20 化け物め……
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棘蔓熊の頭が後ろに跳ねた。
なんとなくヘッドショット、なんて単語が連想される。
それぐらいのインパクトのある一撃。
「ヴゴ!?」
普通の生き物なら首の骨が折れたんじゃないかって思うような勢いと角度。
あの華奢な体のどこにそんなパワーが秘められているのかわからないけど、えげつない威力の蹴りだった。
後ろ足立ちになった棘蔓熊の巨体がヨロヨロと下がる。
でも、まだだ。
「やれてない!」
棘蔓熊の足がしっかりと地面を掴むのが見えた。
あれは反撃の準備。
全身を使った爪の一撃を見舞おうと、浮き上がった体を叩きつけるように前進。
「そう」
フラグは折ってやるとばかりの僕の忠告を聞くまでもなく、奇襲を仕掛けたメカクレちゃんは次の行動に出ていた。
着地の衝撃を利用して、まるでピンボールみたいに前に飛び出すと、ドロップキックをお見舞いする。
「ヴボッ!」
しかも狙いは喉。
突き刺さる、というのはこういう事なんだろう。
強烈なカウンターを受けた棘蔓熊は真後ろに倒れていき、重たい音を立てた。
そして、起き上がらない。
ピクリとも動かない。
手足どころか、胸や腹も動かない。
「すごい……」
僕と同じぐらいの体格のメカクレちゃん。
それが巨大な魔獣を圧倒した。
大の字になった棘蔓熊を見下ろす後ろ姿が頼もしい。
エルフっぽい種族はこんなに強いなんて知らなかった。
いや、エルフがステゴロ強者っていうのは違和感しかないけど。
ボロボロのローブの残骸らしき布をチューブトップみたいに巻いた姿も、荒々しくて頼もしく見える。
いや、そんな服にしてしまった僕が言う事じゃないか。
「あ、ありがとう。助かったよ」
驚いている間に声ぐらいは出せるようになっていた。
まだ棘蔓熊を見下ろしているメカクレちゃんにお礼を言うけど、返事はなかった。
無口なのはもう知っているから、あまり気にしないでいいかな。
「そいつに向こうの方で襲われてさ。だいぶ走ったから遠くなっちゃったけど、襲われた人がもう一人いるんだ」
返事なし。
「ラフルって人なんだけど、まだ助かるかもしれないから見に行きたいんだけど」
ちょっとだけエルフ耳が動いたけど、返事はなし。
「僕はまだ動けないから代わりに行ってもらえないかな? いや、助けてもらってお願いするのは申し訳ないけど、本当にまだ動けないんだ」
話せるようになったんだから、もう少し休めば立てるかもだけど。
ラフルのあの様子は一刻を争う。
「そう」
やっと反応してくれた。
一言とも言えない言葉が嬉しくなってしまう。
「動けない?」
おっとメカクレちゃんから声を掛けてくれるのはレアだ。
驚きながらも起き上がろうとしてみる。
けど、腕に力を入れようとしても震えてうまくいかない。
「ダメみたい」
「そう」
メカクレちゃんの表情は見えないけど、というか見えても無表情だろうけど、その声に残念そうな雰囲気があった。
僕が今、動けないのが不満?
どうして?
そこまで思考して急激な悪寒が走る。
脳裏に浮かぶ単語。
棘蔓熊。
災害級の魔獣。
植物に寄生された熊。
なら、その本体は熊の方じゃなくて……。
「やばい! そいつは――」
警告は遅すぎて、意味がなかった。
瞬間。
視界の端を触手が走った。
同時に乾いた破裂音と、唐突な衝撃。
「――っ!!」
何かが僕にぶつかってきた。
考えるよりも先にそれを抱きしめる。
動かない腕に引っかかっただけでも、飛んでいってしまいそうなそれにしがみついて、腕の中に収める。
けど、僕の体重じゃ軽すぎた。
勢いを殺しきれないで、ゴロゴロと地面を転がされる。
ようやく勢いがなくなったのは十メートル以上も転がったあと。
目がまわるよりも、体中が痛い。
木の根や石にぶつかって、力尽きていた体がもっとボロボロだ。
でも、おかげで腕の中のメカクレちゃんを守れた。
「だい、じょうぶ?」
痛みをこらえて声を掛ける。
短いエルフ耳がピクと動いた。
よかった。
生きている。
でも、返事がないのはきっと無口だからじゃない。
見下ろすメカクレちゃんの左腕が紫色に腫れあがっている。
これは骨が折れたのか。
いつもの無表情が苦痛に歪んでいた。
「ヴゥググググ……」
声を上げたのは棘蔓熊。
いや、声じゃなくて音なのか。
ゆっくりと体を起こしていくのが見える。
その動きは遅いけど、それはメカクレちゃんの攻撃で受けたダメージのせいではないのだろう。
あいつの本体は寄生植物。
体が痛みを訴えても、強制的に体を動かせるんだ。
そして、本能を超えた擬態――死んだふりだって。
メカクレちゃんを強敵と認めたあいつは、死んだふりをして、触手を使った奇襲を仕掛けてきたんだ。
幸いメカクレちゃんは擬態に気づいていた。
だから、奇襲は成立しなかった。
「化け物め……」
ただ、あまりに触手が速すぎて、強すぎた。
状況から推測するにおそらく左腕で防御したんだろうけど、その腕は折られた上に弾き飛ばされてしまった。
偶然でも僕がクッションになっていなかったら命はなかったかもしれない。
ただ、どちらにしろ絶体絶命だった。
あの棘蔓熊からは逃げられない。
倒すにはメカクレちゃんを上回る攻撃がいる。
それこそ熊の強靭な体を引き裂き、破壊するような威力が。
あるいは熊の内側に隠れた植物の根に当たる部分を攻撃するか。
「打つ手がない」
「そう、じゃない」
メカクレちゃんが細い声でささやく。
痛みに脂汗を流しながらも、長い前髪の奥に隠れた目は強い。
「手、ある」
残された右手で、僕の右手を握りしめる。
何もない。
空っぽの。
僕の零印が刻まれた右手を。
メカクレちゃんの手が熱い。
命が燃える熱量。
生きようとする力。
「力、貸して」
蘇るのはあの日の夜の光景。
夜の空を照らした赤い光。
僕を見つめてくる。
前髪のせいで表情がわかりづらい上に無表情なんだけど、今は不安そうに、怯えているように――いや、泣きそうな顔に見えた。
できそこないと言われて、泣きそうだった女の子。
「お願い」
「うん。わかった」
もう僕はこの子の味方になると決めているのだから。




