48 きょ、恐縮です、魔王様
今日から第二章です。
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「空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾空弾」
クロエが連続して放つ二節の魔法。
そのたびに大森林の木々が圧し折られて、吹っ飛んで、どんどん見晴らしがよくなっていく。
一番最初の時の様な出鱈目な威力じゃないあたり、確かな制御の痕跡が見られるなあ。
前のは極太のレーザー砲だったのに対して、今は砲撃ぐらいって印象。
はは。威力を絞った分だけ連射できるんなら大差ないわー。
そんな呑気な感想を思い浮かべながら魔力タンクをしている僕です。
「おーい。最後の方は威力がばらついてたぞー。ちゃんと集中しようなー」
「そう」
「基本だからなー。適当にやってるとー、三節はできてもー、四節とか五節は絶対に無理だぞー」
「そう」
ちょっと離れた後ろで転んだままラフルが指導して、淡々とクロエがノルマをこなしていく。
こんな事を繰り返して三日。
一日ごとに場所を変えているせいで、大森林の中に唐突な空き地ができつつあった。
こんなことして本当に大丈夫なのかって思う?
亜人種とかに攻撃されるんじゃないって。
それが大丈夫なんです。
「ぬふふ。なるほどのぅ。こりゃあ大したもんだのぅ。鬱陶しい森がひろうなっていいではないか。そう思うだろう、人の子?」
「ははは。そうですね。はい」
突然、背後からの声掛けに肩をビクッと震わせつつも、僕はなんとか当たり障りないあいづちを打つ。
ビビるに決まってるだろ。
だって、ついさっきラフルの様子を振り返って見た時はそこに誰もいなかったのに、いきなり現れたんだからさ。
前置きもなく現れて、愉快そうに笑っている女傑。
華やかな刺繍が施された一枚布を幾重も肩にかけ、木の下駄を履いて、羽毛のついた扇で口元を隠す様は花魁を思わせる。
銀色の長髪、西洋人風の整った顔立ち、おまけに頭の上に狼の耳とのミスマッチが、ミスマッチにならない不思議な感覚。
きっと、この人はどんな格好をしていても着こなしてしまうんじゃないか。
そう思わせるだけの風格を持った美人。
「儂が森を拓けと命じたとはいえ、三日でこれとは。精が出るのう。人の子は忙しないが、それが生き方という事かのう。ぬふふふふ」
「きょ、恐縮です、魔王様」
そう。
この人こそ千年を生き、大森林で亜人種をまとめ、背に呪印を持つ者。
魔王、アウラ。
その人だった。
ランランと輝く金色の目に見降ろされながら、僕は背中に脂汗を流しつつ思う。
どうしてこうなった、と。
クラリスとの戦いから一ヶ月。
僕たちは真っ先に大森林の奥を目指した。
一指の修行に使った掘っ立て小屋ではなく、森の更に奥地だ。
ラフル曰く、大森林は亜人種の領域だけど、人の住み家もあるのだとか。
「王国とかー、教会とかからー、目をつけられた連中ってそれなりにいるからねー。で、そんな奴らが生きていけるのってー、結局は大森林ぐらいしかないんだなーこれが」
亜人とか魔獣とかいるから危ないけどな、と笑いながら言う事か?
とは思いつつも納得する。
人間社会は集団生活が基本だ。
だけど、それを全ての人が受け入れられるとは限らないし、理不尽な理由で弾き出される人もいる。
そこから追い出された人たちは王国と教会の管理下にはいられない。
じゃあ、どこに行けば管理外かと言えば大森林だ。
王国各地の開拓村から離れていながら、大森林奥地とは言えない中間地点に集落を作ったのだとか。
ラフルも多くの時間をそこで過ごしていたらしい。
「まあー、その子と会ってからのここ半年はほとんど戻ってないけどなー」
「それまでクロエは精霊族の里にいたのに?」
「いやー、たまたま近くを通ったらー、十歳になったからってー、村から追い出されるところだったんだよなー」
「そう」
十歳の子供を一人で村から追放するとか、精霊族の奴らと仲良くなるのは難しいだろうな。
淡々としているクロエだけど、その内心は察するに余りある。
繋げたままの右手を握りしめると、それ以上の力で握り返してきた。
「大丈夫? つらいよね」
「そうじゃない」
あれ?
そうじゃないの?
