湖の中の遺跡
「ーーで、この部分は穴で、ここは折れ曲がってる。そんな感じで、お願い」
錬金術の使える人が沢山居る大きな店で、イクスは注文をしまくっていた。
その数、100は軽く超えている。
店員は総出でイクスの大量の細かい注文に応えようと励んでいるが、何人かはブっ倒れている。
しかし、イクスの注文は終わる気配がない。
とは言え、彼とて鬼ではない。ちゃんと、欲しい部品を図面にしてから指示を出している。
しかも、長さ、高さ、奥行き、形、何から何までを図面として描いているのだ。
とても細かい。
「まだ終わらんのか?」
痺れを切らしたミーシャは苛立ち混じりに声を上げる。
彼女は店内の椅子に座って、終わるのを今か今かと待っているが、余りにも長い時間を待たされている所為で、指はトントンと、足はコツコツと、落ち着きない。
「後ちょっと」
「その言葉、先程も言っていたぞ」
「そっかな?まぁ、細かい事気にすんなや」
そう言ってから、またもや注文をするイクス。
その度に、店員の顔色が青白くなって行く。
「この球体の中に、この魔石を混ぜて欲しいねん。包むような感じで頼むわ」
そんな無茶振りのような注文に、店員は論を唱える事なく聞き受ける。
もう、反論する気力すら残っていないのだ。
注文される店員の頷き方は見るからに弱々しい。
それから、一時間程で、全てのパーツが仕上がった。
支払いは勿論、ミーシャだ。
渡す側はウンザリと、受け取る側は疲れ果てて青白いを通り越して白い顔をしている。
それを横目に、イクスは喜びに満ち溢れた笑みを浮かべて、錬金術師達に造らせたパーツを組み立てている。
店員とミーシャとのお金のやりとりが終わった後でも、イクスはカチャカチャと部品を組み立て、少しづつ形を作って行く。
まず、始めに出来たのは脚だ。
中身のゴチャゴチャした物を全て金属の板のような物で覆った脚。
脚の付け根から爪先まで。関節部分なども細かく造られており、試しに動かしてみると、ちゃんと動く。
少し可動領域は広いが、それはイクスの思惑なのだろう。
イクスの物作りを店員やミーシャは呆然と眺める。
自分達が造った物を組み立てて、新たな物が出来上がる瞬間は、とても心に響く物があるのだろう。
先程まで白かった顔色も、赤みを帯び始め、彼等の瞳には生気が宿り始めている。いや、宿っている。
若干、興奮気味の人もいる。
次に、イクスが持っていない腕と、機能停止してしまった眼球の代わりが新たに組み立てられた。
腕は、色々なギミックが仕掛けてあるのか、若干、ゴテゴテしている。しかし、上から服を着れば分からない程度である。
それらを、脚に、腕に取り付けるイクス。
眼球も入れ替えたが、それは誰から見てもおかしな目玉となった。
なにせ、球体型に削られた魔石をそのまま使用しているからだ。
だが、イクスは気にしない。
自分で自分の顔が見えていないから、気にする事などない。
立ち上がって、脚を動かせば、問題なく動く。
物を取るために腕を動かせば、問題なく動く。
それらを確認したイクスは満足気に頷き、一言。
「出来たっ!」
とても嬉しげに店員とミーシャに向けて言った。
店員は、自分達が造った物の変身に感動で涙を零し、ミーシャは感嘆の溜息を吐く。
「貴様のその技術…素晴らしいものだな…」
「ありがと」
「ああ…」
イクスの腕と脚が完成するまでに要した時間を考慮しても、お釣りが来る程の感激を覚えさせられた。
小さな事の積み重ねで、大きな物や、便利な物が出来上がり、使われる。
そう言外に語るかのような光景であった。
ーーー
『イクス』。
そう彼奴は名乗った。
始めて会ったのは”ガラナ”であるが、実際に会話を交わしたのは”白亜城”だ。
そこで、始めて会ったと言っても過言ではないだろう。
しかし、分からん。
彼奴が何者かなど到底想像も付かんのだ。
人間だと語っておったが、全く信用できん。
魔法やスキルは無いと言っておるのに、”技”と言う妙な力を使い、変わった知識を持っておる。
確か、東方の獣人も”技”を使用すると聞いた事がある。だから、彼奴の”技”は獣人から学んだものだろう。
しかしだ。知識は誰から学んだのだ?
