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球体世界の観測者 ~見えるだけの少年は、陰陽寮で世界の裏側を知る~  作者: 雅貴
第2章第3節

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第34話:後片づけまでが逃走阻止です

現地の担当者が到着した。


先に来た人は、裏道へ入る前に、出ていく作業員とぶつかりそうになった。神代さんが手を上げ、互いに少し待ってもらう。

戦いが止まっても、人の動く向きは揃わない。

荷車の向こうからは、オルセンの声が続いていた。自分の名前を名乗り、相手の上役を呼べと言っている。

担当者は名前を聞いたうえで、今ここにいる人が確認すると答えた。

強い声へ強い声を返さず、必要な距離を保って近づいてくる。

俺は、ようやく道具を下げた。見ている人が増えたから、全部をやめていいわけではない。でも、自分一人で立つ場所を塞ぎ続ける時間は終わりかけていた。

最初に、作業員の無事を確かめる。

次に、オルセンへ名乗り、杖を置くよう指示した。


「私の物だ。奪うなら、弁償を」


男が言いかける。

担当者は、話は別の場所で聞くと答えた。

神代さんは、何が起きたかを短く伝える。

俺も、自分が見た杖と車輪の流れを話した。


質問されると、最初は起きたことを最初から話そうとした。門で戦って、裏へ来て、荷車が動いた。

担当者は一度待ち、今確かめたいことを示した。


「杖が触れたときと、そのあと。どちらで動いたかを」


俺は荷車へ目を戻した。相手が杖を振ったとき、全部が同じように動いたわけではない。通っていた線が途切れた車輪と、まだ続いていた車輪がある。

ノートへ二つの丸を描き、それを指した。


「俺が見たのは、こっちが先に切れたところです。動き始めた瞬間は、全部を一緒には見てません」


言い終えると、担当者は同じ場所を別の人にも聞くと言った。

足りない話だと思っていたが、足りないところをそのまま渡すことも必要らしかった。

能力の種類を決めつけるのではなく、どこへ触れ、どこが動いたかを言う。


オルセンは、こちらを見た。


「お前は、見ていただけだろう」


オルセンは、俺の手に武器がないことを見ていた。眼鏡を使っても、相手を殴ったり、荷車を壊したりはしていない。

自分が倒した、と胸を張れる相手はいなかった。


「その目で、何が分かる。中の物の値段も、仕事の数も知らないくせに」


俺は、値段は知らない、と言いかけた。

知らないことを並べられると、今日の仕事まで小さく感じる。

でも、リーネさんが直した品の流れは見た。箱を持った人が逃げ道を塞がれたのも、荷車を動かした杖も見た。

全部を知っていなければ、何も言ってはいけないわけではない。

返事をしようとしたところへ、桐生さんが入った。


その言葉が、胸へ入った。

俺は一瞬、返せなかった。

自分でも、そう思っていた時間がある。


桐生さんが男と俺の間へ立った。


「見てた奴が言ったから、止められたんだよ」


短く言い、現地の担当者へ道を空ける。

男は別の言い訳を始めた。

今度は、検査担当が勝手にやったと言っている。


その声を聞きながら、俺は荷車の車輪へ目を戻した。

誰も通していないと、普通の重い車輪だった。

強い能力がなくても、何を動かすかによって危ない。

その人が何を考えて使うかも、同じぐらい関係する。


***


担当者の一人が、荷車の箱を開けようとした。

オルセンは、急に声を大きくした。


「それは、客から預かった物だ。触れば、品物を壊すぞ」


エイリクさんへ確認の連絡をすると、箱の札の型は、回収した部材の一つだという。

ただし、中身まで同じとは言えない。

担当者は、箱へ書かれた番号を記録してから、開ける作業を別の人へ頼んだ。

誰がどこで見た物かを、混ぜないようにしている。


俺は横で、自分の図を出した。

リーネさんの灯りの部材。

送り側の設備。

現世の倉庫。

同じように見える外形と、違う流れが並んでいた。


「全部、この人が替えたんですか」


神代さんへ聞くと、首を振った。


「そこは、まだ決めない。替えた人、記録を変えた人、物を売った人。それぞれに聞くことがある」


さっきの作業員が言っていたことを思い出す。

検査担当の人が悪い。

資材を回した人が悪い。

その中に、本当のこともあるのかもしれない。

だからといって、人を前へ押し出したことが消えるわけでもない。

俺は図を一枚ずつ離した。


担当者は、その順番で説明を聞いた。作業員が交換した部材の記録と、検査担当が正常と書いた紙。資材の人が回収して処分したという箱。

一枚だけなら、不具合や書き損じで通ることがある。別々の紙へ同じ物を置いていくと、どこで違った物になったかを尋ねられる。

俺は初めて、この人たちが複数でやる意味を少し理解した。一人で部材を抜くだけなら、その先の誰かに気づかれる。交換した人も、検査する人も、帳簿を直す人も同じ方を向けば、使っている人の方が悪いことにできる。


