49 魔王様、会話してくれませんか?
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高くて、寒くて、痛いぐらいの空中遊覧(オブラートに包みました)の後に、僕たちが辿り着いたのは大森林の最奥だった。
樹齢何年か想像もできない古木に囲まれた城塞都市。
街の広さは然程でもないだろう。
端から端まででも一キロないんじゃないだろうか?
見た事はないけど、きっと王都や聖都にも劣っている。
ともすれば、数年後には森に飲み込まれてしまうのではと不安になるぐらい。
森の一角を強引に切り開いて城壁を作って、城を建て、街を広げたといった感じで、とても計画性のある構造じゃない。
そんな事が上から見ると一目でわかってしまう、そんな雑多な街並み。
だけど、その活気はすさまじい。
所狭しと建てられた住居と商店らしき間の狭路を多くの人々が行きかっている。
人種も様々だ。
あれが獣人、精霊族、巨人族なんだろうけど、それぞれの中にも違いが多くてもう見分けをつけるのが不可能だった。
そんな街の上を平然と飛び越えて、土砂を激しくぶちまけて着地した先。
城下町の一番奥。
城壁と一体化した城。
そこは所謂、魔王城の庭先だった。
「ぬふふ。見事、狙い通りよ。すごいと思わぬか、人の子とアイの子よ?」
どことなく得意げな美女には申し訳ないけど、返事はできなかった。
だって、着地の衝撃波で吹っ飛ばされた鎧姿の武装した亜人たちが、大きな口を開けてポカンと僕たちを見ているから。
訓練中だったのだろう。
今は吹っ飛ばされて転んでいるけど、様々な種族の兵士が完全武装。
部外者の僕たちは居心地が悪いなんてレベルじゃないんだけど。
「どうしたどうした? 遠慮せずに誉めてくれてよいのだぞ?」
遠慮しなくていいなら罵倒したいです。
「魔王陛下。また何をされていますのかな?」
答えられない僕たちに代わって会話相手になってくれたのは兵士たちの中から進み出てきた巨大な人だった。
ヌイよりも遥かに大きい上背。
僕の三倍はあるんじゃないか?
顔も見えない完璧な鉄製の全身鎧を着ているせいもあって威圧感が半端ない。
バリトンボイスが激渋ですね。
本当の本当に重い足音を立てて近づいてくる。
「おう、ドミトル。儂の客じゃ。もてなせ」
「はあ……」
推定、巨人のドミトル氏が重々しい溜息を吐いた。
相手が魔王陛下なのにすごいな。
……魔王陛下?
ドミトル氏の発言をスルーしかけて、思わず僕たちを抱えたままの美女を二度見してしまう。
魔王陛下? 魔王陛下って言ったか? え? この美女が魔王!?
ありえな……くはないのか。
儂の城とか言っていたし、魔王に相応しいぐらいの威圧感と風格を持っているし、逃げられないし……。
魔王からは逃げられない、って本当だったんだな。
それにしても、なんで魔王なんて超大物が登場するんだ?
僕たちは大森林を歩いていただけなのに。
ドミトル氏は頭が痛いとばかりに、頭を振ってから魔王様に確認する。
「客とは、どこから攫って来たのですか?」
「森じゃ」
「……何故?」
「面白そうな気配がしたからのう」
そんな理由なの!?
魔王に相応しい理不尽さだけどさ!