我ですら理解のできない、莫大な知識量。
想像も付かぬ事を安易にやってのけ、ましてや古代技術や奇妙な魔法陣までも知っておる。
訳がわからない。
彼奴の存在自体、訳がわからない。
半分は人間のように見える。だが、もう半分は古代技術で造られた身体だ。
先程だって、彼奴は自分で自分の身体を作っていた。
考えるだけ無駄だと思うが、気が付けば彼奴の事を考えてしまう。
彼奴はどこから来た?
何をしに魔国へ?
種族はなんだ?
何も分からない。
彼奴に問いた事ですら真実味がない。
ヘラヘラと笑いよる所為で、余計に分からなくなる。全てが嘘のように聞こえるのだ。
しかし、彼奴は…イクスには使い道がある。
どうやら、金も持っていないようだし、行く宛もないようだ。ならば、報酬をチラつかせておけば、彼奴は我に付いてくるだろう。
その間に、我は彼奴が何者か見極めて、利用するだけだ。
なに、時間はたっぷりとある。
丁度、我も行動を制限されていた所だ。なんら問題ない。
ーーー
二匹の大トカゲが引く帆馬車にイクスとミーシャは乗っている。
御者はイクスであり、半分部屋と化した荷台にはミーシャが居る。
トカゲが一歩進むごとに、地面一杯に敷き詰められた一面真っ白な雪景色に足跡と轍を残す。
「貴様、大トカゲの操縦もできるんだな」
進行方向であるイクスのいる方を眺めながらミーシャがそれとなく尋ね、御者席に移動し始める。
それを手助けしながら、イクスは言葉を返す。
「自慢じゃないけど、なんでも出来るで」
「なんでも…?それは、操縦ならば、と言う事か?」
「いや、そんままの意味で、なんでも、や。今は魔法使えんけど、操縦、作製、戦略、家事、戦闘とか、なんでもできる」
どこか自慢気に言い切ったイクス。
しかし、彼の言葉の中に含まれた一つにミーシャは疑問を覚えた。
「……”今は”とは、どう言う事だ?」
「そういや言ってなかったな。俺、神様に嫌われちゃってるみたいで、魔法とスキル奪われたんよ。せやから、”今は”ってことや」
「神に嫌われた…?一体、何をした?」
まるで、彼を信じてないかのように。しかし、どこか真実味を帯びた言い方にミーシャは訝しむ視線をイクスに向ける。
「邪神を復活させた…らしい。それと、禁断の魔法とやらを見つけて、使った」
邪神を復活させた。に関しては、彼の記憶にはない。なにせ、ネモが行った事だ。
しかし、ネモを造ったのはイクスであり、元凶はイクスである。
そして、禁断の魔法とやらは、迷宮で見つけた謎の魔法の書を試しに行使した結果だ。
「貴様、バカだろ…」
そうとは知らず、ミーシャは溜息混じりに言葉を吐いた。いや、知っていたとしても、同じ事を言っていただろう。
「否定はせぇーへん。けど、肯定はしたくないな」
「そうか…」
何とも言えない表情を浮かべながら、トカゲが引く馬車の行く先を見つめる。
そこは、何もない砂漠だ。
太陽が爛々と輝き、灼熱の熱帯に包まれる砂漠だ。しかし、彼等は暑がりもしない。
イクスなんて、分厚く真っ白な服を着たままだ。しかも、ミーシャに隠せと言われて、右側の大半を占める機械の身体は包帯や手袋をしており、見ているだけで暑苦しい。
ちなみに、ミーシャは薄着だ。
「にしても、不思議やなぁ」
「何がだ?」
「さっきのアレよ」
「あぁ、アレか。魔国とはそう言うものだ。気にしても仕方ないぞ」
「でも、気になるんよ。今度、調べてみる価値はあるかもせぇーへん」
「精々頑張るんだな」
投げやりな返答を返すミーシャ。
それも当然だろう。なにせ、彼等の言うアレとは、自然現象として納得されている事柄である。
しかし、イクスは不思議がる。
普通の人ならば、凍え死んでもおかしくないような雪景色から一変。唐突に真夏以上の暑さを誇る砂漠地帯が広がったのだ。
気象など丸っと無視した有り得ない光景に、イクスは最大の疑問を抱えていた。そして、いつか必ず、その謎を解き明かそうと決意した。
そんな感じで、砂漠を移動中。
片目しか見えていない筈のイクスが真っ先に何かを見つけた。
「…ん?どっかに水あるみたいやで」
『見つけた』と言うよりは『感じた』の方が近い。
彼の大五感は迷宮に居た頃に鍛え抜かれており、どんな動物よりも優れているのだ。
