34 助ける。絶対に、助ける
やっとやっとの説明会①
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「あの子、捕まってたよー」
一人偵察から帰ってきたラフルは深々と溜息を吐いた。
合流地点からさらに一時間以上も大森林に入り、しかも崖の下の死角に建てられた掘っ立て小屋。
ラフルとメカクレちゃんの隠れ家というそこに置いていかれて半日。
やっと帰ってきたラフルは一人で、口にされた結果に唇を噛む。
「どうして……」
「多分ー、残ってクラリスちゃんを足止めしたんだろうなー。追ってこないの変だと思ったんだよー」
そして、クラリスに捕まった、と。
クラリスはメカクレちゃんの戦いっぷりから、彼女が聖印を持っていると気付いたようだった。
神託を受けて聖印の御子を探すのが彼女の目的なのだから、優先されるのは呪印?持ちの僕や、お尋ね者のラフルじゃなかったのだろう。
まさか、僕がラフルの肩の上で揺られている間にそんな事になっていたなんて。
「本当に計算違いだよー。教会の手先が来るの早すぎるしー、来たのが巡回神父だけじゃなくてクラリスちゃんだし、クラリスちゃんも強くなりすぎてるしー。何よりあの子が君のためにあんなに動くなんてさー。どういう心境の変化なんだろうねー。俺にも誰にも塩対応だった子がー、君だけに積極的になるんだからー」
計算違いだと嘆くラフルの迂闊さを思わず責めそうになってこらえる。
自分の無力さを八つ当たりしたって何にもならない。
メカクレちゃんは僕のために体を張ってくれたんだ。
「助ける。絶対に、助ける」
応えなくちゃ嘘だろう。
そして、本当にメカクレちゃんのために何かをしたいなら、これからどうするかを真剣に考えるべきだ。
少なくともこの世界に零印として生まれた僕はそうやってきた。
「ラフル。聞きたい事があるんだ」
「いいよー。状況も変わっちゃったしー、今度は条件なしで教えてあげるよー。っていうか、俺にも気安くなってくれて、いい感じだねー」
そうかもしれない。
いつの間にか呼び捨てで口調も砕けていた。
そんな事にも気づけないぐらい余裕がなくなっていたんだと指摘されたみたいで、僕は意識的にゆっくりと三つ深呼吸を繰り返して、思考をクリアにする。
焦るな。
聖印の御子を探しに来たとクラリスは言っていた。
なら、すぐにメカクレちゃんが害される可能性は低い。
僕は自分の非力さを知っている。
感情のまま走り出しても失敗する。
だから、無力な分だけ考えて、考えて、考え抜いて、どうにかするんだ。
そのためにも、まずは状況の整理から始めよう。
「ラフル、どうして僕を助けに来てくれたの?」
「んー。言ったじゃんー。あの子が君を気にしていたからだよー。あの後さー、ずっと村の方を気にしてばっかだったからー、様子を見に行ったらあれだもんなー。はー、もうちょっと時間があればまともな作戦もたてられたんだけどなー」
タイミングを考えると、計算違いというかアドリブの綱渡りだったんじゃないか。
そんな状況に巻き込んでしまったのは申し訳ない。
「あー、そんな顔しなくていいよー。巻き込まれたんじゃなくて、こっちが巻き込んだ部分もあるからさー」
今はラフルのその言葉に甘える。
落ち込んでいる場合じゃないんだから。
「ラフルは教会の人だったの?」
「黒歴史って奴だねー。ま、そんな感じー」
「お尋ね者って……」
「少年の想像通りかなー。色々とあって飛び出したんだけどー、禁忌って奴に触れちゃったもんだから特級手配犯にされちゃったんだー」
軽い口調だけど、内容はかなり重い。
ただ、それ以上は話すつもりはないのかラフルは僕に次の質問を促してくる。
「他に聞きたい事はー?」
「メカクレちゃんは聖印の御子、でいいんだよね?」
