28 ないのかよ!!
28
教皇の神託。
また、大層な名前が出てきた。
ここ最近のあれこれで情報過多だって言うのに、ひとつ片付くたびに新しい情報が押しつけられて溺れそうだ。
「昨夜、教皇猊下はお知らせくださいましたわ。最も大森林に近い、辺境村近辺に新たな聖印の持ち主が現われたと」
昨夜?
本当に最近の事じゃないか。
「偶さか近くにわたくしがおりましたのも、主がわたくしの献身をご覧くださっていたからですわ。わたくし、嬉しくて夜を徹して参りましたのよ? 供をして下さっていた巡回神父の方も最初は無茶だなどと意地悪をおっしゃっていましけど、しっかりお話したらわかってくれて、ここまで黙ってついて来てくれましたわ」
それは本当に偶然だったと思うけどな。
あとこの人に連れまわされただろう巡回神父には同情しかない。
この暴れっぷりを見るに、本当に言葉通り徹夜で村まで走ってきたようだから。
さっきの豪脚ぶり。かなり高い数印を持っていてもついていくのはきつかっただろう。
「ともあれ」
現実逃避気味に考えがそれている間に、シスターは視線を僕に再び落としてきた。
「まずは聖印の確認ですわ!」
シスターが襲いかかってくる。
両手をワキワキさせて。
目の色が怖い!
「やめてやめてやめてどいて脱がすな脱がさないでいやあああああああああああ!!」
「アクタにいぃ!」
「うふふふふふ。なんだか不思議と楽しくなってきましたわ。これは……わたくしの信仰心が増している!? 主よ!」
絶対違うからな!
無自覚のショタ趣味なだけだ!
神様に性癖の目覚めを感謝してんじゃねえよ!
唯一の自由な両手で服を押さえるけど、すぐに掴まれて頭上に持ち上げられる。
シスターは器用に片手で僕の両手首を地面に押さえつけて、空いた右手をなぶるように、ゆっくりと、じっくりと下の方に。
こうなってくると、この態勢が非常にまずい。
どう見ても組み伏せられているようにしか見えません。ありがとうございます!?
「あの! たぶん勘違いです! 僕、聖印なんて持ってませんから! きっとその教皇様? の勘違いですって!」
「いいえ。ありえません」
氷のような声。
「教皇猊下は全ての聖印の在処を神託で知る方。間違いはありません」
ただただ、強い信頼。
理屈なんて関係ない。
物が上から下に落ちるような、そんな常識を語る姿に唾を飲む。
緊張は一瞬。
朗らかな声に戻って、シスターは動き出す。
「さあ、まずは一番下から」
右手が向かったのは僕の太もも。
両足の内側の辺りが探られる。
「第一聖印ではなし、ですわね。次ですわ」
呟くシスター。
残念そうにしていたのも一瞬。
すぐに上着がゆっくりとまくられていく。
「第二聖印なし。第三聖印、なし。第四聖印も、なしですわ……。もう焦らすなんていじわるですわ」
へそ。おなか。胸
続けて服が持ち上げられて、シスターの呟きだけが森に消えていく。
反抗しようにもシスターの力はあまりに強くて、まるで地面と同化してしまったみたいだ。
ベルも今は赤らめた顔で僕らを見守っているばかり。
きっと氷の鎖が固いんだろう。そうに違いない。
まあ、いい。
かなり恥ずかしいけど、自由に見ればいいさ。
どうせ僕に聖印なんて特別はない。
というか、あったら気づいているだろう。
それが背中側にあるんだとしてもだ。
水浴びした時なんかだって、昔のベルは僕に引っ付いていたんだから見つけているはずだし、それを黙っている性格でもない。
それにしても教皇の神託とか、誤報にしても迷惑な……。
「……あ」
為す術がなくて、自由な思考だけが動いていたからだろうか。
唐突に。
いくつかの単語が一本の線で繋がる。
聖印。
青く、美しい印。
位置。
胸。
そして、昨夜というタイミングに、辺境村近辺という場所。
もしかして、メカクレちゃん?
彼女の左胸には青い数印ではない印があった。
あれが聖印だとしたら?
昨日の棘蔓熊に使った魔法。
あの大破壊のせいで、教皇に気付かれたとしたら?
ラフル曰く、大森林の中なら気づかれないって話だけど、あんなに森がぶっ壊れてしまったらどうなるんだ?
「第五聖印もありませんわ? 第六聖印……」
シスターの指は喉を過ぎて、おでこに落ちる。
もちろん、そんなところに聖印なんてない。
「ない?」
先程の冷たい声。
急激に寒気がした。
「あの、だから――」
「お黙りなさい」
静かな、でも、一切の温度を感じさせない声。
本能が舌をマヒさせる。
一言でも、うめき声ひとつでも漏らせばどうなるか、本気で想像できない。
「おい! いい加減、アクタにいから離れ――」
ずどんっ!!
この空気を直接浴びていないせいか、文句を口に仕掛けたベル。
その言葉も途中で止められた。
僕の顔。
その真横。
頬を掠めるギリギリの場所。
そこに拳がめり込んでいた。
大森林の固い地面に、右の拳が手首まで見えなくなる程に。
衝撃で意識が飛びそうになった。
危ういところで耐えていると、ガラス玉みたいな瞳と目が合う。
獲物を追い詰める猛禽の目。
気付く。
この態勢、マウントポジション。
組み敷かれた方は一方的に殴られる、非常に危険な態勢だと。
「お黙りなさいな、お嬢さん?」
ベルも口をつぐむ。
おそらく、ベルが何かを言っても傷つけられることはない。
大事な数印【Ⅸ】なのだ。
だが、僕は別だ。
今のシスターは容赦なく僕の顔面を潰す。
言葉以上に雰囲気が雄弁に語っていた。
恐怖に縛られた僕らとは対称的に、シスターはまるで何事もなかったように独り言をつぶやき続ける。
「聖印がない? でも、この異常なまでの魔力は? まさか……。でも、それでしたら魔力無しなんて? どうしてそんな考えに? まあ、いいでしょう。どの道、確認する他はありませんもの」
声が途切れる。
同時、僕はグルンと体が回された。
何をされたかもわからない早業で、ポーズはそのままに前後が逆にされて、地面に押しつけられた顔面が土と草に臭いで包まれる。
「失礼しますわ」
びりっと乱された上着が破られる音と感触。
背中に空気が触れて、暑くもないのに冷や汗が浮かんだ。
「呪印持ちでしたら、その背に……」
呪印!?
明らかに不吉な単語に焦燥が増す。
心臓の音がうるさい。
背中をなぞるシスターの指先の感覚がただただ恐ろしい。
「………」
しばしの沈黙。
「ありませんわ」
「ないのかよ!!」
良かったはずなのに、思わず怒鳴ってしまった僕はきっと悪くない。




