17 森の、くまさん
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「おーい。少年。どしたー? ぽんぽ痛いのかー?」
やばい。
恥ずかしすぎて死ぬ。
何が絶対強者だよ。
おっさんじゃん。
大山鳴動して、出てきたのおっさんじゃん!
こうしてここに僕の新たな黒歴史が生まれたわけだ。
今すぐ膝を抱えてうずくまりたい。
いや、ダメだ。
魔獣じゃなかったけど、相手は知らないおっさんだ。
夕暮れの深い森の中でショタっ子に声を掛けてくる見知らぬおっさん。
世が世なら通報も検討される取り合わせ。
おっさん、僕がショタで助かったな。ロリだったら一発アウトだ……って、アウトなのは僕の方じゃ?
そうだ。
このおっさんは村の人じゃないし、外の人が来ているという話もない。
つまり、メカクレちゃんに続いて二人目の不審者だった。
そんな人を前に羞恥に震えているわけにはいかない。
平静を装うんだ。
メッチャ悲鳴を上げたような気もするけど、それはお互い様だからきっとセーフ。
「あの――」
「なあー。顔真っ赤だしー、膝が生まれたての小鹿みたいだぞー? どっか痛いなら我慢しちゃダメだぞー」
羞恥、どっかいけ……。
「あの!」
「んあ? おー、どしたー? 話できっかー?」
見下ろしてくるおっさん。
目線を合わせようとしない辺りに子供に慣れていない雰囲気を感じる。
僕をどうにかしてやろうという悪意は感じられないけど、僕の直感だからなあ。
さっきも盛大に外して恥かいたばかりだし、自信がないや。
改めて観察する。
背は高い。
村で一番背の高いヌイと同じぐらいだけど、手足がそろりと長いから大男というイメージじゃない。
ぼさぼさの金髪はくすんでいて、まだ葉っぱがついたまま。
切れ長の目も眠たそうで、こっちを見ているのかどうかもわかりづらい。
ポケットに両手を突っ込んで、ヘラヘラと笑っているのは僕の警戒を解こうとしているんだろうか?
「おじさん、誰ですか?」
「んあー? おじさんー? ……おじさん!? 俺か!? 俺、おじさんかあ……」
おじさん呼びにショックを受けている。
言われてみれば雰囲気でそう思ったけど、顔立ちは若いようにも見える。
でも、お兄さんって感じじゃないんだよなあ。
「あー、お兄さんはラフルっていう、二十七歳のお兄さんなんダゼ!」
なんだかすごい若いアピールしてきた。
二十七歳ならなる程、確かにおじさん扱いは心にクるものがありそうだ。
ただ、アピールがメチャクチャ似合わなくて、ひたすら痛々しい。
思わず目を反らしそうになったけど、それじゃあ話が進まないからガマンして続けよう。
「僕はアクタ。すぐ近くの村の子です。ラフルさんは何をしていたんですか?」
近所の村の子だとアピール。
こいつが人さらいだった時、村の人が僕を探しに来るかもしれないって牽制になる、といいなあ。
そんな僕の内心を気にしたふうもなく、おっさん――ラフルはふんふんと頷いている。
「やっぱあの村の子かー。あ、俺は森の探検家、みたいなものかなー」
若者アピールがあっという間に終わった。
集中力がないのか、それとも自分でも無理があると思ったのか。
どちらにしろ今の方が話しやすいから指摘しないでおこう。
「探検家?」
前世でもなかなか聞かない職業だけど、こっちでも同じだ。
冒険者なら知っているけど、その中でも未開地を専門にしている人だろうか?
