エピローグC 名前
□■アルター王国・<港湾都市キオーラ>
王国と皇国の戦争が終結した日の夜。
王国最西端たるキオーラの港で、一隻の船が出航の時を待っていた。
その船は【ソードフィッシュ】という銘の帆船であり、フィギュアヘッドの代わりに海竜でも捌けそうなほどの巨大な刃状の衝角を装着したデザインだった。
見た目は奇抜だが、乗員達による魔法を連動させて動く魔力式帆船の性能は最新の機械式巡洋艦にも見劣りしない。
むしろ、そうでなければ<Infinite Dendrogram>の海で航海などできない。
船員も船も、この大海に挑み生き抜いてきた精鋭だ。
「「「…………」」」
しかし、その精鋭達の視線は空と陸と時計を視ながら何か焦っている様子だ。
そう、彼らは一刻も早く出航したいと考えていたし、そのために人を待っている。
本来であれば日も跨ごうかという真夜中に出航するのはナンセンスだ。
夜間行動に類するジョブスキルもあるこの世界でも、そうそう行うことではない。
この世界の海は魔境なのだから。
それでも船と船員達は、乗るべき者達が来るのを待っていた。
「…………」
【ソードフィッシュ】の船長にして、海賊船団における団員の纏め役でもあるエドワルドも、時計と陸地に幾度も視線を送りながらソワソワとしている。
既に戦争が終わったことはキオーラにも届いており、街の方からは真夜中でも騒がしく思えるほど祝う空気が伝わってくる。
だからこそ、今夜のうちに出航したいとエドワルド達は考えていた。
なにせ、王国から人を一人連れ出そうというのだ。
終戦直後の混乱の中で、密やかに船を出した方がよい。
むしろ、この喧騒が落ち着いてしまえば、キオーラにも警戒網が敷かれかねない。
後で責を負う覚悟はできているが、目的を遂げる前に見咎められては困るのだ。
それゆえ、焦燥と共に待ち人の到着を待っていた。
「……! オジキ! ゼタさんです!」
そして日付が変わった頃、双眼鏡と《暗視》スキルで陸地を見張っていた船団員が待ち人……【盗賊王】ゼタの到着を告げた。
「着いたか! お嬢さんは!?」
「御一緒です!」
双眼鏡に見える視界の中で、ゼタは一人の少女……ミリアーヌを背負っている。
彼らの依頼によって、ゼタは戦時下の王都からミリアーヌを連れ出してきたのだ。
空気操作と併用した高速移動によって、ミリアーヌを背負いながら数時間で王都からキオーラまでの道を駆け抜けてきたのだ。
むしろ背負ったミリアーヌに配慮し、他者に視られることを警戒していたからこそ、この時間まで掛かったとも言える。
なお、そのミリアーヌはスヤスヤとミイラ女の背中で眠っていた。大物である。
ともあれ、【ソードフィッシュ】の面々は目的が果たせそうなことに安堵し……。
「けど、ゼタさんだけでなくて他にも……いや、何だあれ」
ゼタに続くように、他にも人影が近づいてきていることに気づいた。
「どうした?」
「……なんか、堅気じゃないのと不細工なのとお遊戯会みたいなのが着いてきてます」
「はぁ?」
◇◆
ゼタたちが到着して数分後には、【ソードフィッシュ】は洋上にあった。
風属性魔法と水属性魔法を併用した加速航法により、早々に王国の領海を離れんとしている状態だ。
しかし、甲板の上では船員達が作業に従事しながら……何とも言えない顔で乗客達を視ていた。
視線の先にいるのは先ほどキオーラから乗り込んできた四人と一匹。
加えて、それを出迎えたもう一人の客人。
「くー……くー……」
「熟睡。まるで起きる様子がありませんね」
『……普通、ちっちゃい子はこの時間寝てるんじゃないか?』
一人目は幼い少女、ミリアーヌ・グランドリア。
海賊船団の船員達がオヤジと慕うバルタザール船団長の孫娘。
今回の航海は、『お迎えが近い』と言われているバルタザールに、一目孫の顔を見せるためのものだと船員達もエドワルドから既に聞いている。
王国から連れ出すことに問題があるのは船員達にも分かってはいる。
だが、それでもエドワルド同様、オヤジに報いたいという気持ちでこの件に協力している。
オヤジの死に目に孫の顔を見せる。その後で自分達が責任を取る。
その覚悟で彼らは動いている。
しかしながら……『あの子が俺達の新しい親分か』という視線を向ける者も何人かいた。
二人目は露骨に怪しいミイラ女、ゼタ。
