21 いいよ。魔力、使って
21
「わかった」
即答した。
僕は役立たずの零印で、今はまともに動けもしない足手まとい。
でも、諦めない。
それだけが僕のとりえなんだから。
「そう」
メカクレちゃんは苦しそうに、でもいつも通りに呟く。
ほんのちょっと嬉しそうに見えたのは僕の願望かなあ。
「それで、どうすればいい?」
幸い棘蔓熊もノーダメージではなかったようだ。
メカクレちゃんの猛攻を受けたせいか、なかなか近づいてこない。
寄生した植物が本体でも、実際に動くのは熊の体なんだから、その体が壊れたら動きが悪くなるのは当然か。
おかげで作戦会議をする時間ぐらいはありそうだ。
とはいえ、僕にできる事なんて囮――というか生贄ぐらいなのが申し訳ないな。
僕が食われている間に逃げろ、みたいな。
ラフルを倒した後、まだ動ける僕を優先したあたり囮にもならないかもしれないけど。
「そうじゃない」
そんな覚悟を決めていたら、メカクレちゃんは首を振る。
おっと、声に出ていたみたいだ。
思いの他、強い口調で見つめられてドキッとしてしまう。
メカクレちゃんはただギュッと手を握ってくる。
小さくて細い指だけど、びっくりするぐらい力が強い。
そして、ずいっと身を乗り出すように近づけてくる。
転げ回ったせいでさっきよりボロボロになった布が巻かれた胸元が、ほとんど鼻先の位置にやってきて目のやり場に困った。
「ちょ、何を……」
「これ、見て……」
左の胸元にうっすらと青白く光るなにか。
そういえば、数日前の夜も光っていたような気がする。
衝撃的な出来事と光景ですっかり頭から抜け落ちていた。
青い点と線で描かれた文様。
色は違っても、それ自体は数印と同じ要素なんだけど、描かれた場所と文様が問題だ。
どう見てもそれは数字ではない。
つまり……。
「僕と、同じ?」
「そう」
僕の零印の【〇】というシンプルなマークとは違ってもっと複雑な形だけど、数字ではないマークというのは同じだった。
そうか。
いたんだ。
僕以外にも、数印を持たない人が。
いたんだ。
声が出ない。
十年間の孤独が埋められる感覚。
平気だと、仕方ないと、それなりにうまくやろうと自分で自分を誤魔化し続けていた年月が思い出される。
その気持ちがなんという名前なのかもわからない。
ただ、思わず涙がこぼれそうになって、グッと唇を噛んだ。
「そっか」
「そう」
今は、ガマン。
言いたい事、聞きたい事、全部を飲み込んで、僕からメカクレちゃんの手をしっかりと握りしめた。
「僕はどうすればいいの?」
「魔力、ちょうだい」
メカクレちゃんの言葉はとてもシンプルだ。
けど、困る。
魔力って言われても、僕にはその感覚がまるでないのだ。
あげられるものならいくらでも献上してもいいんだけど、どうすればいいのかさっぱりわからなくてはどうしようもない。
あの日の魔力だって、何かの間違いだったんじゃないかと疑ってしまう。
「僕にも、魔力、あるんだよね?」
「そう」
メカクレちゃんはトンと僕の胸におでこを当てた。
まるで心臓の鼓動を聞く様にしながら続ける。
「すごい魔力。いっぱい。いっぱい。いっぱい。いっぱい。いっぱい……とっても、たくさんのいっぱい」
具体的な量がちっともわからない。
いや、とても大量だって言いたいのだけは伝わったけど。
零印の事とか、メカクレちゃんの印とか、僕の許容量こそもういっぱいいっぱいなんだけど、ここは優先順位を決めていこう。
まずは棘蔓熊。
いつの間にか四つ足で起き上がっているじゃないか。
こいつをどうにかしないとダメだ。
本当に僕に大量の魔力があるならいい。
メカクレちゃんを信じよう。
「どうすればいい?」
「魔法を使うから、魔力をちょうだい」
うーんと、メカクレちゃんは魔法を使いたいけど、さっきの攻撃で魔力切れになっているからできない。
そこで僕の有り余っているらしい魔力を使おう、って感じ?
そう、の一言よりかは翻訳が楽だ。
「いいよ。魔力、使って」
「そう」
メカクレちゃんがじっと繋いだ手を見つめて、すぐにこっちを見上げてくる。
「ちょうだい?」
「いや、どうやって?」
「………」
メカクレちゃんもわからないのかい!
いや、僕の魔力なんだから僕がどうにかしないといけないのかもだけどさあ!
自分の魔力も感じ取れないのに、魔力を譲渡するとか無理ゲーが過ぎるでしょ!
というか、メカクレちゃんは前にも僕の魔力を操ったじゃん!
あの時と同じようにやればいいでしょ!?
メカクレちゃんは首を傾げていたけど、再び手を強く握ってくる。
「わたしに、まかせて」
「いや、最初からお願いするつもりだよ? 任せっぱなしなのは心苦しいけど……」
「そうじゃない」
メカクレちゃんは言葉を探すみたいにうつむいてしまう。
そうしている間にも棘蔓熊はこっちに近づいて来ている。
重い足音がゆっくりと、でも止まらずに迫ってくる恐ろしさに冷や汗が止まらない。
そんな状況でもメカクレちゃんは言葉を見つけ出したみたいで、見上げてきた。
「信じて」
そう来たか。
出会ってから数日で、コミュニケーション不足な僕たちなのに、信じてと。
「オーケー。信じるよ」
「おーけー?」
「そこは気にしないでいいから! ほら、僕は君を信じたって事!」
「そう」
メカクレちゃんが言うなら信じる。
接した時間? コミュニケーションの量? そんなのどうだっていい。
メカクレちゃんは再び僕の胸におでこを当てる。
びくりと一回だけ肩を振るわせて、でも顔を上げないまま右手を握りしめ続けた。
すると、右手に赤い光が集まりだす。
あの日と同じ感覚。
相変わらず魔力が使われる手応えはないけど、どんどん光は強くなっていく。
それはすぐにあの夜も超えてしまい、もう直視するのも難しい程に、僕の鼓動に比例して、脈打つみたいに光量が増大していく。
いや、いくらなんでも光り過ぎじゃない!?
これだけ光ったら村からも見えるんじゃないのかな!?
「まぶしっ!」
「そう」
メカクレちゃんはこんな時でもクールだ。
まぶしさを微塵も感じさせないまま誘導するように右手を棘蔓熊の方に向ける。
僕たちに脅威を感じたのか。
棘蔓熊が走りだす。
まだぎこちない動作でもあれだけの巨体。
ここに着くまで十秒もかからない。
「来るよ!」
「そう」
落ち着いてるなあ、メカクレちゃん!
頼もしい、って言いたいところなんだけど、なんだか表情に余裕がないように見える。
「もしかして、魔法失敗? 間に合わない?」
「そうじゃない」
そうじゃないのか。
じゃあ、何に焦っているんだろう。
「魔法、強すぎる」
え?
「でも、やる」
え?
思い切りいいなあ!
時間的にやり直すのは無理なのはわかるけど、本当にいいんだろうか?
そんなふうに迷ったのも一瞬。
僕はメカクレちゃんを信じたんだから、後は何が起きたらフォローするだけだ。
「わかった! やって!」
「そう」
メカクレちゃんが頷くと、目の前に強烈な光が生まれた。
夜の闇に飲まれかけていた森の中が赤光に照らされる。
光の正体。
それは――。
「『空弾』」
巨大な乱気流の玉だった。




