59 とりあえず、信頼関係の構築からかな?
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「全治三日。左手は動かすなよ」
「あ、痛い。痛いからもっと優しくしてよ」
「自業自得だ。身体強化の回復力とやらに頼りすぎるからそうなる」
ルミネルは丁寧かつ素早く包帯を巻いてくれているけど、ちょっとでも腕を動かすと痛い。
あれから一晩。
応急処置のまま寝たせいか、左手の痛みで朝は目を覚ました。
アドレナリンが出ていたせいか、身体強化が効いていたせいか、五崩の反動もそこまでではなかったんだけど、それが切れたところで激痛が発生。
跳ね起きて、その動きでまた痛くなって、悶えても痛くて、丸まって耐えていたところに駆けつけてくれたクロエに縋り付かれて悲鳴を上げて、さっきルミネルがやってきてくれたのだ。
医師見習いのルミネルから痛み止めを飲まされて、ようやく落ち着いたのがついさっき。
薬草をべったりと塗られた左腕はまだチロチロと痛みを訴えてくるけど、それも包帯で固定されれば落ち着いてきた。
「終わりだ。しばらくは朝晩にオレが診る。いいな?」
「ういー」
「返事はしっかりしろ。子供も見ているんだぞ」
「はい……」
全く正論で反論しようもない。
本当ならこの腰かけているベッドで寝てしまいたいんだけど、さすがにそうもしていられない。
僕は同室している二人に目を向けた。
ルミネルに引きはがされてから部屋の隅っこで膝を抱えているクロエと、その腕にしがみついた白い鳥人族の少女。
「それで、どうしてこうなった?」
「僕が聞きたいよ」
クロエに友達を作ろうと思って、きっかけづくりに出かけようとして、そのためにデート代を稼ごうとしたら、最後は腐竜がでてきてこうなった。
本当にどうしてこうなった?
白い少女に聞かれても大丈夫なように気を使いながら、昨夜のことをルミネルに伝える。
聡い彼ならNGな話題は察してくれるだろう。
「そうか。なら、まずは治療だな」
ルミネルは片づけかけていた治療箱を開いて、白い少女に向かう。
人見知りレベル99のクロエはさっと立ち上がって、部屋の角っ子に逃げていき、白い少女もしがみついたまま逃げていった。
「………」
ルミネルが再び近づくけど、同じ事の繰り返し。
きっちり部屋を一周回ったところでルミネルが僕を見る。
「おい」
「わかった。クロエ、こっちおいで」
「そう」
「………」
クロエは素直に僕の隣にやってきて、いつも通りに右手を握る。
で、何故か白い少女は僕とクロエの間の微妙な隙間に入り込んできて、僕とクロエのそれぞれの膝の上に座ってしまう。
バサバサ動く羽がくすぐったい。
「……そうしていると親子みたいだな」
「おい」
ルミネルは思ったままを言ったのかもしれないけど、親の話題はダメだろう。
短く呼べば、声のトーンで察してくれたのか。
ルミネルはすぐに話題を移した。
「では、治療を始める。足の擦り傷と痣が多いな。痛みは大丈夫か?」
「………」
白い少女はキョトンとしている。
逃げたり暴れたり泣いたりしないのはありがたいけど、黙ったままじゃ何もわからないな。
「ねえ、君。足は痛くないの?」
「?」
僕が呼びかけても首を傾げるだけ。
不思議そうに僕を見上げて、クロエの服にしがみつくだけ。
「アクタ。まずは治療する。それからだ」
ルミネルが強い口調で言うけど、一瞬だけ深刻そうな表情をしたのが気になる。
とはいえ、まずは足の怪我を診てもらうのは正しいだろう。
裸足でどれだけ歩いたのか。
血こそ止まっているけど、少女の白い足は傷だらけで見ていられない。
ルミネルが無言で治療していく。
水で洗って、薬を塗って、包帯を巻いてと手際よく進める間も少女は何も言わない。
