40 僕は、生きてていいのかな?
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「必ず来ると思っていましたわ」
勝利を確信したように笑うクラリス。
グラマラスな体型のせいで所々パツンパツンの牧師服。
なんとか首を巡らせて前方を見れば、ラフルがいた。
その足元には崩れ落ちた人影。
シスター服を着ているのは……巡回牧師か。
ラフルは苦い顔で僕たちを見ている。
「背信者ラフル。あなたの考えるような事がわたくしにわからないとでも?」
「はははー。それで入れ替わりかー。騙されたよ、すっかりねー」
巡回牧師を倒せたおかげで数的有利は得られたけど、僕は捕まって、人質は誰も助けられていない。
実質、ラフルとクラリスの一対一の状況。
ゆっくりと歩み寄ってくるラフル。
表情は取り繕ったようだけど、さっきの苦い顔が本心だろう。
なにせ、前回はクラリスに後れを取っているんだ。
しかも、クラリスは唱歌を使って自分に有利な状況を作っている。
「そういう小細工、嫌いじゃなかったっけー?」
「こういう小細工、得意とされている方には効果的でなくって?」
チラリと僕と目を合わせてくるのに小さく首を振る。
僕たちの方針は完全に封じられた。
これでは助けるどころじゃない。
それどころか。
「今度は逃げられるとは思わないで下さいな」
クラリスの一言にラフルが口元を引きつらせる。
内心を見透かされていた。
きっと、ラフルはメカクレちゃんだけでも連れて逃げる判断を下そうとしていたんだろう。
実際、そうすると言っていたんだから。
でも、この突然の雪原。
直接的な攻撃を持たないこれが、ただ景色を変えただけだとは思えなかった。
「さーて。なんの事かなー?」
「やってみればわかることですわ」
二ヘラと笑うラフル。
その笑みのまま手を振り上げた。
「水柱・爆」
魔法が放たれる。
ラフルの足元から前方に向かって広く噴射された水。
それは小規模な津波を思わせた。
が、すぐに凍っていく。
辺りを漂う雪を飲み込む程に氷へと姿を変えて、クラリスに届く前に彫刻と化してしまった。
「わたくしの唱歌を超える魔法でなければ届きませんわ」
唱歌、というのが具体的にどれだけすごいかはわからない。
ただ、ラフルや巡回神父の反応を思えば、とてつもない魔法だというのはわかる。
こんなの、誰にも破れないって事じゃないか。
絶望感が増す中、ラフルは動いていた。
瀑布を目隠しに、雪原を駆ける。
僕とクラリスを迂回するようなルート。
向かうは、やはりメカクレちゃんのところか。
僕やクラリスから少し離れた場所。
そこでメカクレちゃんは氷の鎖に縛られている。
俯いたその表情は見えない。
?
襲撃前、クラリスはメカクレちゃんを捕らえた縄を持っていたはずなのに、どうして手放しているんだ?
しかも、ラフルが走るのを見ているだけでクラリスは動かない。
逃がすつもりはないと言いながら、妨害しないのはおかしい。
その答えはもすぐに出た。
走るラフルの速度が目に見えて遅くなっている。
「あれー?」
「あらあら、体が鈍っているのではなくって?」
クスクスと笑うクラリス。
一貫して余裕を崩さない。
その間にもラフルの速度は落ちていき、やがて立ち止まってしまった。
目を凝らせば、その足に雪がまとわりついているのが見える。
また、雪。
確かに雪が積もった場所は動きづらくなる。
かといって、雪は降り始めたばかり。
雪化粧なんて程遠い。
なのに、その僅かな雪がラフルに集まっている?
「もしかしてー、この唱歌ってー」
「ええ。あなた方を捕らえるための檻ですわ」
魔法の阻害。
運動の阻害。
それに加えて時間経過ごとに増していく冷気による体温の略奪。
そんな効果を帯びた空間が、目の届く範囲内全てに及んでいるのか。
たとえ、皆を解放できたとしても逃げ切るのは難しい。
「殺意、高すぎるよ」
気がつけば僕は声を上げるのも辛くなっていた。
雪は僕の上に降り積もり、溶けては凍り、溶けては凍り、繰り返すうちに手足を氷で覆っていく。
このままいるだけでいずれ死んでしまう。
本気の本気でクラリスは僕たちを逃がすつもりがないとわかった。
「あなたが逃げてしまうのがいけませんのよ?」
子供を諭すような口調。
真実、クラリスは心から諫めている。
「逃げなければ殺されていたのに?」
「そうであれば、その子たちを巻き込みはしませんでしたわ」
視線でベルとヌイを示される。
二人は口を塞がれていても何かを言おうとしてくれていたけど、たとえ張本人の二人が否定してくれたとしても、クラリスの言う通りだった。
僕がいなかったら、今頃ふたりは王都に向かって輝かしい門出をしていたはず。
二人の人生を壊してしまった。
言い返せない僕にクラリスは何もしない。
ただ雪が降るだけ。
肩に、腕に、頭に、足に。
氷の鎖で縛られていても、身じろぎすれば払えそうなのに。
雪が積もるのを受け入れそうになる。
呪印と近しい零印。
ナイトメア級の難易度の人生。
自分だけが大変ならともかく、周りの大切なものを犠牲にしてまで生き抜く価値が僕にあるのか?
「そう、じゃない」
不意に、そんな声が聞こえた。
「そうじゃない」
繰り返される。
僕を否定する言葉へ、真っ向からNOを叩きつける。
静かな、短い、でも不思議と力強い言葉。
「……メカクレちゃん」
「そう」
顔を上げる。
パリパリと薄い氷が砕けて落ちた。
何故か、それだけで心が軽くなった気がする。
「僕は、生きてていいのかな?」
「そう。わたしは、そう思う。わたしは、あなたの、生き方、良いと思うから」
たどたどしいメカクレちゃんの言葉。
それだけに拙くても、伝わるものがあった。
そう。
そうか。
そうなんだ。
なら、こんなところで心折れてはいられないな。
「はははー。いやー、大変だったー」
立ち止まっていたはずのラフル。
彼はクラリスが僕に語り掛ける間にメカクレちゃんまで辿り着いていた。
そして、口枷を外したのか。
「何をしましたの?」
「別にー。ただ、止まらずに歩き続けただけだよー」
本当なんだろう。
実際、ラフルの両足は雪で覆われていて、まるで雪像みたいになっている。
ただ、無傷とはいかなかったのか顔色が悪い。
「本当はー。このまま逃げるはずだったんだけどねー」
「そうじゃない」
「はは。この子が許してくれないんだよー。こんな状況なのにねー。少年、君はどうすればいいと思うー?」
そう言って、ラフルは右手で『狐』を作って、戯れに振る。
……考えろ。
この状況。
どうすればいいか、考えろ。
なに、難しい事じゃない。
このナイトメア級の難易度の人生を十年も過ごして来た事と比べたら、大概の問題は大したことないんだから。
ラフルはメカクレちゃんの口枷を外しただけ。
手枷も縄も氷の鎖も取れていない。
何より、クラリスの唱歌を破ったわけじゃないのだから、これ以上は自由にしてくれないだろう。
なら、まずはそこからだ。
「一指」
僕は『右手』で『狐』を作って、左手の一本指を突き出すのだった。




