51 すみません。素材はすごくいいんですけど、処理が雑です。山菜。洗っただけですよね? ワサビの葉は塩を入れて茹でて冷ましてから使って下さい。あと、パンの切り口。ソースとか野菜の水気が染みてフワフワ
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「励めよ、若人! 新市街を待つ者が大勢いるからのう!」
励ましなのか、脅しなのか。
カラカラと笑って魔王様は城に戻っていった。
あの人、一日に一回はやってくるなあ。
動けないと言いながら相変わらずフットワークが軽い。
あと、瞬間移動みたいな登場の仕方もやめてほしいです。
心臓に悪すぎる。
「とりあえずー、お昼だよー」
ラフルが指さす先。
街の方からは数人の女中さんがやってくる。
魔王城の人は主人の嗜好に合わせているのか、和装っぽい雰囲気の服装をしている。
やっている事はメイドさんだけど、服装的に僕は女中さんと呼んでいる。
「まあ、疎外感がすごいのが玉に傷だけどね」
いかにも嫌々という感じで渡してくるんだよなあ。
あからさまな顔はしないけど、仕事だから仕方なく持って来ました、みたいな。
「そう?」
クロエは気にならないみたいだ。
人と精霊族のハーフの彼女も人間扱いなのに、平然と生活している。
精霊族の女中からは舌打ちされても、全くのノーリアクションで受け取って、おいしそうにご飯をもきゅもきゅ食べていた。
一族から村八分にされて傷ついていたのになあ。
無理してるんじゃないか心配になって、耳元で囁く。
「嫌がらせとかないよね」
「ない。あっても、いい」
「いや、よくないでしょ」
「いい。アクタがいれば、いい」
この子はまたそういう事を言うんだから!
しかも、耳に唇が触れそうなほど近くで!
魔性の美少女だよ、まったく!
照れて顔が熱くなるのを誤魔化そうとバケットサンドを頬張る。
うん。この三日で慣れたけど今日も魔獣肉だ。これは猪系かな? 野菜が足りないのは畑が少ないからで、その分を山菜が多め、と。
まあ、なんというか、その。
「雑だなあ」
「……我々の食事が何か気に障りましたか?」
やばい。また声に出していたか。
冷たい目で見てくる巨人族の女中さん。
ドミトルさんと比べると低いとはいえ、それでも二メートル声の女性から見下ろされると圧力が強い。
誤魔化そうとも思ったけど、ここまではっきり言ってしまったら逆効果かな。
本音で話してしまおう。
正直、家の食卓を支えていた身としては辛いし。
「すみません。素材はすごくいいんですけど、処理が雑です。山菜。洗っただけですよね? ワサビの葉は塩を入れて茹でて冷ましてから使って下さい。あと、パンの切り口。ソースとか野菜の水気が染みてフワフワ感がなくなっています。バターを塗るとか、スライスチーズを置くとか良いと思います。肉の処理も、少し寝かせて熟成させた方が旨味が強くなりますよ。あと、この感じの肉ならカリカリに焼くと食感が良くなると思うんで試してもらえませんか?」
「お客様」
静かな、でも、逆らえない風格の一言で止められる。
おおっと。
女中さんたちの目がマジだ。
プロ意識を刺激してしまったらしく、敵意にも似た感情を集中砲火されているぞ。
「……帰られましたら是非、厨房へお越しください。歓迎いたします」
「は、はあ」
僕を料理の材料にしてやる、じゃない事を祈ろう。
女中さんたちは軍隊の行進じみた様子で帰って行ってしまった。
わーい、帰りたくないな。
まあ、ここで悩んでも仕方ない。
残りのバゲットサンドをかじりながら考える。
「わりと悪くないんだよな、今の環境」
しばらくの生活と引き換えに労働を得たわけだけど、振り返って見たら僕たちにとっては好都合なのだ。
