22 わぷっ! あふ! あばばばば!
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巨大な乱気流の玉。
目の前で台風が暴れている。
そんなふうに言えば、少しは伝わるだろうか?
目に見えるものじゃない上に、近すぎてわかりづらいけど、軽く僕たちの身長を超える直径なのは間違いない。
ヘタをすればヌイだって飲み込んでしまうんじゃないかという大きさ。
そんなのが僕とメカクレちゃんの手のひらの前で浮かんでいるから、下の方なんかはもう地面にくっついてしまっていて、草も土も石も抉れて巻き上げられている。
「わぷっ! あふ! あばばばば!」
一番近くにいる僕の被害が一番大きい。
今にも吹き飛ばされてしまいそうで、メカクレちゃんに支えられていなかったら地面を転げ回っていただろう。
なのに、メカクレちゃんは僕の反応に首を傾げるだけで、風は感じていないみたいだ。
だって、メカクレちゃんの前髪はピクリとも揺れてないし。ちくうしょう! レアな顔を見るチャンスだったのに! なんて考える辺り僕は混乱している。
「か・べ、やばひよっ!?」
「そう?」
これはあれか。
メカクレちゃんは自前の魔力で防御しているっぽい。
しかも、無意識で。
別に僕にいじわるしているわけでもないのだろう。
ない、よな?
服を破いた仕返しとかじゃないよな?
「ひゃんひょか、ひゃにゃい!?」
このままじゃ棘蔓熊をやっつける前に僕が飛ばされる。
台風の現場でリポートするアナウンサーだってここまで風圧は感じない。
果たして言葉が通じているのかもわからないけど、それは杞憂だったようだ。
「そう」
メカクレちゃんがグッと手に力を入れると、風の玉が段々と小さくなっていく。
僕としては風を内側に遮断してくれればと思っていたのだけど、威力を絞ってしまって大丈夫なのか不安だ。
頼んだ手前、文句は言えない。
風の玉はゆっくりとサイズを落としていき、子供の背丈ぐらいの直径になっていた。
風圧が弱まってようやく辺りを見る余裕が出てくる。
棘蔓熊は足を止めていた。
ほんの十歩もない距離で、いきなり出現した嵐を警戒している。
動物の本能が嵐を恐れているのかもしれない。
「このまま逃げてくれればいいけど……」
離れる様子はない。
風の玉が小さくなり出しているから、消えるかもと思っているのかな?
確かにもうバスケットボールぐらいまで小さくなっている。
「これ、あまり小さくしたらまずいと思うよ?」
「そう……」
メカクレちゃんが肯定とも否定とも取れない頷きを返してくる。
なんとなく、彼女の『そう』の違いが判り始めてきたんだけど、今のはちょっと困っている感じだった。
棘蔓熊から目を離すのは怖いけど、そっと横目で見れば口元が歪んでいる。
「どうかしたの?」
「魔力、うまく、操れない」
「うえ!?」
てっきり風の玉が小さくなったのはメカクレちゃんが操作したんだと思っていたけど、これって勝手になったの!?
このまま消えちゃったりしないよね!?
というか、制御不能になったりしてるわけ!?
この状況。
風の玉が消えたら棘蔓熊に殺される。
風の玉が暴発したら皆まとめて死ぬ。
ヤバさがどんどん増していくなあ。
「どうにかなりそう?」
「そう、だといい」
希望的観測かあ。
託した以上を文句は言うまい。
ただ、解決策を一緒に考えよう。
「これ、あいつにぶつけられそう?」
「たぶん」
自信はなさそうだけど、メカクレちゃんも頑張ってくれるようだ。
なら、このまま霧散してしまったり、完全に制御不能になったりする前に仕掛けるのが正解だ。
ほら、棘蔓熊も再び前かがみになって突撃姿勢になっている。
バレーボールぐらいまで縮んで、今もみるみる小さくなっていて、脅威は薄れたと判断したのだろう。
果たしてこんなに小さくなってしまって、どれだけの威力になるのか不安はあるけど、そこはもう考えない。
どうせ頼れるのは、この野球のボールサイズになった風の玉だけだ。
「よし。僕が合図したら撃って」
今にも飛び掛かってきそうな棘蔓熊。
あの巨体。
動き始めれば一秒で僕たちに届く。
だから、狙うのは初動。
動き出した瞬間なら避けられない。
「そう」
「今のよしは合図じゃな――!?」
メカクレちゃん、いきなりぶっぱしたよ!