僕の感想はドミトル氏も同じだったらしく、再び溜息を繰り返した。
それでもツッコミを入れることもなく会話を続ける。
きっと慣れているんだろうなあ。
「人間に見えますが?」
「うむ。人間の子とアイの子と、人間の俗物じゃな」
「俺、俗物ー?」
ラフルの嘆きは全員に無視された。
「ここは亜人の街ですが?」
「ここは儂の城じゃ。誰を連れてこようが儂の勝手よ。それとも何か? 儂のすることに文句でもあるのかのう?」
ゾッと血の気が引いた。
別に魔王様が何かをしたわけじゃない。
魔力を高めたとか、殺気で威圧したとか、言葉尻で脅したとか。
そんな事は一切していない。
ただ、不思議そうに聞いただけ。
それだけで百回殺された気分にされる。
「言うだけ無駄でしたな。とりあえず、部屋は用意しましょう。連れて行きますか?」
「いや、儂の部屋で話をするから待っておれ」
王様だなあ。
魔王様はズンズンと僕たちを抱えて、ラフルを引きずって歩き出す。
文字通り人波が勝手に割れていく様は圧巻だった。
城から飛び出してきた人たちが僕たちにマイナス気味の視線を送ってくるのも気づいていないのか、我関せずだ。
我関しちゃう僕たちは胃が痛いけどね!
そんな晒し物にされながら連れられるのもすぐに終わる。
魔王様は我が物顔(事実そうなのだろうけど)で城を上がっていき、一番上の一際広い一室に来ると、唐突に僕らをポイっと放り出した。
装飾の欠片もない板張りの床の中、不自然に置かれた玉座で胡坐をかく魔王様。
「ぬふふ。楽にするがよい。儂の前ではいつでも無礼講じゃ」
知っています。
無礼講(自己責任)ですよね。
「で。ぬしらは何をしておったのじゃ?」
普通、連れてくる先に聞きませんかね?
嫌味を言いたいところだけど、相手は魔王様。
一般の感覚なんて通じないのだろう。
相手は人の形をして、人の言葉を話すけど、台風とか地震みたいな自然災害と思った方がいいな。
代表して話すのはラフルかと思ったけど、魔王様の中での評価は俗物。
話を任せるどころか、会話をしてもらえるかも怪しい。
実際、一度もラフルの方を見ないし。
クロエは気に入られたみたいだけど、そもそも無口だし。
僕が話すしかないのか。
十歳児には荷が重すぎるなあ。
ともあれ、何を話そうか。
どうせ逃げられそうにもないし、相手が大物過ぎて嘘や誤魔化しも意味がなさそう。
うん。
ここは無理にでもポジティブに考えよう。
千年を生きるという魔王なら僕の零印の事も何か知っているかもしれないんだし。
慎重かつ大胆な会話運びが求められるな。
「お話します」
「硬いのう。友と話すようにしてくれてもよいのじゃぞ?」
「僭越ながら、我々は出会ったばかりです」
「なあに。時間など些末よ。お主も百年ほど生きれてみれば一日も一年も変わらんようになるぞ?」
「無茶言うなでございます」
やべえ。
思わず本音が出かかった。
誤魔化せたかな?
「ぬっふっふ。いいのう。なかなかの度胸をしておる。さあ、話すがよい」
助かったらしい。
この魔王様、なかなか寛大だ。
けど、油断せずにいこう。
僕は気を引き締めて、ここ一ヶ月の出来事を魔王に話して聞かせるのだった。
途中、三度ほど本音が炸裂したのはご愛敬だと思いたい。
だって、この魔王様がちょいちょいチョッカイ出してくるから……。
そんな内心ハラハラしっぱなしの語りを終えて、僕は最後に右手を掲げ……いや、クロエ。今はちょっとだけ放してね。
視線での説得に成功して、久々に自由になった右手を掲げて見せる。
「魔王様は、この零印について何かご存知ではありませんか?」
魔王の左の背に。
覇王の右の背に。
それぞれ僕と同じ赤い真円を持つという。
何枚も重ねた羽織に隠れて見えない背中が気になって仕方ない。
魔王様は目を細めて僕に右手を見る。
森の中でも見られていたけど、今はより深くを見極めようとしているようだ。
「ふむ」
しばらくの間を置いて、魔王様は一息を吐いた。
乗り出していた体を起こし、扇でパシンと自分の肩を叩くと、楽し気にニカリと快活な笑みを浮かべた。
「よし。ぬしら、これより儂の頼みを聞け」
「魔王様、会話してくれませんか?」
いや、だって、ねえ?