「オアシスか?こんな所にあったか?」
「取り敢えず向かうわ。水筒の中も誰かさんが飲み干して空やし」
「それはお前だろうが」
呆れるミーシャを他所に、イクスは大トカゲを操縦して、水の気配がする方向へと向かう。
そして、暫く移動していると、イクスの言う水を見つけた。
湖を見つけたのだ。
砂漠の中にポツンッと25mプールよりも一回り程大きな湖だ。
砂漠の丘から見つめるも、不自然な所以外は変な所は見当たらない。
ミーシャは魔物の罠かも知れないとも考えたが、ここは砂漠だ。水系の魔物が存在する筈もなく、
「罠……ではないな」
そう結論付けた。
「天然水や。アレは飲めるわ」
迷宮にてサバイバル技術を磨きに磨き抜いたイクスにとって、飲める水の判断は朝飯前だ。
ミーシャの返答を待たずして大トカゲを操縦して、湖まで向わせる。
湖のすぐそばに辿り着くと、イクスは大トカゲにも水分を補給させる為に綱を外して自由にさせる。
ミーシャは水筒に水を補給しに、ついでに自分の体にも補給しに向かう。
しかし、イクスを背に乗せた大トカゲがミーシャを追い抜いて真っ先に湖に顔を浸してガブガブと飲み始めた。
そんな大トカゲの背から、イクスはタバコを吸いながら湖の中を覗き込む。
青々とした湖は、奇妙な事に綺麗な円柱状であり、光の届く範囲まで透き通って見える。しかし、光が届かなくなると真っ暗になってしまい、そこから先は伺えない。
それでも、分かる事がある。
「遺跡やな。久々に見たわ」
円柱状の壁は鋼鉄で出来ており、そこには古代人が描いたと思われる文字がある。
文字の内容は擦れて読めないが、列記とした遺跡である。
「(砂で隠れてたんかな?にしても、綺麗な水やな…。どう言う原理や?)」
遺跡を目の前にして、他の事が気になるイクス。しかし、彼の呟きを聴いたミーシャの反応は違う。
「なにっ!?遺跡だと!?ここがそうなのかっ!?」
この反応こそが、この世界では当たり前である。
古代人の遺跡と言えば、彼女達にとって、時代を動かす代物が眠る宝箱のような存在であるのだ。ミーシャが大興奮するのも当たり前である。
だと言うのに、イクスは遺跡に興味を一切抱かない。
水の発生源と砂漠のど真ん中に隠れていた理由が気になっている。
「ここが遺跡なのは間違いないけど、どうなってんや?なんで水は砂で汚れたりせぇーへんのやろ?」
「そんな事はどうでもいいっ!大発見なんだぞ!?」
「そっか、ほな、この発見はミーシャって事で。水が汚れへん原理を調べてるから」
「なっ……」
大トカゲの背から飛び降りて、湖に砂をかけ始めるイクスを見て唖然としたミーシャ。
普通の人ならば有り得ない行動なのだ。
遺跡を見つけた。それだけで、国から一生遊んで暮らせる程の報奨金が出る。
しかも、遺跡から掘り出された”アーティファクト”の一部を手に入れる事も出来るのだ。
そんな破格の報酬なのにも関わらず、イクスは湖に砂をかけて興味深げに眺めている。
「き、貴様っ!遺跡だぞ!?国に報告すれば、多額の金が入るのだぞ!?欲しくないのかっ!?」
「金?金かぁ〜」
湖の砂が溶けるように消え去ったのを確認してから、空を見上げて言葉を続ける。
「ミーシャが必要なもん揃えてくれるから、それで良いよ。遺跡なんて腐る程見てきたし、アーティファクトも腐る程あるからな」
「……へ?」
イクスの言っている事が理解できず、可愛らしく、抜けた声が口から漏れだしたミーシャ。
「いや、今は持ってへんで。全部スキルの中に保管してたからな。けど、全部使い勝手が悪いし、改良しても俺じゃ使われへんもんばっかやったからなぁ〜」
何かを思い出すかのような遠い目をして語るイクス。
しかし、ふと、何か思い付いたかのように水面へと視線を移して、光すら届かない遺跡の奥深くを見つめた。
「もしかして、アレ、あるかな?」
そう言うと共に、彼は湖に飛び込んだ。
「………へ?」
完全な思考停止状態に陥ってしまったミーシャ。
彼女は、ただ、呆然とイクスが潜って行った湖を見つめる事しか出来なかった。
ちなみに、大トカゲ達は水を浴びるほど飲んで満足したのか、寝てしまっていた。




