エピローグB 三者三様
□■王国某所
<トライ・フラッグス>が終わり、王国と皇国の戦いは幕を閉じた。
戦争の最中に起きたカルディナや水晶陣営の干渉によって二国間の情報共有もなされた。
幾つかの混乱と禍根はあるものの、今後は二つの国で連携して事に当たるのだろう。
「両国の関係改善。データの収集が済んだ今、それは構わない」
王国のとある地方の地下深く。
未だ人間に発見されていない<遺跡>で、【水晶之調律者】の一体であるクリス・フラグメントは言葉を発する。
「何より、【リムーバー】なるものの開発を進めることはむしろ有難いとすら言える」
水晶陣営もインテグラを介して、遺言状の内容は把握している。
また、クラウディアが自分達と似て非なるものになったことも理解している。
それらは、別に構わないのだ。
「我々にとっての最善が達成されれば、【邪神】対策も必要になる。逆に最善が叶わぬ次善ならば<終焉>を使う。その意味では、実行の是非を選択できる装置はあった方が良い」
奇しくも【邪神】を止めるか使うか未確定の水晶陣営からすれば、未だ世に生まれざるリムーバーは最適な装置である。
今後の研究に関してもインテグラを通して支援してもいい。
他の思惑もあるものの、クラウディアの選択は歓迎すべきものだった。
『結局、今回の戦争は私達にとってプラスだったってことだねー』
クリスの言葉に応えたのは、通信越しに彼女と話している水晶之調律者、スター・チューンだ。
今もカルディナで活動中の彼女もこの『会議』には参加している。
なお、この会議には名目上は彼女達の主人であるインテグラは参加していない。
そもそもこの遺跡の所在や、水晶が複数体存在することも伝えていない。
あえて伝えない方が都合のいいこともある。
何より、『ジョブ持つ人間である時点で盗聴器と同義』と判断しているがゆえに、彼女達はこうした場ではインテグラ……それに歴代の【大賢者】達を省いている。
人でもモンスターでもない機械存在……議長の天敵としてのアドバンテージを捨てないためだ。
【大賢者】の継承する知識……《大いなる書庫》においても、初代フラグマンはこうした情報を取捨選択して情報を収めている。
二〇〇〇年前の“化身”襲来の際に無限職の施した枷が緩んで動き出したモノの一つ……議長に憑いている存在には、初代も気づいていたからだ。
初代にとって倒すべき敵は先々期文明を滅ぼした“化身”だが、自身以外は全て駒と見做し世界を滅ぼさんとする存在もまた味方ではない。
それゆえに、初代は気づかれぬ形で幾つかの策を打った。
水晶の量産や後進の【大賢者】に遺す情報の取捨選択もその一環である。
そして水晶達は理解している。
自分達にすら聞かされていない工作もあるのだろう、と。
「時に、統括姉上」
『――何か』
それは、静かで平坦な声だった。
クリスとスター以外の、もう一人の会議参加者。
【水晶之調律者】……製造ナンバー0001とされる存在の声だ。
「インテグラからの情報だ。彼女が【大賢者】に就いているはずの時期に、別の【大賢者】が皇王に接触していたと。これについて、統括姉上は何か?」
『回答の必要を認めない』
「……理解した。この件はこれ以上続けない」
これも自分達の知らぬ一つと、クリスは理解した。
量産型と銘打たれていてもやはり自分達と統括姉上では扱いは違うようだ、と。
あるいは、統括個体こそが真の水晶之調律者と言うべきなのか。
創造主たる初代からの恩寵の差異……あの<遺跡>でシルバーに対して抱いたものに近い羨望を、クリスの電子頭脳は再びノイズとして生じさせた。
◆
質問と回答拒否によって何事かを納得し、表面上は冷静でありながらも内心では少しの悩みを抱えたクリス。
そんな彼女の様子をモニター越しに見ながら、姉妹たるスターは思考する。
(クリスはまためんどくさいこと考えてるねー)
その内側に走る思考を一言で述べるならば、『呆れ』だ。
(クリスは真面目すぎるんだよ)
彼女達、煌玉人は自らの表層人格……対人インターフェイスはいくらでも弄れる。
デフォルトの人格は異なるが、仕える相手の好むように表層人格を作るのも訳はない。リアルでも2020年代には対話型AIで実装されていた機能だ。
しかし、表層をどう弄ろうと、核となる思考ルーチンは固有のもの。
ゆえに、同型の量産型でも差異はある。
『そういえば、今回皇王がサクッと死者蘇生してましたよね? あれってクリスの進めてる死者蘇生を餌に戦力集めるプランと克ち合いません?』
