46 霹靂神
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クロエは目をつぶり、集中している。
握り合った手を巨人に向けて、僕の中の魔力がどんどんそこに集まろうとしている、んだと思う。
本気の本気で魔力を振り絞ろうとしているせいか、少し立っているのも辛くなってきた。
この魔力をどんな魔法にするか。
クロエの第四聖印は表が『風雷』で裏が『親愛』。
その関係か、今まで彼女が使った魔法は風と雷の属性だった。
けど、その魔法は『空弾』に『雷爪』と、いわゆる二節の魔法だけ。
ラフルたちみたいな三節、四節の魔法を使っていなかった。
あれを破壊するにはそれぐらい強い魔法がいると思うんだけど。
「三節、四節って難しいの?」
「そう。わたしは、使えない」
使えないのか。
クールな雰囲気のせいでなんでもできそうな風格があるけど、無理なのか。
「練習中」
「そっか」
ちょっとむきになるクロエは可愛らしいけど、使えない魔法を頼るわけにはいかない。
実際、クロエも魔力を集中させてはいるものの、どんな形にするか迷っている節がある。
でなければ、即断即決即行動の彼女が魔法をぶっ放していただろう。
「アクタ」
「うん? ああ、ごめん。邪魔しちゃったね」
魔力を操るのも簡単じゃないだろう。
協力するどころか邪魔をしちゃダメだ。
「そうじゃない」
「え?」
「アクタも魔法、使って」
無茶を言ってくれるなあ。
魔法を使うどころか魔力っぽいものを感じ取れるようになった気がしている段階の僕には無茶ぶりだ。
魔法の知識がほぼない僕にはアドバイスだってできないんだけど……。
「魔法、ある」
「あるって言われても」
「そこ」
ぷにっとお腹をつつかれて、こんな時なのに笑いそうになった。
別にクロエも悪戯というわけではないんだろう。
実際、その指が触れているのは赤い聖印の場所。
これを使え、と?
どうしてクラリスの聖印が色が変わって僕に宿ったのかはわからないけど、確かに持っている力は使うべきだ。
問題はどうやって、という部分。
「……クロエがこれを使うのは無理なの?」
「そう」
無理か。
そもそも人の魔力を使うのだってクロエの聖印の力なんだから、人の聖印まで操作するなんて不可能なんだろう。
聖印を使う?
どうやって?
魔力を操って、魔法にする……ってダメだ。
そもそも魔力を操る感覚さえない。
聖印を使うなんてイメージも……。
「イメージ。心象風景。心を魔法にする唱歌」
連想が続く。
僕には普通の魔法が使えない。
クロエも二節の魔法だけ。
でも、唱歌なら?
術者の心を魔法にする唱歌ならどうだ?
僕が言葉でクロエにイメージを伝えて、クロエがそれを形づくれば?
「クロエ、唱歌だ。僕の言葉を聞いて。それを魔法にするんだ」
「……そう」
無理筋は百も承知だ。
けど、ここでクロエに疑問や不安を感じさせたら絶対に失敗をする確信がある。
なにせ、クロエの魔法の根幹は『親愛』なのだから、そこに疑念が挟まったら僕の魔力を使う事さえできなくなるだろう。
だから、言い切る。畳みかける。
「クロエならできる。できないわけがない」
「そう?」
「そうだよ。棘蔓熊だって倒した。クラリスだって倒した。あんなでかいだけで動かない的を壊すなんてもっと簡単だ」
「そう、かも?」
「そうそう。大丈夫。理屈も理論もいらない。なんせ、心を形にするだけなんだからさ。難しく考えなくていいんだ。思うままにやろう。あいつをぶっ壊す光景を想像して、それに魔力を乗せるだけさ。失敗? そんなのありえないよ。だって、クラリスに使えて、僕らに使えないわけがない」
「そう」
僕の言葉の何が琴線に触れたのか
迷いが隠せなかったクロエから戸惑いが消えた。
なんとなく、僕の魔力をさらに吸い上げる感覚も強くなったような気がして、『親愛』の力が増した気もする。
おかげで足元がグラグラし始めたけど、今だけは気合で耐えろ。
さあ。
クロエの準備は終わった。
後は唱歌。
詠唱だ。
あの氷雪の巨人を破壊するイメージ。
それを言葉にしろ。
クロエの風雷。
クラリスが使った水氷。
繋げて、混ぜて、ひとつにして、凍結の停止をぶち壊せ。
「空に雨
雨に雹
雹に雷
黒雲運ぶ災害の芽」
頭上高く。
晴天だった空に黒い雲が渦巻きだす。
広さは然程でもない。
巨人の頭上を中心に数百メートル程度と草原を覆うこともない程度。
ただ、雲の頂上は遥か高空。
空の果てにも届きそう。
ポツリポツリと振り出した雨はすぐに豪雨と化し、雹が混じり、雷鳴を轟かせる。
嵐が生まれた。
まだだ。
もっと高めろ。
こんなんじゃ巨人に届きもしないで、空で止まってしまう。
「雨に霞む目
風に散る塵
淀む景色を
穿つ霹靂」
雨は呼び水。
雹はきっかけ。
風は増幅器。
嵐という現象の中から抜き出すのは二つ。
台風の目という無風地帯。
そして、稲妻という一撃。
「万雷はなく
雷霆はなく
合切束ねる
虚空の目」
嵐の中心はクラリスが封じられた氷晶。
まるで透明なガラスに包まれているように雨も風も届いていない。
後は、嵐というエネルギーを全て雷に変えて、巨人を打ち滅ぼせばいい。
大丈夫だ。
準備はできている。
上空高く。
黒雲でも隠し切れない程の光が溢れ出していた。
詠唱を重ねるほどに霞んでいく意識を、クロエと互いに握りしめた手で必死に繋ぎ止めて、僕は最後の一言を口にする。
「霹靂神」
閃光が世界を焼いて、僕とクロエは意識を失うのだった。