「リーネさんは、同じように使っても壊れるって言ってました」


俺が言うと、担当者が顔を上げた。名前と店を聞かれたので、神代さんへ確かめてから答える。

彼女の言ったことを、俺の説明に置き換えず、本人にも聞いてもらえるようにした。


若い作業員が、鞄を受け取ってこちらへ来た。

手が震えている。


男は、どこへ座ればいいかも担当者の顔を見て確かめた。椅子を示されるまで、鞄を持って立っている。

神代さんは、急いで話さなくてよいと伝えた。

俺は近くの箱の蓋へ目を向ける。作業員がさっき立っていた場所と、荷車が滑った跡が重なっていた。

もう少し遅ければ、この人が挟まれていたかもしれない。

戦いの最中は、道の上の人として見ていた。今は、一人の顔として見える。


「手、痛いですか」


聞くと、男は驚いたように俺を見た。そうではないと首を振る。鞄の紐を握り続けていただけだったらしい。

俺は、変なことを聞いたかと思った。でも、彼は指を一度開き、膝の上へ手を置いた。

神代さんが、座れる場所へ案内した。


「俺、運べって言われただけで」


若い男は、誰も聞く前から話し始めた。


「中身、見てません。紙も、持ってこいって。いつも、そうだから」


現地の担当者が、名前と今日の指示を聞いた。

彼は答え、その途中でオルセンへ目を向ける。

男は、別の担当者と話していた。

声だけがこちらへ届く。


「仕事を失って困るのは、あいつらだ。私が、雇ってやっている」


若い男の手が、鞄の紐を握った。

俺はその手を見て、言い返したくなった。


若い男は、聞こえなかった顔をした。鞄の紐が、指へ食い込んでいる。

神代さんは話を止めず、今日どこから荷物を運んだかを尋ねた。答えられることへ戻している。

男は少しずつ説明した。朝、名前を呼ばれた。箱を渡された。表の人が来たら、裏へ動かすよう言われた。

普段と違うと思ったところはあった。でも、聞き返すと仕事を替えられるかもしれないので、言わなかったという。

俺は、全然違う場所の話なのに、学校や店で黙ってしまうときのことを思い出した。

同じだと言えば、軽く扱いすぎるのかもしれない。

それでも、外側の人間だから怖がらないわけでも、何でも分かって働いているわけでもなかった。

雇っているから、怖がらせていいわけではない。

でも、自分の怒りで彼の話を止めたくもなかった。

椅子の横へ、落ちた布を拾って置く。

神代さんが、俺へ小さくうなずいた。


***


荷車を止めた場所には、細い傷が残っていた。

杖で押したところ。車輪が擦れたところ。

俺は担当者に聞かれ、その順番を説明した。

分かるところと、分からないところを分ける。

全部を自分で見たことにはしなかった。


ひかりさんは、棒へついた粉を拭いていた。

桐生さんは裂けた上着の下を確かめる。

怪我がないことを、神代さんへもう一度伝える。

戦いが止まったら、こちらの状態も確かめる必要がある。


「眼鏡、どうだ」


桐生さんが聞いた。

俺は掛け直さず、目を閉じて開いた。


「ちょっと、重いです。今は通してません」


「それでいい。見なくていい間まで、見ようとすんな」


相手の杖が落ちてからも、俺はしばらく追っていた。

また動いたら困ると思ったからだ。

今は、杖を扱う担当者がいる。

自分だけで最後まで見ていなくてもいい。

俺はケースを出しかけ、やめた。

普通に掛けている分には、道が見える。


神代さんは、帰還の予定を確かめた。

引き渡しの確認を済ませる時間がある。

それでも、全部の調べをここで待ってはいられない。

担当者へ連絡先を渡し、追加の確認は第2班を通してほしいと伝えた。


「続きを聞かれたら、帰ってから答えてもいいんですね」


「うん。君が見たことは、君に確かめてもらう。ただ、今日の仕事を全部抱えたまま帰る必要はない」


鞄の口を開くと、母さんに渡された包みが見えた。

まだ、昼に食べたあとの容器を戻したままだった。

食事のあとに、こんなに走るとは思っていなかった。

手を洗える場所を聞くと、作業員が壁際の水道を指した。

水は冷たかった。

指へついた石の粉が流れる。

揉めている男の声は、まだ聞こえる。

それでも、自分の手から離れた物が、少しずつ増えていた。

水を止め、布で拭く。


近くの窓へ、自分の上着が映った。袖の端が乱れ、裾には細かい埃がついている。

桐生さんの肩の裂け目へ、改めて目が行った。


「それ、直りますか」


「服はな。次に同じとこへ刃を通すなよ」


俺は返事が小さくなった。

彼はそれを見て、少しだけ口元を動かす。


「お前のせいで切れた、って全部まとめんな。俺も、最初の曲がり方を読み切ってねえ」


自分だけが何も分かっていなかった、と思っていた。彼にも初めて確かめたところがあったらしい。

ただ、そのあとに動ける速さが違った。

失敗しない人と、する人の差ではなく、起きたことから次を変える速さの差なのかもしれない。

俺はノートを出さず、その言葉を覚えておいた。

次に走れと言われても、今なら足を出せるかもしれない。

でも、走らなくて済む帰り道なら、その方がよかった。


俺は図を鞄へ戻した。

証拠を自分で持って帰るのではなく、見たことを、次にも話せるように残す。


そのために、誰の言葉かも横へ書いた。俺が見たところは図、担当者から聞いたことは短い文にする。自分の目で確かめたように混ぜてしまうと、後から聞かれたとき分からなくなる。