元海賊船団所属の<超級>で、現在は国際指名手配犯。
しかしながら、海賊船団時代に彼女に助けられた者も多く、今回の一件でも彼女がミリアーヌを王国から連れ出してくれた立役者でもある。
今回の対価に、彼女とその同行人を望むところまで送り届けるという約定を結んでいる。
三人目はその同行者……船でゼタ達を出迎えた謎の仮面錬金術師、ロト。
ゼタの舎弟として先に船に乗っていた客人。
部屋に籠もって錬金作業ばかりしていたが、たまに錬金術による金属部品の補修を頼むと良い腕前でこなしてくれていた。
なので船員達も『変わった人だけどまぁゼタさんの舎弟だし』と受け入れている。
彼の正体は元皇国の<超級>ローガン・ゴッドハルトだが、海賊船団の面々は知らない。
ロトが『ロ』ーガン・ゴッドハル『ト』の略称であり、看破を妨げる仮面を与えた上でゼタがその名で呼び続け、それを名前として誤認させている節もある。
とある理由から海賊船団に彼の正体がバレるのはゼタとしても非常によろしくない。
それゆえ、人前では仮面を外すことも名乗ることも禁じていた。
ここまでは……この三人はいいのだ。
海賊船団にとっての主賓と、立役者と、その舎弟。
ここまでは海賊船団の予定通りである。
「海に出るのは、この人生では初めてね」
『俺も砂上艇は乗ったことあるが海は初めてだな』
『潮風が毛に絡んでべたつくのである……』
が、後の二人と一匹は聞いていなかった。
四人目は……体格の良い男だ。
しかしなぜか、蝙蝠に似た覆面で口許以外を隠されている。
海賊船団が言えた義理ではないが、明らかに堅気ではない。
男の正体はモーター・コルタナ。元人間、元改人、現在眷属。
変身後に合わせた蝙蝠っぽい覆面のせいで、犯罪都市のクライムファイターみたいな雰囲気がある。
人ならざる一匹は、ちょっと不細工でデカいハムスター。
なぜか人語を話しながら、体格に対して小さい手で毛繕いしている。
その正体は管理AI八号、ドーマウス。
戦時中、彼はアバターを管理するアリスによって拘束されていた。
しかし、終戦直後に『戦争は終わったし【邪神】暗殺計画も失敗した。じゃあレベルアップ遅延のためにいつもみたいに傍で吸っててね?』とさっさと解放されたのである。
同僚に言いたいことは山ほどあったが、それよりも優先すべきことが多々あったので同僚に頼んで送ってもらった形だ。
そして、五人目。
デカいハムスターに乗った……マスクの幼女。
旅装の幼女が、なぜか仮面舞踏会みたいなマスクで顔を隠している。
『怪しい』、『ハムスターに乗っているのも怪しい』、『というか船にネズミはちょっと困る』と、海賊船団の面々にとってはある意味では一番謎な存在の彼女。
その正体はアルター王国第三王女にして【邪神】、テレジア・C・アルター。
諸事情で王国にいられなくなったため、ミリアーヌに誘われるままに国外脱出した少女。
王国、そして世界にとっての戦後最大の問題である。
余談だが、着けているマスクは姉が引き出しに仕舞っていたスペアである。
かくして、五人と一匹。
何と言うべきか……海賊船団も見知っている面々も含めても尚、ミリアーヌ以外全員怪しい風体である。
「ゼタさん、言われるままに出港しやしたけど、その……お連れさん達はどういう方々で?」
エドワルドが船員達を代表してゼタに問う。
時間がなかったのでとりあえず乗せて出港したが、疑問は解消しておきたかった。
「協力者。諸事情で彼女達も王国を離れる必要がある、とだけ。詮索はしない方が良いでしょう」
「はぁ……。何と言うか……ゼタさんのお連れさん、みんなそうなんですかい?」
ミリアーヌ以外は全員顔を隠している。
ミイラ、仮面、覆面、マスク。一人二人ならそういうものかと流せてもベクトルの違う顔隠しが四人も集まってたら流石に気になってしまう。
「……流行。陸では顔を隠すのが流行っているんです」
「ゼタさん。《真偽判定》働きやしたぜ」
『流行っていてたまるか』と思いながらエドワルドはツッコミを入れた。
流石にジョークの一種なのだろうとエドワルドは考えた。
「…………」
しかし実際のところ、ゼタも少し困っている。
流石に第三王女の顔を晒している訳にもいかないかなと考えていたら本人がマスクを着けだしたのだ。さらにモーターの方までなぜか覆面を用意していたのである。
