を指で弾く。
一つ目と二つ目の水滴にまで伸びて、繋がった絵は意味深だ。
「つまりー、隠れている何者かは聖印使いじゃないかって、俺は考えているよー」
不思議な出来事を全て聖印のせいと思い込むのはどうかと思うけど、一番ありえそうな可能性でもある。
僕が知らない残りの聖印。
第一聖印 太もも 表は『大地』・裏は『基礎』
第三聖印 丹田 表は『火炎』・裏は『感覚』
第五聖印 喉 表は『虚空』・裏は『浄化』
第六聖印 額 表は『精神』・裏は『因果』
このどれかを持った聖印使いが近くに潜んでいるのかもしれない。
「よし」
僕は覚悟を決めた。
ラフルをまっすぐに見据え、伝える。
「リィンを温泉に入れよう」




