第31話:騎士だからと言って、剣筋まで実直とは限りません
門の横から、低い車輪の音がした。
俺はハルヴァルさんではなく、その向こうの隙間を見た。
荷車の上へ、箱が積まれている。
剣を持つ男の後ろでは、いつもの仕事のように人が動いていた。箱を運ぶ人は、こちらへ何度か顔を向ける。そのたびに、門の前に立つ傭兵が、視線を奥へ戻すよう顎を動かした。
誰が何を運ぶかも、見ていないわけではない。
俺は、その目つきで少し考えを変えた。単に事情を知らず入口へ置かれた人ではなさそうだった。
男は神代さんの持つ書面を眺める。名前や印の場所より、そこに書かれた範囲を確認しているように見えた。
「時間がないんです」
俺が言うと、男は初めて、俺だけを見た。
「それは、そっちの都合だ」
男は、わざと俺が言葉を返す間を待った。神代さんが前へ出ると、そちらへ顔を戻す。話す相手を取り違えているわけではない。
返事を急ぐ俺が、途中で口を挟むことまで見ている。
「お前は、捜す方だろう。入口を開ける仕事は、ほかに任せればいい」
何もできないと言われるより、嫌な言い方だった。俺の役目を説明する形で、ここへ立つ理由を小さくする。
ひかりさんが、俺へ背を向けたまま言った。
「返さなくていい」
桐生さんも、目を男の肩から外さない。
俺だけが相手の言葉で考える場所を変えていた。黙ったら認めたことになる気がしていたが、答えなければ、次にすることは選べる。
俺は門の内側を見た。まだ、荷物は動いていた。
返事は冷静だった。怒らせたわけではない。こちらが困ることを知っていて、それを動く理由にはしない。
俺は唇を結んだ。
神代さんが書類を見せている間に、動かされていた。
「荷物が、奥へ」
神代さんは、相手へ顔を戻した。
「確認が済むまで、搬出を止めてください」
「荷物の移動は、雇い主の判断です」
騎士は、話を遮らない。
その代わり、返事のたび、同じ場所へ立ち続ける。
桐生さんが右へ回ろうとすると、剣の柄がそちらへ向いた。
ひかりさんが、棒の袋を外した。
「荷物を止めるだけ。あなたを倒しに来たんじゃない」
「止めてくれと言われている。理由まで、俺の仕事じゃない」
「そっちの契約で、こっちの仕事まで決めないでよ」
声が少し低くなった。
神代さんの通信へ、現地側から返事が入る。
搬出停止の指示は出ている。
彼はそれを伝えた。
ハルヴァルさんは、背後を振り返らなかった。
指示を直接確認すると言う。
その間にも、荷車の音は続いていた。
***
最初に動いたのは、桐生さんだった。
彼が足を出したのは、男の話が終わった瞬間ではなかった。後ろの荷車の音が大きくなり、門の奥へ視線が寄る、その短い間だった。
相手が返事をしているうちに進む。話し合いをやめて殴るのではなく、止める指示が出ている物を止めに行く動きだった。
男もそれを見ていた。柄へ置いていた手が、もう動いている。
「急ぐなら、こっちを通る」
薄く笑う声。
門の中央を譲らず、剣が届くところだけを空けた。そこへ入らせてから、使う。
俺は、正面が空いたから道ができたと思いかけた。その手前で、桐生さんの足が外へ動いた。
剣が抜かれる音がした。
門の横へ入り、荷車の通る方へ向かおうとする。
騎士の剣が抜かれた。
刃は、見たままの真っ直ぐな形だった。
桐生さんの道具へ当たる。
俺は、その流れを目で追った。
受け止めた瞬間、剣の先へ寄っていた伝力が、刃の横へ動く。
金属の形が、少しだけ変わった。
「曲がる」
言ったときには、桐生さんが身体を引いていた。
受けた道具の縁を、刃先が回り込む。
服の肩が裂けた。
血は見えなかったが、桐生さんは腕を一度下げた。
「そう来るか」
声は、笑っていなかった。
