37 僕はどうすればいい?
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「隣町まで行くとー、教会の人にまで知られて囲われちゃうからー、あの子を助けるならーその前だろうねー。制限時間はー、五日ってとこかなー」
僕の背中に手を置いたラフルが言う。
後ろの様子は見えないけど、その前が僕の動きをじっと観察しているのを感じた。
話を聞きながら、僕は指先に集中している。
「来た時は身体強化で無理やり来たんだろうけどー、あの子や君の兄妹を連れてってなったらーそうはいかないでしょー?」
右手はまだ握りこぶし。
人差し指は伸ばさない。
左手は親指と中指、人差し指の先をくっつけた形。
影絵の『狐』と言った方がわかりやすいだろうか。
ラフル曰く、条件付けだ。
人差し指を伸ばしただけで一指が発動するようにしたらダメだろう、と。
確かにその通り。
道を聞かれて行き先を指さしただけで街をぶっ壊す事態になりかねない。
寝相で唯我独尊のポーズを取ったりした日には家が吹っ飛ぶ。
そんな制御不能なのは力でもなんでもない。
だから、日常ではやらない手の形をして、一指の反射に含めるんだ。
「まあー、連れていかれるだろう子たちの数印が高レベルだからー、普通よりは早く隣町に着くだろうからー、移動に五日ってなー」
人差し指を伸ばして、岩に突き出す。
思いっきりだ。
魔力を操る感覚はまるでない。
このままぶつかれば指の骨が砕ける。
躊躇しそうになる心をねじ伏せて、岩に突き込んで叫ぶ。
「一指!」
轟音が起きる。
指先から向こう。
岩が砕けて、空気が弾けて、衝撃が吹き飛ばす。
成功だ。
ラフルの提案を受けて、早速実践を始めて三時間。
これで百回目。
僕はラフルの提案を受け入れた。
他に手がない。
少なくとも僕だけでは本当の本当にやりようがない。
ちょっと前世の知識があったところで、今の僕は使えもしない大量の魔力を抱えただけの子供。
真意がわからないラフルの手にも縋り付くしかない。
「……なんか、地形が変わっちゃったな」
崖はもうない。
大きな岩がゴロゴロと転がっているだけ。
自然破壊はなはだしい。
最初はなかなかタイミングが合わなかったり、時間が掛かったりしたけど、効率が上がってきている。
本当に反射で出来るようになるのか、手ごたえはないけど、確かに進んでいる感じはしていた。
何度も失敗して指がボロボロにした甲斐があるというものだ。
けど、喜んでいる暇はない。
ラフルの言う制限時間までに、一指を反射で使えるようにならないとメカクレちゃんを助けられないのだから。
「次!」
「ういー」
ラフルの声に気迫はない。
というか疲れが滲んでいる。
どうやら僕の魔力を誘導するのもかなり疲れるらしい。
嵐の海で泥船を泳いで引っぱる感じ、だとか。
うん。確実に溺死する奴だわ。
「大丈夫?」
「はははー。心配させちゃったかなー? 余裕余裕。数をこなして慣れてきたし、おしゃべりしながらでもできるようになったでしょー。それにちょっとずつ魔力が勝手に動いている、気がしないでもないよー」
ラフルは本心がわかりづらい。
空元気なのか、実力を隠しているのか。
けど、僕も男だ。
年上の男が意地を見せているだ。それが強がりだったとしても、見て見ぬふりをするべきだろう。
それに、今は無理をしてでも頼るしかない。
「さ、もう一本って言いたいところだけどー、今日はもう終わりかなー」
「え? でも、まだ魔力は……」
一指一回で魔力消費は三千。
単純計算で千回使えるのだ。
せめて、魔力を使い切るぐらいしないと間に合わないんじゃ……。
「もう真っ暗だしねー」
言われてみれば夜の闇が濃い。
星も見えないから何時かわからないけど、すっかり夜も更けていた。