昨日の棘蔓熊の戦いの中で見せてもらった左胸の青い印。
数印とは違う紋様。
「はは。御子ってのは教会の言い方で気に入らないけどー、確かにあの子は聖印持ちだよー。第四聖印の裏、親愛の聖印を持っている」
「裏? 親愛?」
「そ。聖印ていうのは六つあるって言われていてねー。持ち主によって右側か左側にあるんだけど、右なら表で左なら裏ってねー」
第一聖印 太もも 表は『大地』・裏は『基礎』
第二聖印 へそ 表は『水氷』・裏は『罪過』
第三聖印 丹田 表は『火炎』・裏は『感覚』
第四聖印 胸 表は『風雷』・裏は『親愛』
第五聖印 喉 表は『虚空』・裏は『浄化』
第六聖印 額 表は『精神』・裏は『因果』
黒炭で壁に書いていくラフル。
なるほど。
確かにクラリスが僕の体で見ていた場所だし、メカクレちゃんの胸の印とも符合している。
「じゃあ、呪印は?」
これが本題。
僕は右手の零印を見下ろしながら尋ねる。
教会でも一部の人しか知らないように言っていたけど、元教会の関係者らしいラフルは知っていた。
零印が呪印だとして。
どういう力があるのか。
僕の魔力が多いという原因だとしたら。
メカクレちゃんを助けるための切り札になるかもしれない。
「それなー。あー、少年は歴史に詳しかったりするー?」
ここまでスラスラと答えていたラフルが質問に質問を返してくる。
はぐらかそうとしている、わけじゃないよな。
戸惑いながらも答える。
「さっぱり。村でそういうのに詳しい人もいなかったし」
「教会もないんだから、そうだよなー」
歴史どころか年号とか地理も全然知らない。
その日暮らしの開拓村の生活だと、必要ないから。
頭をガリガリと掻いたラフルは、柄じゃないんだとボヤキながらも壁に黒炭を向けた。
書かれたのは……年表?
「ちっと回り道だけどー、歴史の勉強だぞー。ま、思い切り端折るけどなー」
本当に大雑把な年表だ。
何せ書かれたのは二つだけ。
千年前――魔王。
五百年前――覇王。
「魔王は魔獣を従え、亜人たちをまとめて、大森林を生み出した」
シンプルな台詞のわりに情報が多すぎだ。
僕の混乱に気付いていながら、ラフルは黒炭を振るう。
どこか不機嫌そうな様子はらしくない。
「んで、覇王は魔王を倒そうと大森林に大群で挑んで、大きな戦争を起こしたって言われている」
……飲み込めないけど、とにかくどちらも歴史的な偉人。あるいは傑物だというのだけはわかった。
ラフルの言い方からすると良い意味で知られているわけではないようだが。
何せ、魔王と覇王。
かなり物騒な雰囲気がする。
「もしかして……」
そして、ここまで言われれば呪印との関連が想像できる。
「その二人が呪印を持っていた?」
「そ、魔王は左の背にー。覇王は右の背にー。それぞれ真紅の真円があったって伝承が教会の上層部には残っているんだー」
魔王と覇王の持っていた印。
呪われた印なんて呼ばれるのも納得してしまう。
小さくなった黒炭をパチンと砕いて、ラフルは続ける。
「んでー、どっちもすごい量の魔力を持っていたって言われてるんだよなー」
赤い真円の印。
そして、大量の魔力。
僕と一致するのは二つだけでも、偶然と言い張るにはその二つの要因が稀有すぎる。
違うのは印の場所が背中か、右手かというだけ。
ラフルは否定してくれたけど、クラリスがこれを呪印と判断したのも
「……じゃあ、僕のこれはやっぱり呪印なの?」
結論を聞くのが怖い。
声が震えてしまう。
それでも、これがメカクレちゃんを助ける力になるなら、知るのを怖がっていられない。
決意して尋ねる。
そんな僕の目をまっすぐに見返したラフルは一つ頷いた。
「さあー、俺もよくわからん」
……ぶん殴ってやろうか、こいつ。
そう思った僕はきっと悪くない。