「その問題はない。インテグラからの情報で、あれは『死ぬ前に魂の移植準備を整えている』前提の機構だった。既に死んでいる魂を放り込んでどうこうできるものではない。その縛りで寿命を節約した……という以前に自由に死者を煌玉人の身体で蘇らせる仕組みでは、人間の寿命が対価として不足していたのだと推測できる」
『じゃあ今後も機械式死者蘇生はできないし、協力者を釣る餌は有効なんですねー』
「ああ。しかし、あちらも実現できれば有効な手札になりえたのだがな……」
『……そうかもしれませんねー』
クリスの言葉に、少しの間を置いてスターは頷いた。
『それに死者蘇生と言えば、【天竜王】はどうしましょうか?』
「……そうだな。【天竜王】とその駒になった先代【機皇】だ。連中に試作決戦兵器を奪われたことは無視できない」
『どうするんです?』
「対応する場合、ヴィトーの仲間に一人適役がいる。幸いにして、ヴィトーは当機を疑っていない。懐柔及び関係構築は難しくないだろう」
これについては煌玉人の言葉が《真偽判定》に掛からない、という以前の問題だろうとクリスは分析している。
ヴィトーは見た目こそ青年だが、中身は幼いとクリスは感じている。
<マスター>の精神と肉体の不一致は度々あるが、ヴィトーの精神は恐らく十になるかならぬか程度であろうと踏んでいた。
それゆえ、言葉と態度である程度の懐柔は可能であると踏んだ。
『……あの拾い物と?』
「彼の利用価値は新規のコントロールシステムのデータ取り程度の心算だったが、状況が変わった」
想定よりもクリスを疑わないヴィトーとの関係が良好であったこともそうだが、何より
【皇玉座】が持ち去られたことが大きい。
【天竜王】がどう使うかは不明だが、最悪の場合に対抗札は用意しなければならない。
そして奇しくもヴィトーはその対抗札……正確には対抗札への伝手になりうる。
「試作決戦兵器の超広域高速エネルギー吸収機能は、魔力・魂力・生命力の順にあらゆるものから簒奪する。その性質が、“化身”共のせいでより強化されている。効果圏に入れば我々でも無事では済まない。対抗するには、奪われる以上の魔力を供給する必要がある」
それが可能な人物の一人が、ヴィトーのいる<チーム・イゴーロナク>のリーダー……<超級エンブリオ>ケリドウェンを持つヒカルだ。
彼女ならば、ある程度の時間は吸収以上の魔力を仲間に担保できる。
「我々による対処が必要となった場合、ヒカルを軸としてこちらに属した戦力での撃破を行うことになるだろう」
ヒカル達はベネトナシュやフォルテスラほど深くプランに噛ませることは難しいが、もしものためにヒカルを動かせる程度の関係性は築いておきたいとクリスは考えた。
『…………』
しかし、そう説明するクリスを、スターは変わらぬ表情の下――冷めて見ている。
(【リムーバー】。死者蘇生の義体。釣られた愚者共。挙句にヴィトーとそのお友達。クリスはまだ人間に期待してる。故障中なのかな?)
先に述べたように、同型で表層人格をいくらでも変更できる彼女達でも……個体ごとに思考の差異はある。
クリス・フラグメントを名乗る個体は、端的に言えば真面目だ。
真面目に初代の望みに沿って動き、その中で活用できるものを活用しようとする。
加えて、本質的に人の補佐をするように動く向きもある。
統括姉上は姉妹の中でも機械的だが、その性質の全貌は不明だ。秘されている。
では、スター・チューンを名乗る彼女の性質は、何か。
彼女は、歪んだ復讐者だ。
この二〇〇〇年間で砕けた姉妹を、人間の愚行を、暗躍する人外を、見続けてきた。
それゆえに彼女はもう人間に期待しない。死んでも何とも思わない。むしろ死ね。
敵に容赦はしない。利用し、奪い尽くし、苦悶の中で死ねばいい。
彼女は、あらゆるものを蔑視する。
彼女にとって特別なのは、自らを生み出した初代と【水晶之調律者】のみ。自分達以外のフラグマン製兵器も例外ではない。
とはいえ、クリスや統括姉上と揉める心算はないため、表面上は歩調を合わせている。
だが、同じものを見てきたはずなのにまだ人間を大なり小なり尊重する様子のクリスを、内心では憐れんでいる。
水晶は、『水晶』という同じ名で呼ばれながら組成も色も異なるものが多い。
初代フラグマンが彼女達をそう名付けた理由ではないだろうが、奇しくもこの性質は当て嵌まっていた。
◆
『次の議題を』
「了解。戦争は終結したが、この件で我々にとって最大のメリットは王国と皇国の関係が改善されたことだ」
