閑話 シスタークラリス
二日連続で遅くなりすみません。
今回は閑話です。
閑話 シスタークラリス
クラリス。
シスター、クラリス。
数印【Ⅺ】の杯を持つ女。
地方都市で生まれた彼女は巡回神父により才能を見出され、他の者と同じく王都の学院に所属した。
数印の成長こそ【Ⅺ】で止まったが、その才覚は非常に高く、特に氷魔法においては随一の使い手であった。
淡々と日々を勉学と修行に費やし、成長に妥協のない姿は教師からも信頼されていた。
貴族出身の生徒からは『田舎者』と陰口を叩かれ続け、コンプレックスになってしまった結果、少々口調が特徴的になってしまったが、彼女を知る多くの人は『真面目で、冷静な人』と言う。
ただ、ひとつ例外があるとすれば。
「ラフル・メディタ! また、わたくしを馬鹿にして!」
「いやー、そんなつもりはないんだけどねー」
「嘘ですわ! 必死に勉強するわたくしを要領の悪い女とお思いなのでしょう!」
「いやいやいやー、ないってー。俺は真面目に頑張るクラリスちゃんは偉いって思っているよー」
「また、クラリスちゃんなどと!」
彼女と同期の男子生徒と話す時だった。
飄々とした少年の口ぶりに顔を赤くし、声を荒げる姿は当初驚かれものの今では学院の日常風景である。
その日も試験結果が張り出されたロビーで口喧嘩を吹っ掛ける姿に、生徒も教師も『ああ、またあの二人か』と足も止めない。
「今回の試験でも二位ですわ。どうして、ラフル・メディタに勝てませんの?」
「魔法の威力ならクラリスちゃんの方が上じゃないかー」
「それ以外は全てあなたの方が上ですわ!」
水と油。
同じ属性のシンボルを持つだけにライバル視するのは仕方ないが、性格の相性が悪すぎた。
クラリスは何度も少年に挑み、少年は気楽な様子で返り討ちにしていた。
常々、少年に対して不満を口にし続けたクラリスだが、その時の彼女の表情が生き生きとしていた事を多くの人が知っていた。
◇ ◇ ◇
「あなたも杯の騎士隊ですの!?」
「はははー、まあ同じシンボルだからねー。進路が同じでも不思議じゃなかったかー」
「不快ですわ!」
彼女は優秀な成績で学院を卒業後、教会が抱える杯の騎士隊に所属。
学院から続くライバルと競うように実績を残し、わずか三年で隊の第三席である副隊長の左席に至った。
「また、あなたの次ですわ!」
「うーん、俺の方がちょっとだけ運が良かったみたいだねー」
隊の第二席である副隊長の右席が、そのライバルだったのは最早お約束だったが。
「納得できませんわ! どうしてあなたばかり盗賊を見つけられますの!?」
「ほらー、俺が正義の味方だからねー。悪の匂いに敏感なんだよー」
「また、それですわ。正義に味方だなんて、おかしいですわ。我々は教会の敵を討つものでしょうに」
「クラリスちゃんは真面目だねー」
少年から青年になったライバルはヘラヘラと笑うだけ。
本気で相手をしなさいと言いつつも、その表情はどこか柔らかかった。
二人が杯の騎士隊に所属した数年は黄金期と呼ばれている。
水と油の二人だが、学院時代と同じく競いながら成果を出し続けたためだ。
歴代でも最高の騎士隊であると教皇からも評価されるほど。
しかし、その関係が綻び始めたのはいつからだったのか。
青年が一足先に聖都へ招聘された時か。
聖都へ行ったはずの青年が表舞台から姿を消してしまった時か。
それとも、一年遅れで聖都に追いついたクラリスの目の前で、青年が背信者として神敵に認定された時か。
「ラフル・メディタ! 何がありましたの!? 正義の味方なのでしょう!? そのあなたがどうして、教会を裏切りますの!?」
「はははー。こんな時に来るなんて、クラリスちゃんは間が悪いなあ」
追う者と追われる者。
ライバルとはもう呼べない。
そんな関係に陥った二人。
おそらく、決別に至る最後の問答に青年は変わらず笑みを浮かべた。
「俺は正義の味方だよ。今までも、これからもね」
初めて見せる鋭い目つきでそう言った青年は『圧倒的な力の差』でクラリスを打ち倒し、騎士からの追撃をかわし聖都から去っていった。
傷ついたクラリスの衝撃は大きかった。
怪我が完治した後も、満足に立ち上がれない程に。
負け続けていても、実力は拮抗していると信じていた相手。
その相手に手も足も出ない程の完敗を喫したのだから仕方ないと、彼女は自身を納得させた。
少なくとも彼女は納得したつもりになった。
できた差は努力で埋めればいい、と。
いなくなってしまった青年といつか再会した時に勝てるようにすればいい、と。
そうして、クラリスは一人で立ち上がった。
予定通り、大聖堂を守る聖堂騎士として就任し、優秀な成果を残し続けた。
淡々と、淡々と、淡々と。
雪が積もるように、積み上げる。
切々と、切々と、切々と。
氷の冷たさで、断罪する。
その姿は心のない氷雪の騎士のよう。
まるで何かを必死に忘れようと、見ないようにしようとしていると気づきそうになるたびに、心に雪と氷でふたをして。
クラリスは日々を過ごしていった。
◇ ◇ ◇
それから二年。
聖都の大聖堂で警備をしていた彼女に転機が再び訪れる。
「教皇猊下からの召喚状ですの?」
「これは大変名誉な事です。聖堂騎士クラリス。指定の日時までに準備しなさい」
聖堂騎士の隊長は我が事のように喜んでいたが、クラリス自身は内心で首を傾げていた。
大司教でもなかなか目通りできない教皇。
教会のトップから名指しでの召喚に戸惑いしかない。
「承知しましたわ」
氷雪で心を埋めた彼女は指示に従うだけ。
教皇の間へと一人入ったクラリス。
そこで何があったのか、誰も知らない。
知るのはクラリス自身と、教皇のみ。
そして、その日を最後にクラリスは聖堂騎士を辞め、巡回神父付きのシスターとなったのだった。
多くの同僚から惜しまれた。
それ程に彼女は優秀だった。
四節に至る氷の魔法の使い手であり、二年で聖都の治安に大きく貢献した。
いずれは聖堂騎士の頂点に至るのではと噂されるほどの功績。
しかし、彼女の決意は固く、また聖堂騎士として過ごした二年間では見せた事のない晴れやかな表情をしていたため、最後は旅立ちを見送るのだった。
同僚たちとの別れをすませ、最後に隊長と言葉を交わす。
「聖堂騎士クラリス……ではもうないのだな。シスタークラリス」
「ええ。お世話になりましたわ」
シスター服姿で微笑むクラリスは、清々しい顔をしている。
もう一度だけ引き留める言葉を掛けようと考えていた隊長は諦め、旅立ちを祝福する事にした。
「君の旅が穏やかである事を願う」
「ありがとうございますわ」
「それで、どこに向かうのかな?」
「まずは巡回神父様と合流してからになりますので、行き先はわたくしも詳しくはまだ。ただ……」
その先は不意に吹いた冷たい風に攫われて聞こえなかった。
聞き直すのは野暮かと隊長は頷いて、去り行く後姿を見送った。
ただ……教会の敵を討つだけですわ。
前を見据えた彼女の目は暗く、冷たく。
その左の脇腹には『氷雪』の聖印が青く輝いていた事を誰も知らない。