でも、それにしたって装備が合わない。
ラフルは森の中だというのに半袖とダボッとしたパンツ姿で、あろうことか上着は腰に巻いてしまっている。
冒険者どころか森歩きの素人でもなかなかしない格好だ。
武器も防具もなし。
街歩きのままやってきました、みたいな。
絶賛迷子中の僕でも長袖に長ズボン、頑丈な靴ぐらいは履いているのに、それ以上に無防備すぎる。
いくらこの世界の人が数印の恩恵を受けているといっても限度があるんだ。
実際、今まで村にやってきた冒険者はそれらしい装備だった。
怪しい……。
僕の目から不審を感じたのか、ラフルはフッとニヒルに笑ってみせた。
わざとらしく斜め四十五度を向いて、かっこつけたポーズを取る。
「ふふ。俺がただの探検家じゃないってわかっちまうかー。やるなー、少年」
いや、わからない人の方がいないだろ。
不審感がまるだしじゃないか。
「ここだけの秘密だぞー。実は俺……正義の味方なんだ」
正義の味方、ねえ。
より多数を助けるために少数を殺す人かな?
子供だったら喜びそうな言葉だけど、あいにくと体は子供で心は大人(?)のエセ転生者だから、全然響いてこない。
とりあえず、三歩ほど距離を取っておいた。
心情的にも、物理的にも。
「あれー? 子供って好きじゃないのー? 正義の味方……」
首を傾げて、がっかりしてる。
この人の子供向けの鉄板ネタだったのだろうか。
「それで、結局ここで何をしてるんですか?」
「何ってー、探検だよー。森を調べてー、人が住める場所を探してるんだよー」
正義の味方はどこ行った。
まあ、大森林の開拓は人の生活圏を広げるわけで、そのための行動が正義って言えば正義なのかもしれないけど。
そういうなら、うちの村の人全員が正義の味方だな。
「あー、そうじゃない。そうじゃなかったー」
いきなりラフルが何か思い出したと言い出すと、辺りを見回すようにしてから、困り顔にで笑う。
「アクタ少年がどうしてここにいるのかも興味あるけどさー。今はそれ聞くより先にここから離れた方がいいんだけど、どうしよっかー?」
言われて思い出す。
ここは大型の獣か魔獣の縄張りだったんだ。
出てきたのがラフルだったから助かったけど、今度こそ遭遇しかねない。
すぐにでも歩き出そうとして気づく。
ラフルも周りを見ているはずなのに慌てている様子がない。
この自称正義の味方の探検家は怖くないのか?
「ラフルさんは?」
「あ、呼び捨てでもいいけどー」
「いえ、ラフルさんで。で、ラフルさんはここにいて平気なんですか?」
「はは、距離縮まらないなあ。あー、へいきへいきー。 俺、こう見えてもかなりやる方だからねー。ちょっとやそっとの事じゃ平気だし、危ないのが出てもどうにかできるんだよー」
うーん。
信じて、いいのかな?
はっきり言って全然強くなさそうだ。
それとも弱そうに見えて実は……ってことなのか?
「けどさー、先に縄張りに入ったのは俺らだろー? それで出くわしちまったからって退治ってのはちょっとねー」
真っ当な事を言っているはずなのに言い訳っぽく聞こえるのはラフルの雰囲気のせいなんだろうなあ。
結局、ラフルの実力は不明だ。
まあ、こうして話している間に悪い奴じゃなさそうな気がしてきた。
じゃあ、今は避難を優先しよう。
「村がどっちか、わかります?」
「おう。って、やっぱり迷子……っつうか遭難? 怖かったろー。もう安心していいぞー。ちゃんと村まで帰してやっから」
やばい。
普通に喜んじゃう。
まだラフルを信じ切れてないのに、僕も単純だなあ。
「じゃあ、どっちに……」
がさがさがさ
村の方角を聞こうとした時、聞き覚えのある音がした。
ちょうど、ラフルが出てきた茂みの方角。
僕とラフルは揃ってそちらを見て、同時にピシッと硬直する事になった。
長身のラフルがすっぽりと隠れてしまう茂みのさらなる高みから、僕たちを見下ろす双眸と目が合ってしまったから。
「あ、ああ……」
黒い毛皮。
丸い耳。
犬と似た顔。
「ヴボオオオオオオオオオォォォ!!!」
「森の、くまさん」
この日、森の中、僕はクマさんに出会った。
運命に出会った、とかになりませんかねえ……。




