29 そんなにですか?
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「ないのかよ!」
大事な事じゃないけど、もう一回言わせてもらった。
あの流れで呪印? とやらじゃないとは思わないぞ、普通。
教会を警戒していたのが馬鹿らしくなる。
いや、異端扱いされたいわけじゃないからいいんだけどさあ。
「……なんなんだよ。服まで破かれるし」
ボロボロのシャツはちょっと再起不能。
もう雑巾代わりにしかならないな。
さすがの暴走シスターも申し訳ない気持ちになったのか、おろおろと僕の上でし始める。
「あの、その、すみませんでしたわ?」
「ああもう! 謝るならまずはベルを自由にしてあげてください。それと、僕の上からどいてもらえませんか?」
シスターはうんうんと何度も頷くと、パンっと手を打ち合わせる。
それだけでベルを捕まえていた氷の鎖があっさりと消えてしまった。
ベルは自由になった手足をさすっているけど、怪我をしたりはない様子で安心した。
「本当にすみませんでしたわ。わたくしったら神託をお任せいただいて、その、興奮してしまって……はしたないところをお見せしてしまいましたわ」
いや、そう言うなら上からどいてよ。
腕の拘束は解かれたものの、シスターは僕の上に座ったままどこうとしない。
腰のあたりに感じる柔らかい大臀筋の感触は幸せになれそうなものだけど、こんだけ散々な目に遭わされてしまった今ではただのお肉だ。
「アクタにい?」
あまりそちらに意識を向けると、ベルからの信頼関係が悪化してしまうので考えない。
疑惑の目を向けてくるベルから目を反らして、うつ伏せのまま、首だけシスターに向けて問いかける。
今ならもう少し理性的に話ができそうだ。
「それで、なんでしたっけ? 教皇様の神託で? この辺りに聖印? っていうのを持っている人がいて? それが僕だって思ったんですよね?」
「ええ。あなたほどの尋常ではない……いえ、夥しい……いえいえ、非常識な量の魔力を持つ方がそうに違いないと思ったのですけど」
違った、と。
一連のシスターの言動から見て、聖印というのは六つあって、太もも、へそ、腹、胸、喉、額にあるってところだろうか。
「それで、呪印っていうのは?」
「うう。それは秘中の秘なのでお話できませんの。お二人とも、どうか『お願い』ですから忘れてくださらないかしら?」
うわ。
お願いの体をしているけど、目の色がさっきと同じだ。
これで頷かなかったら、口封じされかねない雰囲気。
ベルが余計な事を言う前に、僕は代表して了解する。
「わかりました。聞きません。ともかく、僕はそれじゃないって事でいいんですよね?」
そこだけは確認しないわけにはいかない。
「ええ。確認しましたもの。あなたは神敵ではありませんわ」
あぶねえ。
神敵とか絶対生きていけない奴じゃん。
僕は右手の零印を気持ち体の下に移動させておいた。
「となると、あなたの魔力量は一体? 普通の数印でここまで増えるなんて……」
「シスター! シスタークラリス!」
危うい話題に向かいそうになったところで、新たな声が聞こえてきた。
見ると村の方角。
開拓地をヨロヨロと、でも結構な速度で走ってくる男性の姿が見えた。
見た事ない顔だけど、服装で何者かはいっぱつでわかる。
「あれって、巡回神父様?」
「あらあ? どうしたのでしょうか?」
巡回神父の男性はそのまま走ってやってくる。
後ろには村長やジュニア、それに主だった村の人がついてきていて、ヌイや叔父さん叔母さんの姿も見えた。
察するに、このシスターは巡回神父が数印の確認をしていたところで急に飛び出してきたのだろう。
そして、何があったのかと遅まきながら追いかけて、今になって追いついた、と。
もうちょっと早く来てほしかったよ。
集団は到着するなり、顔色を変えた。
赤かったり、青かったり、百面相って感じ。
