33 怪獣大決戦だな、これ……
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「ぐっ!」
不意打ちの蹴り。
棘蔓熊の巨体さえも吹っ飛ばした一撃が軽いわけがない。
ラフルが今にも魔法を放とうとしていたのもあって、クラリスの脇腹に爪先がめり込んで、そのまま吹き飛ばす。
地面をバウンドするクラリス。
驚きで動けない神父。
魔法を待機したままのラフル。
傍観するだけの村人たちの中、次に動いたのもメカクレちゃん。
着地を決めるなり、疾走。
とんでもない速度で地面を蹴り、木の幹を蹴り、枝の中を抜け、ピンボールみたいにクラリスへと追撃する。
吹っ飛ばされたクラリスがシスター服をはためかせながら態勢を整えようとするが、それと同時にメカクレちゃんは襲いかかった。
追撃はえぐい踵落とし。
死角の樹上からクラリスの頭を狙った一撃。
「伏兵とは卑怯ですわよ!」
しかし、それをクラリスは片手で払い、それどころか反撃に出る。
攻撃を失敗して宙に浮くメカクレちゃんを掴もうと手を伸ばした。
「そう」
メカクレちゃんは動じない。
まるでそこまで計算していたかのように、流れる動作で体を回し、もう片足で銅回し回転蹴りを浴びせる。
「――っ!」
結果、クラリスの片手と激突。
攻防は相殺で終わった。
けど、止まらない。
メカクレちゃんは俊敏に動き回りながら、ヒット&アウェイを繰り返してクラリスを翻弄する。
最初の一撃の様な渾身ではないようだけど、それでも両者が激突するたびに空気が震えるのだから威力が知れた。
華奢な少女と美女の組み合わせからは想像できない音が連続している。
そして、音が響くと地面が抉れて、巻き込まれた木々が倒れるのだから壮絶だ。
「怪獣大決戦だな、これ……」
状況は五分、か?
二人の攻防が速すぎてわからない。
動きは激しいものの、膠着状態になったように見える。
神父は二人の戦いに入り込めないようだけど、ラフルも水球を頭上に用意したまま動かない。
それぞれの表情は苦い。
……苦い?
ピンチから助けが入ったラフルも?
「あー、まずいな。こりゃ……」
そんなぼやきが聞こえた。
ラフルには自分たちが追い込まれているように見えている?
「……そろそろ、よろしいのじゃなくて?」
「そう、じゃない」
実際、その通りになった。
幾度かの激突の後、ひときわ大きな激突音が響いて、メカクレちゃんとクラリスの間合いが大きく開いた。
飛び込むのにも一息が必要な距離。
それは魔法が使える距離。
「氷鎖・縛域」
クラリスの一言でその周辺に氷の鎖が溢れた。
鎖はシャラシャラと音を立てながらメカクレちゃんを追っていく。
メカクレちゃんは木を使って立体的に動いてかわすけど、どんどんクラリスから引き離されてしまった。
「氷鎖・瞬」
「氷鎖・追」
「氷鎖・重」
こうなってはもう一方的だ。
魔法を使わないメカクレちゃんに対して、クラリスはどんどん魔法を放っていく。
もともとの鎖に加えて、速いもの、追尾するもの、その影から現れるものと多種多様の氷の鎖がメカクレちゃんを追い詰める。
素人目でも逃げ場がないのがわかってしまった。
どうして魔法を使わない?
昨日みたいに僕の魔力を使えなかったとしても、聖印とかいうのを持っているらしいメカクレちゃんなら魔法を使えるだろうに。
ハラハラしている間にメカクレちゃんの周囲が完全に鎖で埋まってしまった。
もうどこにも逃げ場はない。
それどころか、メカクレちゃんは肩で息をしている。
「勝負ありましたわね。その少ない魔力量でよく奮闘したといったところでしょう」
「……そう」
魔力量が、少ない?
僕は魔力が多いらしいせいで聖印持ちと誤解されたのに、本当に聖印持ちのメカクレちゃんは逆に魔力が少ない?
何がなんなんだ?
「その年で背信者にたぶらかされたのは憐れですわね。せめて、わたくしの手で断罪して差し上げるのが情けというものでしょうか」
クラリスは間合いを取ったまま右手をメカクレちゃんに向ける。
どうやっても一手で届かない距離。
「おい! その子は関係ないだろ! 僕に用があったんじゃないのか!」
叫ぶけど、クラリスは聞く耳を持たず、こちらを見もしない。
「そうですわね。呪印のあなたが最優先です。ですが、この年齢で、僅かな魔力であれほどの魔力制御をできる彼女も捨て置けませんわ。背信者の手先でなければ丁重に保護しましたのに、惜しいですわ。これ程の才能は……」
言葉が、唐突に止まった。
クラリスは目を見開いて、メカクレちゃんを凝視し、最後にラフルを振り返る。
「……聖印の御子?」
「ったく。勘がいいねー、クラリスちゃんは」
ラフルが動く。
動作はただ指を鳴らしただけ。
それに反応して、ずっと頭上に留めていた巨大な水球が盛大に弾けた。
ただし、水滴ではなくて霧となって、だ。
辺り一帯を濃厚な霧が覆いつくす。
「さあー、そろそろ勝負を決めようか!?」
霧の中、ラフルの声が響いた。
同時に地面を蹴る音も。
クラリスに突撃したのか、そう考えた直後。
僕は口をふさがれた。
叫ぶ事もできずに驚く僕が見たのは、にんまりと笑ったラフル。
彼は軽い仕草で僕を縛っていた氷の鎖を砕いた。
「逃げるよー。クラリスちゃんの戦力を完全に読み違えたわー。まさか唱歌が使えるなんてねー」
そもそも、あいつがいるのが計算違いなんだけどなとぼやきながらもラフルは僕を肩に担ぎ上げる。
そして、子供とはいえ人間一人を抱えているのにまるで危なげのない速さで逃走。
濃霧の中、森の奥へと向かっていく。
数分はそのまま走っただろうか。
追手の気配は、ない。
なされるがままになっていた僕は体を揺すった。
「んんんんー! んんんんんんー!」
「あー、追撃なしっぽいし、いいかー? でも、一応声は小さくなー。どしたー?」
囁くような声で言われてから手を口から放してくれた。
息苦しさから解放された事よりも気にかかるのはメカクレちゃん。
「メカクレちゃんは? 置いてきたわけじゃないよね?」
「もちろんー。逃げる時の合図も、合流する場所も決めていたからねー。今頃、別の道から逃げてるよー」
そう、なのか。
それなら良かった。
「じゃあ、僕の家族は……」
僕が呪印を持っていると決めつけていたクラリスは、その関係者も殺すような事を言っていた。
心配で仕方ない。
「ま、そっちも大丈夫だろー。さすがに巡回神父の方が止めるだろうしー、あの石頭にもー呪印じゃないかもしれないって可能性は植え付けといたしー。どっちにしろ、村人皆殺しなんてクラリスちゃんの独断じゃできないよー。教会の一存で開拓村を潰したらー、王国と大喧嘩さー」
そう、だよな。
皆殺しなんてありえない。
クラリスの迫力に押されて不安になっていたけど、ラフルの言葉で安心できた。
「良かった……」
わからない事だらけだし、これからどうすればいいさえわからないけど、僕の事だけなら僕が頑張ればいいから大丈夫だ。
後は、メカクレちゃんと合流してから考えよう。
僕はラフルの肩の上で大きく息を吐くのだった。
しかし、合流地点にメカクレちゃんが現われる事はなかった。
「あー、計算違いばっかりだー」




