27 ちょっと! ちょっと待て! 待って! なんで脱がす!? なんで!? 脱がす、なんで!?
27
これ、まずいよな。
巡回神父が来るってわかっているのに村から出ていたって知られるだけでリスクなのに、それが見つかったって。
「……逃げるか?」
幸い、ここ数日で大森林にはちょっと詳しくなった。
魔力はあっても使えない僕には危険地帯だけど、教会に零印を知られるのとどっちが危険かとなると微妙だ。
検討の余地はあるなどと悩んでいる間に状況は動いた。
「見つけましたわー!」
絶叫シスターが走ってくる。
速いなあっ!
やたらと様になったフォームで、爆速で迫ってくるシスターはシュールだけど、その速度は半端じゃない。
黒の修道服と白のウィンプルをが残像のように見えるぐらい。
跳ね上がった土煙の勢いがやばい。
あっという間に開拓地を踏破してしまう。
「アクタにい! オレが止める! 逃げろ!」
勇敢に立ち塞がるベル。
後姿が頼もしいけど、妹分の背中に隠れるわけにいかない。
「ダメだ! ベルは――」
これから王都に行くんだから、同行者の不興を買うような真似はいけない。
なんて、考えたのも馬鹿らしくなる。
「【Ⅸ】のお嬢さん、邪魔はいけませんわ」
そんな一言が聞こえるよりも早く。
豪脚シスターは超速度のまま突っ込んでくると、滑らかな動きでベルをかわし、そのまま半立ちの僕にタックルを決めてきた。
恐ろしい。
何が恐ろしいかって?
足の速さ? うん。すごかった。
身のこなし? それもすさまじかった。
でも、何よりも恐ろしいと感じたのは、あれだけの速度で突っ込まれたというのに、僕は痛みどころかまともに衝撃すら感じていないという事実。
感じたのは女性らしい柔らかい感触だけ。
達人だからってありえない現象。
驚きで動けない僕たちをよそに、シスターはその碧眼をランランと輝かせて僕の顔を覗き込んでくる。
上気した吐息が怪しくて、背筋が震えそうだ。
「見つけましたわ、聖印の御子様」
何を言ってんの、この人。
聖印?
僕の零印がそうだと言うのか?
でも、この人は僕の右手に目を向けてもいないし、見たところで今は包帯でグルグル巻きにされている。
僕の戸惑いなんて見えていないようにシスターは勝手に僕の上着をまくり上げてって……本気で何をしてんだ、こいつ!?
「ちょっと! ちょっと待て! 待って! なんで脱がす!? なんで!? 脱がす、なんで!?」
「こらー! アクタにいに何してんだ! オレだってそんなのしたことないのに!」
「うふふうふうふふふふふ。いいわ。崇高なる聖印をこの目で見られるなんて、なんて名誉なのでしょう! さあ、お見せなさいな! 愛でさせてくださいな! 舐めさせてくださってもよくってよ? 青く、美しい、崇高なる聖印を!」
大混乱。
服を脱がそうとするシスターと、抵抗する僕と、後ろから羽交い絞めにするベル。
なんなんだ、これは!?
「ああ、もう! 邪魔でしてよ!」
「邪魔はお前だ! オレは――!?」
シスターはベルの腕を取るとグルンと投げ飛ばしてしまう。
手加減していただろうけど、数印【Ⅸ】のベルの腕力を物ともしていない。
叩きつけるような投げ方ではなかったのか、ベルは元気なままですぐに立ち上がろうとして、そこで金縛りにあったみたいに急停止。
ベルの手足が何かで地面に留められて……氷?
氷の鎖?
いつのまに!?