前髪の向こう側からジッと見つめられて首を傾げる。
「あー、あれじゃない。少年と出会ったからもう辛くないーとか?」
「そう」
「あう」
クロエからの好感度がゲージ一杯で戸惑うばかりだ。
彼女にとって唯一の理解者というか、同志というか、仲間というか。
そんな感じに思ってくれているんだろうけどね。
だからか、別に魔法を使うわけでもないのに、寝る時までずっと右手を握られっぱなしだった。
ご飯を作ったり食べたり、水浴びしたりのどうしようもない時は外してくれるけど、その時も近くに居たがるから困ってしまう。
熱視線にやられて、僕は慌てて話題を戻す。
「それで! 僕たちが向かっているのはその集落なの?」
「おー。大森林の中ならー、教会から居場所を隠せるからなー」
「その理屈がわからないんだけど?」
「そりゃあ、この大森林の魔力がメチャクチャ多いからってのがひとつだなー」
それは知っている。
いわゆる、マナスポットとか龍穴とか呼ばれる場所なんだろう。
それが教会の持つなんらかの探索手段を阻害する、と。
「他にも理由があるの?」
「そだなー。色々とあるぞー。まあ、その中でも一番の理由はー」
ラフルは進行方向を見つめる。
ずっと遠くを見る眼差し。
きっと目指す集落よりも奥。
大森林の最奥。
「ここが魔王の領域だからだなー」
魔王。
千年前に亜人をまとめ、大森林を生み出したという存在。
王国と教会であっても、刺激するのは躊躇われるのだろう。
だから、開拓村を推奨して、少しずつ人の領域を広げながら、大森林の力を削いでいるのだ。
「ラフルは魔王って知っているの?」
色々と知っていそうなラフルだ。
実は顔見知りなのでは、なんて思ったのだけど。
あっさりとラフルは首を横に振る。
「知るわけないだろー。魔王がいるのは大森林の奥の奥の最奥ー。亜人の集落よりも更に奥なんだからさー。しかもー、そこは色んな亜人種が集まる大国があってー。その一番真ん中の城にいるんだって話だよー」
リアル魔王城か。
ちょっとワクワクしてしまうのは前世の感覚か。
「そうかそうか。人の子は儂の城に興味があるのかのう」
「そりゃあ、魔王城って言えばラスボスのダンジョンって相場が決まって……」
いや、待て。
また無意識に口に出していたのはいい。
僕の悪癖だ。
いつか改善しよう。
できる気があまりしないけど。
でも、その内心に答えたのは誰だ?
ラフルでもクロエでもない声。
ついさっきまでいなかった第四の人物。
顔を上げればラフルとクロエが彫刻みたいに固まっている。
驚きか、恐怖か、畏怖か。
判別できない表情。
その視線の先は僕の後ろだ。
そちらをゆっくりと振り返れば、息を飲む程の美女が野性的な笑みを浮かべて、僕を見下ろしていた。
「ぬふふ。実に、実に興味深い人の子じゃなぁ。聖印持ちはたまに見ておったが、こりゃあなんじゃろうか。儂とも、あれとも似ているが違うのう。ふむぅ。とりあえず、儂の手元に置いておくのが手堅いか?」
見ているのは僕の右手。
まるで野生の大型獣が間近にいるようだ。
次の瞬間には腕ごと千切られるのはと想像して、体が固まってしまう。
「そうじゃない」
けど、そんな僕をクロエが引き寄せて、美女から守るように立ち塞がってくれた。
「ほう?」
「そうじゃない。アクタは、わたしの。誰にもあげない」
すごいな。
この威圧感の塊みたいな人に真っ向から立てつくなんて。
けど、クロエさん?
僕の所有権を主張されても、アクタさんはアクタさんのものですからね?
そんな場違いなツッコミを入れて現実逃避をしていると、唐突に美女が笑い出した。
鋭い犬歯をのぞかせる獰猛な笑み。
「ぬっふっふ! そうかそうか! そりゃあ無粋をしたのう! 幼きアイの子よ! 格上と知りながらも番いを守る気概、実に良い! 儂の好みじゃ! 女子はそうでなくてはいかん! 好いた男は自ら掴み、守り、くろうて……はまだ尚早か? ともあれ、良き啖呵じゃ! 褒めて遣わす!」
ひとしきり笑った美女は大きく息を吐いてから頷いた。
「うむ。無粋の詫びに儂の城に招待してやろう」
ぐわし、と。
反応する間もなく、片手で僕とクロエを抱き上げ、もう片手でラフルの首根っこを掴むと。
ずびょん、と。
地面を激しく震わせて、大森林の上空へと跳躍するのだった。
一瞬の後、僕たちは空の上にいた。
暴力的な風に襲われて目も開けられない中、不思議と美女の声は耳に届く。
「そうりゃ。空から森を見下ろせるなどそうそうない機会ぞ。存分に楽しむがええ。ほうれ。あそこに見えるが精霊族の大樹じゃ。その奥の煙が見えるか? あそこが土人族の里があってのう。温泉は一度は入ってみるべきじゃな。向こうの岩と土くれの塊。あれが巨人の岩城じゃあ。最初は武骨と思うておったが、あれ程の大きさにもなれば逆に趣があるわい。ほれ、目を瞑ってどうした? しっかり見ないともったいないぞ?」
「無理言うなああああああああ!」
僕のやけくその絶叫は強烈な風に飲まれて消えていった。
それが魔王アウラと僕らのファーストコンタクトだった。




