52 誉め言葉と受け取りますね
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あれから半年が過ぎた。
春から夏。
夏から秋。
大森林の木々にも紅葉が見え始める。
どういう植生をしているのかわからないけど、半分ぐらいの割合が赤い葉をポロポロと落とす中、僕らは変わらない日々を過ごしていた。
午前はクロエが魔法の練習。
風の魔法で木々を圧し折り、細かい破片を集めて、雷で焼き捨てる。
もう二節は無詠唱だし、三節もスムーズで高威力。
いくつか四節まで使えるようになったのにはラフルも驚いていた。
魔力量の問題で二節までしか魔法を練習できなかったのも今は昔。
自身の魔力を消費しない生活のおかげで、少しずつ余剰魔力が増えたおかげで人並み以上になっていた。
おそらく、数印【Ⅻ】のラフルと同じぐらい。
「そろそろー、自分の魔力を使ってもいいんじゃないかなー」
「……そう」
いつか言われるんじゃないかなって思っていたけど、とうとう今日ラフルに言われたクロエはしょんぼりしている。
夜色の髪の艶も心なし陰っているような。
「…………そう」
クロエ。
もうちょっと言いたい事は言葉にしようね?
まあ、重々しい間があったから、言いたい事は伝わるけど。
「別にー、少年の手は繋いでてもいいけどー」
「そう」
ラフルが妥協するとあっさり機嫌が直って、早速とばかりに僕の手を握りしめてくる。
最初の頃は気恥ずかしさもあったけど、毎日いつもずっと繋いでいたから慣れたものだ……と言いたいけど。
クロエ、この半年で色々と育ったからなあ。
背は僕よりも少し高いぐらいだし、成長期に入ったせいか体つきも少しずつ子供から大人に近づいている。
手の感触ひとつ取っても柔らかさとか、熱さが違って、密着されると困ってしまう。
「アクタ」
「ん? どうかした?」
「手、大きくなった」
「そうかな?」
「そう。かっこいい」
前よりしゃべるようにもなったな。
僕、限定だけど。
ラフル相手にも一言で済ますのは相変わらずだけど。
しっかりと僕と目を合わせて、ジッと見つめてくるクロエ。
群青の瞳がちゃんと見える。
そう。
クロエはメカクレちゃんを卒業したのだ。
もう一月は経つだろうか。
その日もやってきた魔王様がふとクロエを見たなと思った直後、その右手が残像も残さない超スピードで振るわれたのだった。
誰も反応できない一瞬の後、パラパラと前髪が落ちた後に残ったのは、自然な雰囲気に髪を整えられたクロエ。
魔王様曰く、「目を見て話さんか」とのこと。
女の子の髪に何するんだと抗議してもまるで取り合わず、ぬふふと笑いながらどこかに行ってしまった。
いきなり視界が開けたクロエは戸惑い、怖がって、僕の腕に絡みつかんばかりに密着したものだけど、時間をかけて慰めたら落ち着いてくれた。
以来、無理に目を隠そうともしなくなったのは良かったのか、悪かったのか。
少しだけ前よりクロエが積極的に自己主張するようになった気がする。
複雑な気分だ。
いや、メカクレ属性が失われたのがじゃなくてね?
あの魔王様。
本能で理不尽にメチャクチャやっているとしか思えないのに、後になって振り返るとパーフェクトコミュニケーションを引き当てているの、ずるくない?
「アクタ様」
僕が魔王の厄介さに思いを馳せている間に近づいていたのか、すぐ近くに来ていた巨人族の女中さん――デミエルさんに呼ばれる。
僕を見ろす目は厳しい。
初対面の時よりもだ。
「決闘の時間です」
なんで、戦場の空気を漂わせてくるかな。
差し出されたバスケットを受け取って開けば、最初に指摘した日と同じバゲットサンドが入っていた。
カットした断面には程よい焼き色がついていて、バターで滑らかな輝きを放っている。
具材はオーソドックス。ベーコン、レタス、トマト、ピクルス、チーズ。
一見すると普通のバゲットサンド。
一口かじって、なる程と思わず頷いた。
半年前とは別物だ。臭みが強い魔猪のベーコン。水気の強いレタスとトマト。酢の強いピクルス。独特の風味のチーズ。扱いの難しい大森林産の食材なのに、それを全く感じさせないのは下処理が完璧だからと僕にわかる。ソースもいい。以前は濃い味でなんでも誤魔化そうとしていたのが、素材を活かす方向に転換しているから、相乗効果が出ていた。今回のこれはマスタードソースにはちみつを足して……醤油? 僕が知識だけ伝えた醤油を再現したのか!? くっ、まさかこんな隠し玉を文字通り隠し味に使ってくるとは!
顔を上げればデミエルさんはすまし顔のくせして勝ち誇っている。
いい。認めよう。僕の中途半端な知識から新しい調味料を再現したのは素晴らしい。絶賛に値する。っていうか、ちょっと分けてくれませんか? 作りたい料理がたくさんあるから。
とはいえ、料理の師匠として易々と弟子に負けてやれはしない。
「八十点、ですね」
「……伺いましょう」
「合格点のつもりなんですけど?」
「魔王陛下に仕える者として完璧でなければなりません」
そう言うと思った。
「ベーコンの塩気とチーズの組み合わせ。マスタードソースの隠し味。どっちも素晴らしかったです。けど、野菜に対するフォローが足りませんね」
僕の指摘にデミエルさんは眉を僅かにしかめる。
あの表情、心当たりがあったな。
わかっていながら解決できなかったから、肉とチーズの組み合わせを更に引き立てる方向性に舵を切ったと見た。
「そのための新しい調味料を作ってみますか? 用意してほしいのは大豆と油と酢と塩と……」
僕の突然の言葉にも驚く事なく、デミエルさんはどこからか取り出したメモ帳に書き込んでいく。
「あなたという人は実に人が悪い。ひとつできるようになるたびに新しい餌を用意するのだから」
「誉め言葉と受け取りますね」
見つめ合って笑いあう僕たち。
……何をやっているんだかと思うけど、出会った当初の疎外感がなくなっただけ関係性は良くなったんじゃないかな。
さり気にデミエルさんはドミトル氏の奥様なので、奥様と良好な関係ができるとそちらとのコネもできたりして助かっている。
「では、また今晩厨房で」
デミエルさんは一礼して綺麗な姿勢で歩き去っていった。
「毎日、飽きないねー」
「文句があるなら食べないでいいよ?」
「すみませんでしたー」
あっさり平伏するラフルはバゲットサンドをくわえたままだ。
クロエは僕の隣で黙々と食べ続けている。
良い食べっぷりだねえ。
成長期なんだから食べるに困らせるわけにはいかない。
「しっかり食べて、午後もがんばろうか」
「そう」
見渡す景色はすっかり様変わりして、広々としていた。
倒しても倒してもなかなか減らなかった木々はなくなり、残っていた切り株も消えて、平らな地面が続いている。
魔王の街の東から南にかけて。
既に目標の半分の開拓が終わっている。
「ここまで来たんだ」
「感慨深く言ってるけどー、二人で手分けしたらもっと早くできるからねー?」
ラフルがクロエを見つめるけど、当人は顔も上げない。
まあ、クロエが自分の魔力で魔法を使えるようになって、僕も身体強化が使えるようになったんだから言う通りだね。
そのためには、クロエの僕への依存もどうにかしないとなあ。
食べながらも僕の服のはしっこを掴んでいるクロエに僕は苦笑するのだった。