いや、魔王様の自作自演というか、マッチポンプ感が半端ないんで複雑極まりないんだけどね。
ただ、結果として今の状況は悪くない。
「そだなー。教会の奴らもここには来れないからなー」
教会からの追跡の心配がない。
大森林の最奥なんて人間社会から最も遠い場所。
どんなに凄腕の暗殺者や探検家でも辿り着けやしないだろうし、やってきても一発でわかる。
なんせ、ここは亜人の住まう街。
人間はメチャクチャ目立つ。
身を隠す場所としては好条件だ。
「おかげでー、集中して訓練もできるぞー」
「そう」
周りはどこもかしくも大森林で、魔王様から好きに壊していいというお墨付き。
大魔力のおかげで威力が大きくなりすぎて、気軽に訓練もできない僕らには絶好の訓練場所だったりする。
「この子は魔力が少ないからー、少年の魔力を使えるのはありがたいなー」
「そう」
聖印持ちのクロエだけど、彼女自身の魔力はまだ多くない。
どうやら精霊族の暮らしはかなり過酷だったらしく、余剰魔力がほとんどない状態が続いたせいらしい。
幸い、聖印のおかげで余剰魔力さえあれば魔力量は増えるらしいけど、そうなると魔法の訓練ができなくなってしまう。
だから、二節までの魔法しか覚えていないのだとか。
というのが、今までのクロエ。
その問題を解決するのが僕、というわけだ。
「こんだけ撃ちまくっても魔力の半分も減ってないんだからなー」
午前中でクロエが使った魔法の数は百を優に超えている。
それでも僕の魔力は使い切れない。
座学よりも実践。
クロエの魔法が上達するのは早いだろう。
「ま、午後は少年が頑張る番だなー」
一足先に食べ終わったラフルが手を叩きながら立ち上がる。
座っていた倒木に向かってちょいちょいと指先を振るえば、残っていた枝がぽとりぽとりと落ちていく。
指の形は二爪。
「一指のコツはだいぶ掴めたみたいだしー、今日からはこれなー」
食べながら頷く。
大森林を旅している途中も合間合間に訓練をしていたおかげで、一指の成功率はほぼ百パーセントになっている。
反射の練習のせいで『狐』をしないと上手くできない癖がついてしまったけどね。
この三日でラフルからもお墨付きが出た。
「魔力の感覚がわかるとー、覚えも早いなー」
四日で無理やり詰め込んでくれたラフルは感慨深そうだ。
クラリスの第二聖印を手に入れてから一ヶ月以上。
日に日に魔力の感覚がつかめるようになってきていた。
外部の魔力を感じ取れるほどではないけど、自分の内側なら今は意識すれば簡単にわかる。
まだ操作はおぼつかないけど、これも対策はある。
食事を終えて立ち会がり、自分が食べ終わってからも僕の横でジッと待っていたクロエに手を差し伸べた。
「クロエ、今日もよろしくお願いね」
「そう……」
慣れるまではクロエが僕の魔力を操作してくれるのだ。
クロエにとっても魔力操作の訓練になるからお互いのためになるというのがラフルの弁。
さすがにいつものように右手を握られると練習できないから、この時ばかりは背中に手を置いてもらうのだけど、クロエはお気に召さないのか不服そうだ。
午前中にできた倒木や切り株の処理を、午後に僕の訓練で利用している。
最終的に木材は家を建てるのに使われるとあって、まことに無駄のないサイクルができつつあった。
けど、魔力操作を身に着けるまでどれぐらい掛かるんだろうなあ。
これをマスターしないと魔法は絶対に教えないって言われているんだけど、正直魔法は使ってみたいなあ。
「少年はー、まず五崩まで覚えようなー?」
「はーい」
声に出してないはずなのに釘を刺されて、僕は気の抜けた返事をするのだった。
魔王様が狙ってやってくれたのか、ただの偶然なのか。
ともかく、格好の訓練場所を得たのだ。
しっかりとレベルアップしていこう。