ここは星明りも届かない崖下。
休憩の間に用意した焚火がなかったら手元も見えなかっただろう。
時間経過に気付くと、途端に腹の虫が鳴る。
よく考えてみれば今日は目を覚ましてから何も口にしていない。
「無理無茶が必要な時かもだけどー、無謀には付き合えないなー」
それでも、と言いかけたところでラフルに言われてしまった。
この特訓はラフルの協力がないとできない。
彼の方針に従うしかない。
「ま、何か食べながら話でもしようかー」
ラフルは僕の背中をポンと叩いて歩き出してしまう。
一人で残っていても仕方ないからついていく。
掘っ立て小屋に戻って中を改めてみると、本当に生活感がないな。
最低限の衣食住だけでも用意しました、という感じ。
最初に会った時のメカクレちゃんの様子が思い浮かぶ。
食育、できてなかったんだろうなあ。
案の定、ラフルが用意してくれた食事は粗末だった。
ガッチガチに硬いパン。
中途半端にゆでたっぽい干し肉と、その時に使ったお湯。
これを料理とは呼べない。
というか、そもそも調理道具が鍋ぐらいしかないんだから問題外だ。
「……明日からは僕が料理するから」
「おー。いいのー? 少年、料理ができんだってなー。あの子が珍しく話していたから知ってるぞー」
それは、嬉しいな。
服を破いてしまった後でもいい思い出として残っていたなら嬉しい。
そして、そんな食事を経験してしまった後にこの食材かぶりつきをしなければならなかったメカクレちゃんの心情が偲ばれる。
「で、だー。これからの予定なー」
ラフルはお湯にパンを突っ込んで、ふやかしてからかじる。
身体強化が効いているラフルは食べれても僕は時間がかかりそうだ。
待っている間に話を聞こう。
「三日。ギリギリまで訓練するぞー。それでものにならなかったら少年は置いていくからなー」
言葉にされて心臓を掴まれた気分になる。
でも、わかっている。
一指を使えないなら僕は足手まといのお荷物だ。
改めて覚悟を決めて頷く。
でも、三日も出遅れて大丈夫なのかな?
「そんなに時間が空いても追いつけるの?」
「二日あれば、俺なら追いつけるぞー」
自信満々のラフルだけど、これまで何度も計算違いを嘆いているから信用していいのか迷うな。
とはいえ、主導権はラフルにある。
だから、別の事を確認しよう。
「ダメだったら一人で行くって……」
「あー。ま、あの子を助けるだけならー、なんとかなるさー」
つまり、その時は村の人はどうなるかわからない。
教会でも王国と敵対するのは望ましくないから大丈夫、とラフルは言った。
皆殺しなんてない、と。
うん。きっとそうなんだと思う。
クラリスは狂信じみた雰囲気があったけど、独断で実行できるわけがない。
じゃあ、村の一部ならどうだ?
呪印かもしれない零印の家族は?
見せしめにされる?
それとも、僕を釣り出すためのエサにされる?
王国は教会と敵対してまで、辺境の開拓村の平民を庇ってくれるだろうか?
「……ま、そうならないための特訓だよー」
僕の考えがわかっているんだろう。
誘導されている。あるいは煽られているとはわかっていても、選択の余地はない。
必ず僕は家族を助けるんだ。
「僕はどうすればいい?」
「そうだねー。しょっぱなで一撃かましてー、俺がクラリスちゃんを押さえるからー、その間に全員救出してー、そのまま逃げるって感じかなー」
クラリスはラフルがどうにかする、と。
大丈夫だろか。
押されている様子だったのに。
「ま、なんとかするよー。正義の味方だからねー」
正義の味方にそんな特効はないと思うけど。
ともかく、やる事は決まった。
まずは特訓に集中しよう。
一抹の不安を感じながらも、僕はようやく柔らかくなったパンにかじりつくのだった。




