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ゼロのアクタ  作者: いくさや
第一章 零印
32/154

31 ……本当に口だけじゃなかったんだ

 31


 ラフル。

 自称、探検家で、正義の味方だという青年。

 誘いを断ったから、もうメカクレちゃんと一緒に遠くに行ってしまったとばかり思っていたのに……どうして?


「ラフル? ラフル・メディタ?」


 クラリスが呆然とラフルの名前を呼ぶ。

 さっきのラフルの気安い呼びかけから察するに二人は知り合いなのだろう。

 ただ、僕の想像が正しければ……。


 ぎりっと歯の軋む音が頭上から聞こえた。

 首を回せば憤怒の形相のクラリス。


「背信者ラフル! 貴様、よくもわたくしの前に姿を現せましたわ!」


 怒号。

 その勢いで掴んだ僕の腕を砕きかねない激情だ。

 ともすれば、教皇の力を疑った時でさえ、ここまでの怒りは見せなかった。


「ははは。昔は杯の騎士隊で轡を並べてー、切磋琢磨した仲間じゃないー。そんなに嫌わないでくれよー」

「それを裏切った男が何を言いますの! そもそもわたくしはあなたを仲間だなどと認めてなんていませんわ!」


 あ、これは一方的にクラリスがラフルを嫌っているやつだ。

 しかも、照れ隠しとかツンデレとかじゃなくて、ガチで嫌悪しているやつ。

 今にも腕が握り潰されそうな気配がして、気が気じゃない。


「いつだってあなたは飄々とわたくしの前に行く! 学院の成績も! 副隊長の座も! 聖都のお役目も! なのに! あなたは! 全部裏切った!」


 何をすればこんなに恨まれるのか。

 あんなに余裕のあったクラリスが今はラフルしか見ていない。


 それでも僕の拘束は微塵も緩まないのは残念だ。

 巡回神父も二人のやり取りを見ているけど、風の魔法は維持したまま。


「ラフル、どうして?」

「はは。正義の味方だからさー。当然、助けに来たに決まってるだろー? ま、ちょっとー、色々と計算違いだったからー、その罪滅ぼしもあるけどねー」


 僕を助けに来てくれた?

 ついていかないと決めた僕を?

 でも、この状況だとそうとしか考えられない。

 僕を勧誘したがっていたから恩を売りに来たとも思えるけど……。


 いや、それよりも気になるのはメカクレちゃん。

 彼女はどこに?


 僕と目が合うと、器用にウィンクをしながら首を僅かに振る仕草。

 似合わない気障なポーズに違和感を覚える。


 ……メカクレちゃんの事は黙っていろって事か?