僕の『よし』が合図と思ったらしい。
ピンポン玉サイズの風の玉が剛速球のように飛んでいく。
「え?」
小さい。
小さすぎる。
あんなに小さかったら避けられ――避けられた。
ただでさえ警戒した野生の動物に目の前から普通に撃っても当たるわけがないんだ。あんな小さな球なんてなおさらだ。
風の玉の下を潜り抜けて、一気に加速しようと足に力を入れるのが見えた。
同時に僕はメカクレちゃんの腰を抱き上げて、後ろへと跳び下がる。
せめて、僕が盾になる覚悟を決めた。
「伏せろ!」
誰かの声がして、突然の強い力で引き倒された。
目の端でメカクレちゃんが必死に体を地面に投げ出したのが見えた。
腰を掴んだままの僕はそれに引きずられたらしい。
結果、命拾いをした。
僕らがもつれるように倒れるのと同時。
灼熱の風が炸裂した。
棘蔓熊の上にあった風の玉が弾けたんだ。
最初に吹き抜けたのは音。
大きく、重い、破裂音が空気を破いて、鼓膜を震わせる。
次に風と熱。
熱風が周囲を焦がしながら広がって、僕らの頭上を吹き抜けていった。
伏せていなかったらと想像するとゾッと背筋が冷たくなる。
「なに、が――」
どれだけ時間が過ぎたのかわからない。
ようやく音と風の嵐が抜けて、まだ熱を帯びた空気が漂う中でなんとか顔を上げた先を見て、言葉を失った。
最初に目に映ったのは巨大な窪み。
もうこれはクレーターと呼んでもいいのかもしれない。
巨人がスプーンで抉ったみたいに地面が低くなってしまっている。
抉れて、焦げて、炭化した地面。
おそらくここが爆心地。
うん。爆心地と呼ぶのが正しい。
そこから延長線上。
真っすぐに、剛風の通り過ぎた跡が続いていた。
草木も、地面も、魔獣――棘蔓熊さえも、進路上にあった何もかもが例外なく灼熱の風で薙ぎ払われて、焦がされたのか。
ところどころ、わずかに残った草木も熱した空気に焼かれてしまい、まるで地獄のような光景だった。
その果ては見えない。
上空から見たら、大森林に一本の道ができたように見えるんじゃないだろうか。
棘蔓熊は絶命している。
間違いない。
さっきみたいに死んだふりをしているなんて思いもしなかった。
何せ、クレーターの真ん中には『何も』残っていない。
あれでは寄生した植物だってひとたまりもない。
風の玉が直撃したわけでもなく、ただ近くで余波を受けただけでこれとはとんでもなかった。
「なんだ、これ……」
想像を絶する威力。
あんな小さな球のどこに秘められていたのか。
あれが本当に僕の魔力で生み出されたと思うと、緊張で口の中が乾いてしまってうまく声が出ない。
「ロケットランチャーだってこうはならないだろ」
「そう……」
メカクレちゃんも動揺を隠せないようだ。
絶対に意味は通じてないのに上の空で頷いている。
あんまりに驚いているせいで骨折の痛みも忘れているのか、呆然とした顔をしていた。
「うわっちゃあー。こりゃあ派手にやったなー。森、なくなっちまうかと思ったわー」
そんな中、場違いにのんびりとした声が聞こえてきた。
ひょろりと細い長身の男。
「ラフル、さん?」
「やあー、少年。元気にしてるー?」
棘蔓熊に吹っ飛ばされて地面に突き刺さっていた男がにへらと締まりなく笑い、まるで何事もなかったように僕らに手を振っていた。




