44 ……自爆?
遅くなりました。すみません。
煉獄さんが……。
44
氷雪の異形の巨人。
動かない。
今にも手を伸ばしそうだけど、そこに佇んだまま。
氷晶に埋もれたクラリスもまるで眠っているようだ。
「……自爆?」
消えかけの唱歌が暴走したのかと思ったけど、クラリス自身を害しただけなのか?
そもそも魔法がよくわかっていない。
ラフルが話していた一部が判断材料だけ。
一節とか、二節とか、詠唱とか、唱歌とか。
目の前のこれがどういうものなのか、さっぱりだ。
「あー、は、はは」
後ろから掠れた声が聞こえた。
振り返れば、ラフルが薄っすらと目を開けている。
「なに、やってん、だよー。クラリス、ちゃん」
雷爪で体を痙攣させていて、しゃべるのも途切れ途切れの様子だけど、意識が戻ったのか。
クロエの手を引いて向かう。
辺りの雪が巨人に集まったおかげで走りやすいし、冷気もない。
「ラフル!」
「やー、少年。やったねー。けどー、やりすぎた、かもねー」
ラフルの視線は僕の腹の辺りに向かう。
赤い二つの聖印。
「それ、盗れちゃうんだー」
「知らないよ! 僕にも何がなんだが! どうなってんだよ、これ!?」
「さあー」
怪我人を責めるもんじゃないけど、助言役なのに役に立たないなあ!
「でもー。あれはー、わかるよー」
あれって、氷雪の巨人か。
ラフルはクラリスを悲しそうに見上げている。
知り合いらしい二人だ。
思う事があるのだろうけど、ラフルはそれ以上表に出さずに話を続ける。
「唱歌の、暴走ー、だろうねー」
「やっぱり、そういうのだよね」
大きく一つ呼吸を整えて、ラフルは頷く。
「唱歌ってー、元々がー、伝説のー、魔法でねー。聖印とかー、呪印とかー、特別をー、持ってる人がー、使えるかもー、知れないやつー、なんだー」
伝説の魔法。
聖印と呪印の持ち主であっても使えないかもしれない魔法。
「あれはー、術者のー、心をー、魔法にー、するんだー」
術者の心。
辺り一帯を氷結の霧で包んだり、氷雪で捕らえたり、あれがクラリスの心象風景だったのか。
だとすれば、あの氷雪の巨人は?
「だからー、聖印をー、失ってー、暴走してー、術者までー、捕らえたんだろうねー」
馬鹿だな、クラリスちゃん。
呟いたラフルのそれは罵声と呼ぶには感傷的だった。
もう一度クラリスを見上げる。
氷晶に飲まれたクラリスが無事とは思えない。
殺そうとしてきた相手で、倒そうと決めた相手だ。
同情する程のお人好しにはなれないけど、ざまあみろと罵る気持ちにもなれない。
「……じゃあ、これで終わったの?」
「だろうねー。後始末はー、いるけど……」
不意に冷たい風が抜けていった。
近くに巨大な氷の塊があるんだから不思議ではない。
不思議ではないんだけど、それにしても冷たすぎじゃないか?
まるで真冬の風みたいに肌を切りつけるような冷たさだ。
「冷た!」
「そう」
クロエが強く手を握ってくる。
寒いのが苦手なのかもしれない。
風はなかなか止んでくれなかった。
ここで長々と話している場合じゃないかと考えだしたところで、違和感が強くなった。
これ、本当に自然のものか?
見上げた氷雪の巨人。
それは動かない。
クラリスも眠ったまま。
だけど、草原一帯を埋め尽くした程の氷雪が放つ冷気はどんどん強くなっているような気がした。
寒暖差のせいか、風も強くなっている。
風景こそ春の草原なのに、気温は冬のそれだ。
「ラフル!?」
「暴走ー、まだー、続いてるー?」
唱歌の暴走。
てっきりクラリスの自爆で終わった思ったのに、楽観過ぎたのか。
際限なく強まっていく冷気。
雪の消えた草原が真冬に、厳寒に、氷点下に落ちていく。
「逃げようかー」
「ラフル、立てる!?」
「立つしかないねー」
話しながらも回復していたのか。
ラフルはよろよろと起き上がる。
走るのは無理そうだけど、歩くぐらいはできるか?
「クロエ。僕と一緒にベルとヌイを担いでもらえる?」
「そう」
「うおっ!?」
僕と手を繋いだままのクロエは、片手で器用にベルとヌイを肩に担ぎ上げてしまった。
ついでに近くにいた巡回神父も回収した。
置き去りにしては後味が悪いし、この人には証言してもらう予定がある。
僕たちは逃げる。
少しでも巨人から離れる。
方向は考えない。
今はとにかく距離を取らないといけないから。
「……ねえ。これ、どこまで届いてるんだ?」
「さあー」
「かなり離れたと思うんだけど……」
「そう」
歩き始めて数十分。
草原の只中まで来たのに、冷気は増していくばかり。
発生源から離れたはずなのに、気温はどんどん下がっている。
振り返っても、巨人の辺りは冷気で霞んで見えなくなっていた。
あそこに留まっていたら死んでいたぞ、これ。
「……ラフル」
「あー、うん。これ、本当にやばいの、範囲の方かもー?」
温度だけじゃない。
範囲もだ。
冷たい風は草原を揺らしている。
見える範囲は全て?
本当に見えている範囲だけか?
これ、どこまでも、どこまでも、続いているんじゃないか?
上から見た光景を思い出す。
この近くには街がある。
もうあそこにも冷気は届いているかもしれない。
放置したらどれだけの被害が出るか……。
僕が足を止めると、クロエも立ち止まる。
ラフルは苦笑いだ。
「止めよう。あいつ、僕らで、止めよう」
「そう」
「……そうだね。クラリスちゃんも、これは望んでないだろ」
僕たちは頷き合って、再び氷雪の巨人に向き直るのだった。