 口を出さないでほしいというジェスチャー。

 どの道、現状は彼に頼る他にないのだ。

 指示通り、まだおとなしく捕まっておこう。

 まあ、抵抗できないだけなんだけど。


「えー、俺はクラリスちゃんの事、気に入っていたのになー」

「わたくしは今も昔もあなたが大嫌いですわ!」

「うーん。相変わらず頭は固いままみたいだねー。だからー、赤い丸ってだけで呪印って決めつけちゃうんだよー?」


 呪印。

 赤い真円――零印をクラリスはそう呼んだ。


「あなたも呪印を知っていますのね」

「君より先に聖都に上がったからねー。色々と知っているんだよー」


 聖都。

 教会の総本山、だよな。

 ラフルはそんな場所にいたのか。

 ふざけた雰囲気から全く想像できない。


「魔王の左の背に。覇王の右の背に。それぞれ特別な印を持っていたってねー。その二人の魔力は常人を遥かに凌駕した、だっけー」


 教会の秘事を遠慮なく口にするラフル。

 クラリスは口を挟まない。

 否定する内容じゃないという事か。


「背中と右手じゃ別じゃないかー」

「だから、これは呪印ではないと? だとしても、零印などと未知の印に、この夥しい量の魔力。この少年が異常なのは間違いありませんわ」

「はは。それはまあ、俺も否定できないわー。この魔力量、引くよなー」


 引くな。

 ラフルは軽口を叩いて、すぐに肩をすくめた。


「ま、教会の伝承なんて信じる価値もないからー、どうでもいいんだわー」


 教会批判の言葉にクラリスの声から温度が消える。

 凍えるような目でラフルを見据えた。


「だから、呪印について話した、と? 易々と口にしてはならない事も知っていますでしょう?」

「ペラペラしゃべっていたのはクラリスちゃんじゃないかー。感情が昂ると口を滑らす癖、直した方がいいよー?」


 グッと唇を噛むクラリス。

 どうやら自覚はあるらしい。

 僕としては情報を落としてもらえたから助かったけどね。

 言葉に詰まったクラリスにラフルは畳みかける。


「ま、どうせー。聞いた人間は処罰するつもりなんだろー? 呪印を庇ったからってねー」


 傍観者になっていた村人に動揺が走る。

 それをクラリスと巡回神父は否定しなかった。

 こいつら……本気なんだ。


「いい加減、不快ですわ。裏切者の分際で気安く話しかけないで下さい。神父様、背信者ラフルに聖罰を下しましょう!」


 クラリスが膠着していた場に変化を入れる。

 どうやら僕の抹殺よりもラフルの捕縛が優先されたようだ。

 お尋ね者という以上に、好き放題しゃべらせないために見えた。


 呼ばれた巡回神父は風の魔法を解除して、その手をラフルに向けた。

 解放されたベルたちは……一人もまともに動けない。

 怪我はしているように見えないけど、どこかを痛めたのかも。


「背信者ラフル・メディタ。大人しく縛につきなさい。そうすれば、慈悲深い主は大罪人にも安らかな死を与えて下さるでしょう」


 うわあ。

 投降しても殺すという宣言。

 クラリスが際立っていたけど、この巡回神父もかなりのものだった。

 もしかして、教会の人は皆こんな感じだとしたら嫌だな。

 それとも、ラフルがそれだけ教会にとって許されない事をした?


「はっ、神? そんな偽物の許しなんざ、こっちから願い下げだ」


 心の底からの侮蔑が籠った言葉で吐き捨てる。

 いつもヘラヘラと笑っていたラフルが僅かに見せた笑みは、まるで獣のように獰猛な攻撃の気配が宿っていた。


「貴様っ!」


 激昂する巡回神父。

 右手を突き出すと同時に叫ぶ。


「風弾・炸!」


 放たれたのは不可視の空気の弾。

 昨日のメカクレちゃんの使った魔法に近いんだと思う。

 ただ、威力は段違いに低いし、範囲も小さい。


 ラフルはあっさりと避けて見せた。

 その背にしていた木の幹が派手に弾け飛ぶのを見もせずに、ポケットに手を突っ込んだまま。


「こらこらー。人と話している途中に攻撃とかー、危ないだろー?」

「黙りなさい! 風弾・連!」


 今度は連続して放たれる空気弾。

 威力はさらに落ちたようだけど、見えない攻撃は手数が増やされる方が対処は難しいんじゃないか?


「はいはいー。水壁」


 ラフルの対応は魔法。

 その正面にいきなり水の壁が立ち上り、襲い掛かってきた空気弾を飲み込む。


「……本当に口だけじゃなかったんだ」

「ほらー。君だけだと相手にならないよー? 二節で三節が止められたんだから、それぐらいわかるでしょー?」


 挑発するようなラフルに巡回神父は反論しない。

 実力差があるのは本当なのか。

 それにしても、さっきからラフルは露骨に二人を煽っているな。

 彼の人となりを知る程の付き合いじゃないけど、違和感を覚える。


「ヘタな挑発までしてわたくしを動かしたいようですが……いいでしょう。その誘い乗ってあげますわ」


 僕よりもラフルを知っているだろうクラリスが動く。

 無表情のままラフルへと歩き出した。


 ようやく解放されるかと期待したけど、さすがに放置はしてくれないらしい。

 さっきベルを捕まえていた氷の鎖がするすると地面から伸びて、僕の手足を縛り付けてしまった。

 数印【Ⅸ】のベルが抵抗できなかった鎖だ。

 僕がどんなに力を入れてもびくりともしない。


「そうこないとねー」

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[一言] ラフルさんには対抗手段が?
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