担当者が紙へ書く間、少しだけ待つ時間ができた。男の大きな声は遠くへ移り、裏道には荷車の軋む音が残っている。

ひかりさんが、空になった通路を見た。


「今なら、広いね」


何も動いていなければ、人が二人並べる道だった。さっきは、どちらへ出ても塞がるように感じていた。

物の重さと、そこに立つ人と、動き出す向き。それがあるだけで、同じ道が違う場所になる。

俺は返事をして、壁へ残った車輪の跡を見た。

起動を使わなくても、今なら分かる跡がある。戦っている最中にそれを見る余裕を、どう作るかが次の練習になるのだろう。

ノートの端には、まだ門で止まったときの線が残っていた。剣の曲がる形を、頭から消さないうちに描きたくなる。

でも、今は荷車と、戻る部材の図だ。

どちらも覚えておきたくて、手が止まる。

神代さんが、先に提出する物を指した。


「こっちは、今日の人が待っている。自分の練習に使う図は、あとで」


俺はうなずいた。記録しておきたいと思うもの全部が、同じ急ぎ方ではなかった。

その違いが、少しだけ分かった。


***


門の方から、ヴェーガンさんの通信が来た。

傭兵は戦場を離れたという。

ヴェーガンさんと短く交戦したあと、割に合わないと言って退いたらしい。

追跡する人と、荷物を押さえる人は、分けている。


俺は、倒したとは言われなかったことを聞いた。

ひかりさんも、棒を袋へ戻さず待っている。

相手が戦わなくなったなら、それで仕事が進むこともある。

勝てなかった自分は、まだ悔しい。

でも、向こうの人が勝つことだけを目的にしていなかったのも分かった。


少しして、ヴェーガンさんが裏へ来た。

袖に石の粉がついている。

銃はしまわれていた。


「止めたな」


その一言に、俺は顔を上げた。先ほど門で何もできなかったことを知っている人から、奥の仕事について言われた。

言い訳したくなる前に、神代さんが報告を始めた。

俺も、見ていた車輪の位置を短く添える。

ヴェーガンさんは頷き、次の担当者へその場所を示した。

悔しさを説明する時間ではなかった。でも、止めたことを、なかったことにされる時間でもなかった。


神代さんが、オルセンと荷物の引き渡しを報告する。

男はうなずき、壊れた箇所を見る。


「部下が来る。触らず、そのまま渡せ」


ひかりさんが、荷車へ挟まれかけた作業員のことを伝える。

ヴェーガンさんは相手の名前を聞き、担当者へ呼ぶよう指示した。

感謝より先に、確認が続いた。


***


屋敷の入口へ戻ると、ハルヴァルさんの姿はなかった。

門の柱に、剣が擦れた跡がある。石壁には、弾の食い込んだ場所が二つ見えた。

ヴェーガンさんが、担当者へ傭兵の特徴を伝えている。


「捕まえて、ないんですか」


俺は言ってから、失礼だったかと思った。

彼は怒らず、俺の眼鏡を一度見た。


「逃げた。人のいる方へ寄ってな。そっちを撃ってまで、今、足を止める理由はなかった」


強い人なら倒せる、とどこかで思っていた。実務者が来れば、あの剣も終わると。

実際には、相手が戦う理由をなくして退いた。


「仕事が終わったってことですか」


「金にならなくなった、だろう。雇い主を守りきる契約のつもりではなかったらしい」


彼は切れた上着を見た。


裾の端は、真っ直ぐに切れていた。銃が来たからといって、剣が届かない人だったわけではない。