その中で、一番顔色をあれこれと変えていた巡回神父が最初に口を開く。
僕たちの方に向けられた指先はブルブルと震えていた。
「きゅ、急に走り出したらと思いましたら、な、なにをされているのですか、シスタークラリス!?」
驚きとか、恐怖とか、怒りとかがないまぜになった複雑な様子の巡回神父。
何をそこまで感情が揺さぶられるのか、いまいちわからない。
それはシスター――クラリスというらしい――も同じなのか、小さく首を傾げて不思議そうにしている。
「何、と申されましても……わたくしは神託に従っているだけですわ」
「これが、神託です、か?」
とても信じられないという巡回神父。
村の人たちも全くの同意といった感じ。
なるほど。
今の状況を前知識なしで見たらどう思われるか。
半裸に剥かれたショタと、それに馬乗りで拘束する暴走シスター。おまけに義妹は拘束されて二人のやり取りを見せつけられているという構図。
本当にナニしようししているのか。
うわ。聖職者じゃなくても許せない光景だ。
前世なら余裕で通報&逮捕されている。
果たして、ヌイたちからどう思われているのか、考えたくない。
「ええ。わたくしの聖務を果たそうとしていましたの。恥ずかしながら勇み足でしたが」
恥じ入るどころか、ちょっと誇らしそうなクラリス。
この人の感性はちょっと理解できそうにないや。
それは巡回神父も同じなのか、頭痛をこらえる仕草で頭を抱えてしまっていた。
「ともあれ、彼が聖印の御子でないのなら解放してあげては?」
えらい。よく言った。
僕は内心で何度も頷いておく。
全くの正論のはずなのに、クラリスは僕の背中を手で押さえたまま考え込むだけで、一向にどいてくれない。
なんなんだ、この人は。
僕を座椅子か何かと勘違いしてないか?
「神父様。この子の魔力をどう思われますか?」
「魔力? この村で一番の魔力は彼で次はそこの子でしょう? 他には……」
巡回神父はヌイとベルを見やって、それから改めてというように僕に目を向けて、大きく目を見開いた。
「は、はあ!? な、なんですか!? こんな魔力――ありえない! うっ! うえっ! うっぷ――」
そのまま吐きそうになるのを必死にこらえてうずくまってしまった。
顔面蒼白で、全身をガタガタと震わせている。
演技とかじゃない。
「ですわよねえ。普通はそうなりますわよねえ」
理解できないのは僕たち村人ばかり。
クラリスの話だと、数印【Ⅹ】以上で儀式を受けないと体外の魔力を感じられないというのだから、村の人は全員わからないのは無理もない。
ただ、さっきからこのやり取りを聞いていたベルだけが目を輝かせている。
「アクタにい、魔力があるんだ」
小さな呟きが聞こえたのはどれだけいたか。
ただ、とても嬉しそうな声は幸せが溢れそうなぐらいだ。
どれだけ僕を心配していたかわかってしまって、照れるような、申し訳ないような気持になってしまう。
「うげっ! うぐぅ……」
「神父様。魔力感知を切った方がよろしくてよ?」
「あ……ああ。はあ、はあ、はあ……」
どうやらショックが強すぎて、ずっと魔力感知というのを使ったままだったらしい。
クラリスの言葉でそれに気づいたのか、やっと吐き気が治まった様子だけど、まだ肩で息をしている。
それにしても巡回神父の反応はかなり酷い。
今までメカクレちゃんやラフルにも多い多いと言われていたけど、こんなリアクションはされなかったのに。
「そんなにですか?」
「そんなにですわ。他と比較するのが愚かしくなる程ですもの」
「そんなわけあるか!」
どこか呑気にも聞こえる僕とクラリスの会話に割って入ったのは、ジュニア。
真っ赤な顔でずいぶんと興奮している。
一体、何が彼の心を刺激したのか。
「そいつが! そいつは零印だぞ! 魔力なんてない! あるわけないだろ! そいつの右手を見ろ!」
いきなり僕の秘密を暴露するのだった。




