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ゼロのアクタ  作者: いくさや
第一章 零印
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閑話 ラフルとクラリス

 閑話 ラフルとクラリス


「なんってー、魔法使うんだよー」


 目の前に落ちた、雷と呼ぶのも躊躇われる光の濁流。

 その余波を魔法で防ぎながらラフルはうめく。

 防御が間に合わなかったら余波だけで死んでいた。


 彼の耳にアクタの詠唱は届かなかったが、もしも聞こえていたら頭を抱えていただろうか、それとも乾いた笑いを浮かべたか。

 何せ、唱歌は三十一音という音数が上限とされた奇跡の力なのだから。

 倍以上の音数と百倍以上の魔力が注がれたそれは、最早唱歌を超えた別物だ。


「ま、それぐらいしないと駄目だっただろうけどねー」


 雷に抉られ、何もかもが消し飛び、底が見えない大穴ができた場所。

 氷が昇華したせいで熱された水蒸気が霧のように立ち込める中、彼の目には確かに目標が見えていた。


 クラリスが捕らわれた氷晶。

 それは破壊の嵐の中で不自然な程に無事のまま宙に浮いていた。


「よくやった、二人とも」


 離れていても伝わっていたアクタの魔力が感じ取れなかった。

 おそらく掛け値なしの本気で魔力を使い切って、魔力枯渇に慣れていない二人は意識を失った可能性が高いと予測する。

 子供二人を無防備に寝かせる危険性はあるが、先程まで唱歌が暴走していた場所にどんな敵が残っているのかと考え直して後回しにした。


「水柱・飛」


 足元から激しい水流が起こり、ラフルの体が宙を飛ぶ。

 狙い誤らず氷晶を抱きかかえると、そのまま数度の魔法行使で大穴から離れた地点に着地を決めた。


 抱えた氷晶は無害だ。

 触れたところで氷が広がる事もない。

 放っておけば氷雪の巨人が復活する恐れがあるが、その前に対処すればいいとラフルは判断した。


 辺りを見回し誰もいない事を確認し、さらに魔法で辺りの霧を濃くして、周囲から隠蔽した上で呟く。


「■■■■」


 耳に届いても意味を理解できない言葉。

 魔法の行使ではない。

 ただの音の連続。

 それだけのはずだった。


「よし」


 何が起きたのか。

 一瞬後には何もかもが解決していた。

 辺りの高温は常温へ。

 水蒸気の霧は風もなく晴れ。

 クラリスを閉じ込めていた氷晶も跡形なく消えていた。


「クラリスちゃん。聞こえるー?」


 長時間氷漬けだったのだ。

 致命傷はなく、まるで眠っているように見えても無事のはずがない。

 実際、抱え上げたラフルの手に体温は伝わらず、鼓動の感触も届いていない。

 冷たい氷像を抱いていると錯覚するほどだった。

 なのに、ラフルは気安く声を掛ける。


「……クラリスちゃんと呼ばないで下さいな。不快ですわ」


 ないはずの答えがあった。

 うっすらと目を開けたクラリスは言葉に反して、穏やかな目でラフルを見上げた。

 生気のない蒼白の肌。

 温度も脈もない体。

 なのに、言葉を、意思を持っている。


「ははー。ごめんねー。でもー、俺にとってはいつまでもクラリスちゃんはクラリスちゃんであってほしかったからなー」


 珍しく。

 珍しく本心からの言葉だった。

 クラリスを見下ろすラフルの目は優しく、悲しみに揺れていた。


「どうして聖印なんか受け取ったんだいー?」

「それは!」


 力の入っていない手で胸元を掴まれる。

 聖印なんか、という言い方が気に障っただろうか。

 しかし、クラリスが泣き出す寸前のような表情でしぼりだした言葉は違った。


「それは……あなたが、いなくなったからに決まっているでしょう」


 それだけでラフルはなんとなく察した。

 長い間、離れていても青春時代を共に過ごしたのだ。

 元々、自分に依存気味だった少女だった。

 それが突然失われて、不安定になっていたところに『いずれ背信者ラフルにも会えるかもしれない』などと囁かれたか。


「なんなのですか。あなたはいつもわたくしを子供のように扱いますわ。わたくしは好敵手ではありませんの? ただの二番目ですの? 置いて、置いていかないで下さい。あなたと共に、歩みながら、高みを目指していたかったのに……」


 何年も溜め込んだ想いが堰を切る。

 それを噛みしめるようにラフルは受け止め続けた。

 けど、そんな時間も長くは続かない。

 次第にクラリスの声から生気が失われていく。

 何かの手違いで残っていた生命が、正しい在り方に戻ろうとするように。


 ラフルは一度だけクラリスの手を握りしめ、言葉を探した。

 残り時間が少ないと誰よりも知っている。

 だが、その時間で告げるべき言葉が見つからない。

 結局、彼にできたのは尋ねる事だけ。


「ねえ。クラリスちゃんは、最後に何がしたい?」


 クラリスは吐息に似た溜息をひとつ。


「無粋な人ですわ。気も利きませんのね」

「返す言葉もないやー」

「いいですわ。そんなのわたくしが一番知っていますもの。最後、最後なら……一太刀、お付き合いくださいな」


 そう言って、クラリスは立ち上がる。

 立てるはずもないのに。

 目を開ける事すら奇跡のはずなのに。


 魔法で生み出された片手剣を構える姿は美しかった。

 無駄のない所作。

 音のない構え。

 氷の花を連想させた。


 その姿に息を飲み、ラフルは真剣な眼差しを返す。

 生み出すのは水の剣。

 クラリスと鏡映しの構え。


 合図はいらなかった。

 それこそ、学院の間から騎士となった後まで、何度も剣を交わしたのだ。


 一足で詰められた間合い。

 同時に振り上げられ、振り下ろされた剣。


「……また、負けでしたわ」

「クラリスちゃん」


 水の剣で袈裟に斬られたクラリス。

 血も流れない体はゆっくりと雪となって散っていく。

 その姿に手を伸ばしかけたラフルは寸前で止まり、代わりに同じく袈裟でうっすらと斬られた傷跡を押さえ。


「強くなったね」


 雲間から落ちる日差しの中。

 雪は笑みを残して消えていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんとか決着ですか。すっきりしたかんじがあります。
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