俺がそこを見ていると、ヴェーガンさんは上着を払った。


「服で済んでいる。そこは、計算する」


「全部、分かって避けたんですか」


「分からない分があるから、同じ場所へ立ち続けない」


返事は短かった。見えるなら全部読めるだろう、と言われないことに少し救われる。

彼は、神代さんへ次の連絡先を伝えた。追跡の人員は別に動く。ここで誰がどこを見たかは、必要に応じて聞かれる。

傭兵が逃げたことを、終わった話にはしていない。でも、逃げた一人を追うために、回収した物と町の人を放り出すこともしない。

俺は、どちらを優先するかを選ぶことも、強い人の仕事だと知った。破れた端が、歩くたび少し動く。


「お前らを相手に、遊ぶ余裕はあった。俺と最後までやって、剣を潰す金は、出ていなかった」


あっさりした言い方だった。

俺は門の前へ立った。自分が止まった位置が分かる。そこから見ていた相手は、勝つために急いでいたわけですらなかった。

胸の奥が、さっきとは違う形で痛くなった。


桐生さんが、隣へ立った。


「その顔、あとでやれ。今の分、報告したか」


俺はうなずいた。

ヴェーガンさんは、傭兵の行方は引き続き調べると神代さんへ伝えた。逃げたから関係がなくなるわけではない。ただ、町の部材を戻す仕事より先に、全部の人を一人の後ろへ回さない。


ひかりさんは俺の肩へ触れた。


「今は、戻る準備。悔しいの、なくせとは言ってないから」


俺は図を鞄へ入れた。

事件の終わりは、気持ちが落ち着いたときには来ない。


門の向こうでは、壊れた金具を確認する人がいた。撃たれた場所へ、目印を置いている。

俺はそこへ近づかず、通ってよい側を尋ねた。ヴェーガンさんが片方を示す。


「この辺は、まだ仕事が残ってる。先に、町へ戻れ」


帰るよう言われると、置いていくような気持ちになった。全部を始めたわけではないのに、全部終わるまでいないと申し訳ない気もする。

神代さんは、現地の担当者と次の連絡を合わせていた。こちらが帰っても、途切れないようにしている。


「君の見たことを聞きたいときは、ちゃんと来る。逃げて帰るわけではないよ」


俺へ言ったのか、手続の話をしていたのか、少し分からなかった。

でも、門から離れる足は、さっき裏へ走ったときより落ち着いていた。

悔しかったことと、ここでやる仕事が終わったことは、同じ場所へ置かなくてもよいのかもしれない。

帰るために確認することを、もう一度ノートで見た。


神代さんが、町の工房へ戻るまでの道を現地側へ伝えた。途中の確認が必要なら、こちらから連絡する。

ひかりさんは棒をしまう前に、表面の傷を見た。桐生さんも道具の先を確かめる。使い終わった物を、ただ袋へ戻すわけではない。

俺は眼鏡を外し、布でレンズを拭いた。片方の端へ小さな汚れがある。見える景色が暗かったのは、疲れだけではなかったかもしれない。

拭いて戻すと、通りの白さが少しはっきりした。

町は、まだいつものように動いている。戦いをしていた裏道から一本出ると、荷物を抱えて家へ向かう人がいた。

何も知らないのだろう。その人が知らずに歩けることも、今日止めたものの一つの結果なのかもしれなかった。


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