『逆に怪しいのでは?』とは彼女も思うが、かと言って顔を晒すかと言えばノーだ。
流石に第三王女をセットで誘拐するのはグランバロアとしてもマズい。
古巣の為にも、このままエドワルド達にも知られないまま事を済ませたいゼタである。
「……元部下。私の組織に属していた者で、王都からの脱出行の協力者です。彼と彼の同伴者も乗船して王国を出ます。構いませんね?」
「ええ、そりゃ勿論契約なんで構いやせんが……」
今度は《真偽判定》に反応はなく、嘘でもないのだろうとエドワルドにも分かる。
だが、歯に物を挟んだような説明不足感がある。
とはいえ、今回のクエストの報酬として既に乗船している彼女の舎弟も含め、乗船することは了承していた。
人数が多少増える程度は問題ない。
むしろ、報酬以上の難題を頼んでしまったという思いもエドワルドにはあり、こうして無事にミリアーヌを連れてきたゼタに感謝もしている。
とはいえ……どうしても気になるものは気になってしまう。
それは元部下だという男に対してではなく……。
「……そちらのお嬢さんは、どういう人なんで?」
エドワルドが視線で指したのは、やはりテレジアだ。
他の誰よりも、ここにいることに違和感のある風体だからだ。そりゃそうだ。
<マスター>ならばおかしな格好をしていても特に何も言われないこの世界。
しかしながら、テレジアがティアンであることは手の甲を視れば明白だ。
年齢も風体も……さらに言えばハムスターも疑問の塊だ。
ゼタに対して失礼という気持ちもあったが、それでも存在が不気味すぎる。
船長として、テレジアをスルーはできなかった。
「……、……彼女」
「私はアズロと言います」
「?」
その問いに答えたのはゼタではなく、テレジア自身だった。
だが、その発言にまずゼタが疑問を覚える。
なぜなら明確な嘘だったからだ。彼女は彼女でない名前を名乗っている。
だが、《真偽判定》は誰のものも反応しない。
「王国の貴族の末席におりましたが、家中でトラブルがありまして……。しばらく身を隠す必要が生じた折、友人のミリアーヌさんに誘われたのです。お言葉に甘え、ゼタさんの元部下で今は私の傍付きをしている彼と共に同行させていただいている次第です」
嘘である。
嘘であるが……船上にいる誰の《真偽判定》も反応しない。
「……分かりやした」
疑問はまだあったし、年齢不相応な言葉遣いは怪しく、何という貴族家なのかという疑問も抱いた。
だが、《真偽判定》をクリアされた上でそこまで問いただすのは、彼女を連れてきたゼタへの信義に悖ると考えてエドワルドは退いた。
あるいは判定自体が欺瞞かとも考えたが、《真偽判定》を誤魔化すには最低でも詐欺師系統のカンスト、あるいは詐欺師系統超級職【超詐欺師】や贋作師系統超級職【侵贋王】/【侵贋姫】でもなければ叶わない。
このティアンの幼女がそうであるなどとは、エドワルドも考えなかった。
実際には、より特殊な超級職……【邪神】である。
この世界のシステムでは【邪神】の嘘は見破れない。
そして、システムで嘘を見抜くことに慣れたティアンでは彼女の発言に異を挟めないのだ。
ともあれ、『回答』を得た【ソードフィッシュ】の面々はこの奇妙な乗客を迎え入れることとなり、テレジア達も船室に案内されることとなった。
『……何か変な奴らが着いてきたんだな』
二人が船員に案内されていくのを見送りながら、それまで黙っていたローガンが言葉を発した。
彼もゼタが誰かを連れて遅れてやって来るとは聞いていたが、あの二人が予定外であることは理解できていた。
「諸事情。色々ありましたから……」
『……戦争中だったもんな。俺もエイリアス壊されてストックも全部なくなったし』
お陰で、<砦>の攻防戦の後は《錬金》の合間に《分身人形》を作り直す作業もあった。
戦争中はずっと船内に引きこもっていたが、手伝い含めて結構忙しかったのである。
『それで、この子供がわざわざ王国から連れてきたっていう?』
「肯定。あなたも知らない相手ではないでしょう?」
ゼタは当然のようにそう言って……。
『え?』
「え?」
疑問を返されたことに疑問を返すことになった。
「分かりませんか?」
驚いて、ロールが外れた状態で問いかける。
しかしやはり、ローガンの仮面の内側は疑問のままだ。
『見覚えある気はするけど、王国のティアンとかよく分からないし……』
「…………」
