57 動かなくなるまで体を壊す、だったか?
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「大物が出たな……」
嫌な汗が背中を濡らす。
この半年、色んな魔獣と戦う事になったけど、それでもドラゴンと遭遇したことはなかった。
ドミトル氏、曰く『ちょっとでも頭の働く魔獣は魔王様が怖くて街に近づかない』のだとか。
本来なら人間も亜人も見境なく本能で襲う魔獣だけど、魔王様相手だと知恵が働いてしまうらしい。
つくづく規格外だ。
目の前に現れたのは竜。
一言で表わせば巨大なトカゲ。
とはいえ、巨大さが半端じゃない。
四つ足の姿勢でありながら、その頭は僕の遥か上で、巨人族の大人でも見上げる程にある。
森に隠れて見えないけど、全長は十メートルでも収まらない。
こんな巨体が暴れるだけで十分に脅威だ。
「――――――――――――――――――――!!」
音のない咆哮。
同時に突撃してくるドラゴンゾンビ――正しくは腐竜と呼ぶべきか。
木も岩も多くの亡骸も巻き込んで、一直線に僕を食い破ろうと大口を開けて、飛び込んでくる。
「三甲!」
かざした魔力の盾と激突。
牙も圧し潰しも止めた。
止めたけど、その重さに潰されそうだ。
「二爪!」
踏み込んだ足。
その爪の根元を切り裂こうとしたけど、ダメだ。
鉄も切り裂く二爪なのに刃が通らない。
強靭な鱗だ。
森を破壊しながら突っ込んできたというのに、全身の鱗に傷らしい傷もないだけにちょっとやそっとの攻撃は通用しないだろう。
「一指!」
なら、狙いを変えて地面を抉る。
体重をかけていた前足の下がなくなって、腐竜が体を傾かせた。
すかさず、崩れた体勢を押し込んでやる。
「一指!」
右の一撃はやっぱり通らない。
鱗を破る手応えがまるでない。
でも、その衝撃までは殺せない。
砲弾の威力を受けた腐竜の巨体が横に半回転して、背中から地面に転がり倒れる。
重たい音を立てて地面が揺れる中、二本指の左手を何度も振るった。
「二爪! 二爪! 二爪! 二爪二爪二爪二爪二爪――ええい、たくさん!」
左の二層は鋭い刃の線。
一本一本は細くて、耐久力も持続力も低い。
ただ、隙間を通すというならこれ以上はないぐらいに鋭いのだ。
倒れた腐竜がさらした腹。
その上を無数の斬撃が通過して、そのほとんどが鱗に弾かれて、いくつかが鱗の隙間を抜けて肉を裂いた。
どす黒い体液が噴き出る。
「――――――――――――――――――――――――――――――っ!!」
再びの無音の咆哮。
威嚇するように翼が広げられ、その反動で再び腐竜が半回転して起き上がる。
そのまま空に飛ばれたらたまらない。
追撃を放とうとして、寸前で思いとどまる。
「翼、腐っているんだ」
被膜の部分。
そこは見る影もない程にズタズタで風を切る事はないだろう。
空を飛べないというのは唯一の好材料か。
起き上がった腐竜はまた一直線に向かってくる。
亡骸が破壊されるのは心が痛んだけど、気遣って戦える相手じゃない。
僕は地面に一指を打ち込み、二爪の斬線で巨体を絡め、動きを鈍ったところを三甲の体当たりで止める。
腐竜の突撃を阻み、いなし、止めるけど、一向に勢いは収まらない。
理性もなく獲物を襲い続ける。
「きりがない! っていうか、どうやって動いているんだよ!?」
ラフルから座学で聞いたところ、ゾンビはいるらしい。
魔力が蓄積した死体が稀に動き出すのだとか。
弱点は確か……。
「動かなくなるまで体を壊す、だったか?」
このドラゴンを?
無理だろ。
っていうか、これは弱点とは呼ばないよな。
ただでさえ凶悪なドラゴンなのに、理性を失っているから駆け引きはできない。
その上、生物の限界を超えた膂力で襲ってくるのだ。
僕じゃなかったら百回は死んでいるぞ。
鳥の獣人の人たちなんかはひとたまりもなかったんじゃないか?
考える。
確実な対処方法はある。
このまま魔王様の所まで誘導すれば確実に倒せる。
あの理不尽の塊の魔王様が高笑いしながら、一撃で吹っ飛ばしてくれるだろう。
けど、それまでにどれだけの被害が出るか想像もつかない。
あと、魔王様が前に言っていた『あまり動けん』という一言も不穏だった。
自由気ままに見えるあの人が何かに縛られるとは思えないのだけど、万が一出張れなかった場合はやばすぎる。
「やるか」
やっぱり、こいつはここで倒すのがいい。
決意してしまえば、後は素早く。
数度目の突撃をしてきた腐竜。
その巨体をギリギリのところで躱して、するりと立ち位置を切り替える。
よし。
これなら辺りの遺体や、やってくるだろう街からの応援を巻き込む心配もない。
僕は右手で四本指を立てる。
「四刀」
一指の突き。
二爪の斬り。
三甲の殴り。
それを同時に展開するのが四刀。
当然、難易度は段違い。
油断すれば技はすぐに解けてしまうけど、一瞬だけ持ってくれればそれでいい。
通り過ぎ、振り返る腐竜に迫る。
薙ぎ払われた尻尾の下を潜り抜けて、一番近くにあった後ろ足に四刀を全力で振り下ろした。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!!」
最大の絶叫が空気を震わせる。
痛覚も失っていそうな腐竜でも、自らの足が切り落とされれば悲鳴も上げるか。
一指から三甲を同時に展開するのは難しい。
難しいから、僕はこの技を魔力量で無理やり成立させている。
だからこそ、その威力は他よりも上回り、竜鱗さえも切り裂けた。
腐竜は怯む事はなかった。
巨体が崩れ落ちてくる。
このまま僕を圧し潰すつもりか。
結局のところ、牙や爪よりも巨大な質量こそが最大の脅威だ。
三甲でも受け止めきれるかわからない。
「五崩」
だから、先に放つ。
四刀と同時に準備していた五本指を立てた左手。
突き、斬り、殴る。
三つの要素を同時に操るのは四刀と同じ。
ただ、こいつは意図的に魔力を暴走させて、威力を激化させる。
一歩間違えば自爆必死の、制御された暴走。
それを僕の莫大な魔力で放つ。
「 」
腐竜の断末魔は静かだった。
空気を震わせる事もない。
当たり前か。
なにせ、首と胴体が分かたれているのだから、喉を震わせる事もできない。
代わりに響いたのは、爆音。
腐竜の首と、胴体と、地面を抉り抜いた魔力の奔流が、大気を引き裂く音が遅れて辺りに響き渡ったのだ。
強烈な風が伴うそれは、空に巨大な爪痕を残す。
「いってえ……」
そんな空の下、僕は左手を押さえてうずくまる。
左手は血まみれだ。
どうやら制御に失敗してしまったらしい。
成功率一割以下の技を使った代償としては安い方なんだろうなあ。
多少の擦り傷程度なら、身体強化で勝手に治るんだけど、その魔力で傷ついたせいなのか治りが遅いのも問題だ。
バラバラになって動きを止めた腐竜の傍ら、僕は深く溜息を吐くのだった。