自分が何をされているかもわかっていないんじゃないかというぐらい、無反応で心配になる。
「治療は終わりだ。だが、君にいくつか聞きたい。いいか?」
大きな体のルミネルが精一杯体を小さく縮めて、優し気な表情で話しかける。
少女はちょっと首を傾げて、クロエを見上げた。
「そう」
「クロエ、わかってないのに頷かないでね」
「そう……」
「君も、ルミネルは大丈夫だから。質問に答えてあげてね」
「………」
もしかして二人だけで通じ合っているのかと思っちゃうから。
少女は僕の声にも無言だ。
話しかけるとこっちを見るから、聞こえてはいるはずなんだけど……。
「話を進める。君、名前は?」
「………」
「歳は言えるかな?」
「………」
「親の名前は?」
「………」
「どこから来たかわかるかい?」
「………」
その後もルミネルはいくつも質問していく。
中には昨晩の事に触れたりもして、僕は止めようとしたけれど、少女は終始無言で無反応のままだった。
結局、最後の最後まで少女は何もしゃべらなかった。
その頃になると、僕も少女の身に何が起きているか想像ができてしまう。
ルミネルが僕の肩を叩いて、部屋の外を指さす。
「アクタ。少し外に出るぞ」
「うん。クロエ、しばらくその子をお願いね」
「そう」
名残惜しそうにしつつもクロエは僕の右手を放してくれた。
彼女も事態の深刻さに気付いてくれているのだろう。
ルミネルは部屋から出ても歩き続け、ついには建物から出たところでやっと足を止めた。
「ルミネル」
「もう察しているだろうが、どうやら彼女は言葉を忘れてしまったようだ」
そう、思うよな。
「こちらの言葉は理解できている。呼びかけに反応するし、指示にも従う。聞こえているし、意味が分かるという事だろう」
「けど、昨日の夜は話していたんだ」
一言だけど、助けて、と。
確かに僕は聞いている。
ルミネルも疑ってはいないのか、うなずいた。
「先生にも診てもらわないと断定はできないが、おそらく声忘れを患ったのだろう。過去に酷い戦いから帰った兵士が罹患した記録がいくつかある」
声忘れ――失語症、か。
昨日の事件の中か、森を歩いている最中か、頭を打ったりして脳にダメージを受けていたのかもしれない。
あるいは精神的なショックによる症状かもしれない。
医学の発展していないこの世界でも症例があって、病人が異常者と見られないのは幸いなのだろう。
でも、治療可能なのか考えると表情が暗くなってしまう。
「その兵士の人は?」
「治った者もいれば、そのまま亡くなるまで話せなかった者もいる」
つまり、運次第か。
僕も専門的な知識なんてない。
ただ、安静にして見守るぐらいしか思いつかなかった。
「悪く考えすぎるな。最悪ではない。そうだろう?」
ルミネルが励ますように僕の肩に手を置く。
「状況を見るに一人っきりなのだろうが、お前たちには心を許している。体の怪我も重症ではない。何より生きている。なら、きっと取り返しはつくさ」
僕の肩を握るルミネルは手の力は強い。
きっと自分自身に言い聞かせているんだと思う。
医師見習いのルミネルにとって、患者は放っておけないのだろう。
その空元気に乗っかる事にした。
僕らが暗い顔をしていたら彼女を不安にさせてしまうかもしれないのだから。
強がりには慣れている。
頷き合ってから僕は部屋に、ルミネルは医師長室に戻ろうとしたけど、別れ際にルミネルが付け加えてきた。
「それから、昨晩の事件に対しても忘れている様子だ。事件について聞き取りは避けた方がいい」
「……ドミトルさんに聞き出すって約束しているんだけど」
「患者優先だ」
だよね。
事件の方はドミトル氏の調査に期待しよう。
今度こそ僕たちは分かれるのだった。
「とりあえず、信頼関係の構築からかな?」
しばらくは一緒に行動する事になるんだ。
仲よくなっておく方がいいだろう