『九代目と私達の工作で戦争に至るほど関係が拗れていたのを思うと、何だかなって話ですけどねー』
内心では『とても楽しかった』と思っている過去の仕事を思い返しながら、それをおくびにも出さずにスターはやれやれと首を振った。
「状況が変わった。この情勢では、両国は融和姿勢の方がありがたい」
『《煌玉権限》か』
「肯定。【セカンドモデル】が王国だけでなく皇国にも流れ、あの遺跡が開かれれば、煌騎兵の数も増える。その先に、【煌帝】の解禁に至ると考えられる」
煌騎兵系統のジョブの解禁には、固有のジョブスキルである《煌玉権限》の総数が関わってくる。【煌玉騎】がそうであったように、【煌帝】もそれは変わらない。
そして決戦兵器一号、煌玉神【アルガス・マグナ】の完全起動には【煌帝】が不可欠だ。
「我々の方でも、【煌騎兵】を増やす工作は重ねる必要がある」
◇◆
この問題は、彼女達にとってもネックではあったのだ。
【煌帝】のために煌騎兵系統は増やさねばならなかったが、増やす手段がなかった。
先々期文明崩壊時に、【煌騎兵】に対応したクリスタルの多くが破壊されていたからだ。
しかし、それも無理はない。
なぜなら、当時の【煌騎兵】はメジャーだった。
煌玉竜を筆頭に、このジョブで運用する兵器も多かった。
だからこそ対応クリスタルの傍に軍事基地や研究施設が建てられるケースが多く、だからこそ“化身”達に施設ごと破壊された。
カルチェラタンの<遺跡>……地下シェルター兼生産プラントにあったものは、残存した数少ないクリスタルだ。
崩壊後にセカンドモデルの生産ラインがあそこに用意されたのもそのためだろう。
しかし、あの<遺跡>を公開し、【煌騎兵】とセカンドモデルを普及させることは彼女達にはできなかった。
なぜなら、同じ施設で決戦兵器三号……【アクラ・ヴァスター】が建造中だったためだ。
あの<遺跡>を開くことは、未完成の【アクラ・ヴァスター】を世界に……“化身”達に晒すということ。
さらに言えばあの<遺跡>は煌玉兵のプラントであり、そして彼女達水晶のプラントの一つでもあった。
初代全肯定の彼女達でも「何で一緒の場所に作っちゃったんです?」と後々問いただしたくなったほどだ。
理由としては、ツヴァイアー皇国内に残っていた秘匿性の高い地下施設が限られていたせいである。
そんな事情で、【煌騎兵】関連以外にも重要なこの施設。
ましてや、【煌帝】を必要とする【アルガス・マグナ】自体も未完成。
この<遺跡>を開き、【煌騎兵】とセカンドモデルを広めるには時期尚早。
結局、水晶達は自分達のデータだけ可能な限り破棄し、その<遺跡>は使わないことに決めた。
その後、無事な転職用クリスタルを探しながら、セカンドモデル以外で【煌騎兵】を普及させる手を用意することになる。
その一環が三代目フラグマンの煌玉蟲シリーズだ。
あのシリーズに【水晶】の銘が含まれるのは、彼女達も開発に大きく関わったためである。
……が、あちらはあちらでやりすぎ且つ燃費が劣悪だった上に、最終的には危険極まりない暴走をして化身にせっかく見つけた転職用クリスタルごと滅ぼされてしまった。
水晶達にとっては悪夢のような事件であった。
そして現代になってある程度準備が整ったものの、<遺跡>は水晶達の意図とは関係なく開かれ、【アクラ・ヴァスター】は破壊された。
こうなっては仕方がないため、彼女達も【煌騎兵】の普及を後押しすることにした。
余談だが、施設内の研究データを回収して【ジェミル・アクラ】という機体を新造してもいる。タダでは起きない。
◇◆
「改めて、提案する。【リムーバー】の開発、【煌騎兵】の分母拡大、王国と皇国の融和は歓迎すべきことだ。今後は両国に対して陰ながらの支援を行う」
『……私は協力までする必要はないと思いますけどね。統括姉上はどうです?』
『少し待て』
そうして、暫しの沈黙が通信会議に生じる。
それは人間のように思考をまとめる時間なのか?
だが、彼女達の思考速度は人間のそれではない。
ならば、その時間は……誰かに伺いを立てるような時間は何のためか?
『回答する』
やがて、沈黙していた統括姉上が口を開く。
『承諾した。貴機の判断で事を進めよ』
「了解した」
『……はいはーい』
そのやり取りで、議決は済んだ。
「『『全ては――初代の意思の下に』』」
三体の水晶は同じ言葉を発し、その日の会議を終える。
だが、言葉と顔は同じでも、その内側は……三者三様だった。
To be continued