「大人しくしてください。あなたも数印に選ばれたのですから、お淑やかになさらないといけませんわ」
「お前にだけは言われたくねえ! アクタにいを脱がせてどうする気だ!」
「脱がす? あら、これは失礼を。わたくし、感動のあまりはしたない事を……」
覆いかぶさっていたシスターがどいてくれた。
といっても、膝で僕の太ももを押さえたままだから、見下ろされる姿勢は変わらない。
触れた足は柔らかい感触なのに、マッチョの筋肉に押さえつけられているような感じはベルでも体験しているけど、彼女はそれがもっと顕著だ。
「あの、どいてくれませんか?」
「いけませんわ。あなたの聖印を確認するのがわたくしのお役目ですので」
話ができるようでできていない。
シスターは彼女だけのルールに従っている感じだ。
こっちの常識や良識なんて気にも留めてないぞ。
見下ろす目の温度というか、湿度というか、とにかくそんなのがヤバさをひしひしと伝えてくる。
なら、そっちに合わせて情報を引き出すしかない。
「聖印ってなんです?」
「聖印は特別な印ですわ。神から与えられ給う選ばれた証」
なんとなく、そんなニュアンスなのはわかっていた。
もっと詳細が知りたいけど、そこまでしか話してくれないらしい。
「それが、僕に?」
「ええ。その稀有な魔力量。他に考えられませんわ?」
このシスター、僕の魔力がわかるのか?
僕だってわからないのに。
メカクレちゃん、ラフル、そしてこのシスター。
今まで誰も僕に魔力があるなんてわからなかったのに、どうして当たり前みたいに言い出すんだ?
「嘘だ! アクタにいに魔力がある!? そんなわけねえだろ! ねえから! ねえから、アクタにいはあんなに! 苦労して! 死にかけて! でも、頑張ってたんだぞ!」
「妙な事をおっしゃる方ですわね?」
本当によくわからないのか、シスターは首を傾げてからああと納得の声を上げた。
「こちらの村にはシンボル持ちがいらっしゃらなかったのでしたっけ。であれば、彼の力に気付けないのも仕方ありませんわ」
シンボル?
僕らの反応に無理解を感じたのか、シスターは優し気な微笑みを浮かべて、右手の甲を見せてきた。
そこには数印【Ⅺ】の赤い文字と、それを囲むような杯のマーク。
「シンボル自体をご存じではありませんわね? そこのお嬢さんもお聞きなさい。シンボルとは数印【Ⅹ】以上の者が、王都の大聖堂でのみ授けられる奇跡ですわ。巡回神父様に集められた者たちは、まずその儀式を受けますの」
そうなんだ。
なんとなく、【Ⅹ】以上の数印を持つ人は王都に行くとしか思っていなかったけど、そんな手順があるんだな。
「さて、肝心なのはシンボルの効能ですわ。簡単に説明しますと、体内でしか扱えなかった魔力を、体の外に働きかけられるようになりますわ」
不意にラフルの数印を思い出す。
意識が朦朧としていたけど、あいつの右手には数印【Ⅻ】の文字と杯のようなマークがあった気がする。
それがあれば、体の外に魔力を出せる?
いや、外に働きかけられると言っていた。
つまり、出すだけじゃなくて、受け取るとかもそうなんじゃないか? つまり、外の魔力を感じ取れる、と。
だから、そのシンボルを持った人なら僕の魔力を感じ取れるのか。
思わぬところで、僕の謎がひとつ解けてしまった。
状況が状況だから、感謝する気持ちにはなれないけど。
「僕に魔力があるのはわかりました。でも、だからって聖印? っていうのを持っているとは限らないんじゃ?」
「そうですわね。いえ、あなたほどの魔力量なら間違いないでしょうけど……あの、どのようになさいましたらこれだけの魔力量になるのかしら? 控えめに申し上げても尋常ではありませんわよ?」
やばいシスターが我に返る程らしい。
それは僕が聞きたいよ。
答えは得られないとわかったのか、シスターは気を取り直して話を戻す。
「ともあれ、この度は間違いありませんわ。なにせ、教皇猊下より神託を頂いておりますもの」