その発言に、ゼタは背筋が冷える思いをした。
『自分の立ち位置に気づいてなかったんですね』、と。
ミリアーヌは、ミリアーヌ・グランドリア。
前の戦争でローガンが殺したラングレイ・グランドリアの娘だ。
さらに言えば、この海賊船団はラングレイの生家でもある。
正体がバレてはいけないからこそ、人前では常に仮面を被り、名前も略称の『ロト』で済ませていたのだ。
なお、ミリアーヌ自身についてはローガンも見たことはある。
レイ・スターリングが関わった最初の事件、フランクリンによるリリアーナ暗殺計画。
その際、フランクリンが撮影した動画を送られて、チェックもしていた。
しかし、その動画はフランクリンの視覚選択……リアル視点に合わせたもの。
今現在もCG視点を選んでいるローガンでは、あの動画の少女とゼタの背で眠るミリアーヌが結びついていない。服装も当時とは違うのだ。
というか、モブNPCの名前も家名も当時の彼は記憶していない。
殺めたラングレイとて、『騎士団長』という役職や『【天騎士】』というジョブは覚えていても、名前までは怪しい。出自や来歴など理解していないだろう。
そのくらい、彼はNPCに関心がなかった。
「……再三。改めて言っておきますが、この船やグランバロアでは人前で仮面を外さず、名前も『ロト』で通しなさい。要らぬトラブルを招くことになります。それと、この子にもあまり関わらないように」
ゼタは大気操作で周囲に音が漏れないように細工しながら、ローガンに告げる。
『あぁ、そうだよな……。<超級>の俺が皇国から抜け出してグランバロアにいるとか怪しすぎるし……。それとティアンにはクエスト以外では元々関わらないから大丈夫だ』
ローガンはそのように納得して答えたが、ゼタは包帯の内側で冷汗をかく。
矯正できていたようだが、それでもまだ彼はゲームで遊ぶ子供に過ぎない。
自覚なく地雷原を歩いている彼は一種の時限爆弾だ。
かと言って、伝えればほぼ確実に不自然になり、ボロを出すだろう。
ゆえに、話せない。
「…………」
叶うならば、<IF>の合流場所である天地に辿り着くまで起爆してくれるなとゼタは祈る。
(ただでさえ、あのバケモノがデスペナルティから復帰したら追ってきそうなのに……)
ゼタは心労を抱えたまま、古巣であるグランバロアに戻ることとなった。
なお、この後にリアル経由でゼクスからテレジアと【邪神】の秘密を聞かされた後、『折角なので彼女の近くにいる間は見守ってあげてください』と頼まれることとなる。
かくしてゼタは、思惑ボロボロの戦争を終えてもさらに心労が増すのだった。
◇◆
『なぁ、一つ聞いていいか?』
『何かしら?』
船員に先導されながら、船内を移動するテレジア達。
ドーマウスの背で『あとでミリアーヌにも私のことを秘密にするように頼まないと』と考えていたテレジアは、モーターから念話を受け取った。
『アズロって名前、その仮面と同じであんたの姉さんに合わせたのか?』
第一王女アルティミアはアズライトを名乗り、仮面をつけて度々駆け回っていた。
なので、妹の彼女がそれを参考にしたのかとモーターは考えた。
そも、服装にしても下の姉が城に残していた脱走用の服を持ち出したものだ。
仮面も服も使う偽名も、愛する姉達に因んだのかとモーターは考えた。
『本名よ』
だが、テレジアの回答は彼にとって予想外のものだった。
というよりも、意味がわからない。
『は? けど、アンタの名前は……』
『ええ。だから、今生の名前ではないわね』
『そいつは一体……』
『アズロは先代の【邪神】の名前だもの』
疑問に対し、テレジアは事も無げにそう答えた。
『名前を呼ばれるときは、呼ばれた記憶のある名前の方が反応しやすいわ。不慣れな名前で反応が遅れると怪しまれるから』
『ああ、なるほど。…………?』
テレジアの説明にモーターは納得を示し、しかし新たな疑問が生じた。
(たしか、王国の初代……【邪神】を倒した【聖剣王】の名前がアズライトだよな?)
だからこそ、【聖剣】を継いだ王族はミドルネームにアズライトの名を抱く。
しかし、しかしだ。
(【聖剣王】アズライトと【邪神】アズロ……)
随分と……名前が似ていた。
それは、ただの偶然なのだろうか?
あるいは消された歴史の中には……二人の間に何らかの繋がりがあったのだろうか?
To be continued