ひかりさんが棒を入れる。
騎士は大きく振らず、接触する長さだけを使った。
棒の面へ沿って、剣の先が曲がる。
最初は、見え方を間違えたと思った。金属は真っ直ぐだった。影が揺れたのでも、こちらの道具が折れたのでもない。
接触した場所を起点に、刃の先が曲がり、桐生さんの受ける位置を越える。
俺は息を止めた。
男は、すぐに剣を戻す。
戻した瞬間に追いかければ、曲がる前を押さえられるのだろうか。
そう考えた俺の前で、ひかりさんの棒が動いた。彼女も同じように間を詰めようとしている。
男は、剣だけを戻さなかった。足も一緒に引き、棒の届く先から、自分の身体をずらす。
そこへ桐生さんが入る。
今度は直剣のまま、短く払った。いつでも曲げるわけではない。普通に使った方が速いところでは、普通に剣を使う。
起動と発展を、別の武器みたいに切り替えるのではなかった。
俺には、新しく見えた機能ばかりが大きく見える。でも、相手にとっては、長く使っている剣の動きの一つだった。離れると、元の細い直剣へ戻った。
「まだ、見てなかったか」
男が俺へ言う。
こちらの反応を確かめながら、次に同じことをする余裕があった。
桐生さんが道具を持ち直す。ひかりさんは剣を受ける角度を変えた。
俺だけが、今起きたことの説明へ遅れている。
知っている二人と、目の前で初めて見る俺では、同じ一撃に使う時間が違った。
ひかりさんは、受ける前に棒を離し、相手の手元へ打ち込んだ。
男の足が半歩下がる。
それだけだった。
俺は眼鏡へ伝力を通した。
曲がる前の場所を見ようとする。
接触するまで、刃は真っ直ぐだ。
当たると、相手の道具の形に沿う。
どちらへ曲がるかは、受け方で変わる。
「受けたところに、沿ってます」
ひかりさんがうなずいた。
「見えてる。離れて」
***
俺は門柱の外へ寄った。
門柱に触れない距離で、道具の柄を持ち直す。俺にも、習った身体強化と、振り方を教わった物はある。
それを使えば入れるのではないかと考えた。
男の足元は、こちらからも見えている。剣が桐生さんへ向いた瞬間なら、と一歩出しかける。
ひかりさんの手が、俺の前へ出た。
「届くまでに、何歩?」
俺は相手との距離を見た。二歩では足りない。三歩出る間に、剣は戻る。
男は、俺の手の中を見て笑った。
「そっちも、使ってみるか」
足を止めた。声をかけられたからではなく、届くまでの時間を初めて数えたからだった。
見ることより遅い、自分の足がある。
武器を持っているだけでは、その間を消せなかった。
見える角度は増えたが、壁の裏は見えない。
神代さんが式神を、反対側へ回す。
『搬出路に人。荷物を押している』
短い報告が来た。
道具へ触れなければ、剣は曲がらないのかもしれない。
でも、誰も触れずに相手を止めるのは簡単ではない。
ひかりさんは攻撃を流し、桐生さんは足の位置を変える。
二人とも、正面で長く受けないようにしていた。
門の向こうで、箱が一つ落ちる音がした。
人の声がする。
俺は目を向けた。
その一瞬、騎士の手元から目が離れた。
「右」
戻したときには、剣が振られていた。
ひかりさんが棒の端で払い、刃の向きを壁へ逃がす。
石が削れた。
俺の言葉は、間に合っていない。
「剣だけ見てれば、ほかが見えない」
桐生さんが、俺の近くへ戻った。
責める口調ではなかった。
分かっていても、できていないことを言われた。
「式神の方、神代さんが見る。お前は、見えるところだけ」
神代さんが短く返事をした。
俺は眼鏡への流れを止め、一度息を吐く。
門の内側の騒ぎまで、自分で見ようとしていた。
起動を使えば、細かく見える。
その代わりに、どこを見続けるかを自分で決めなければいけない。
試験より、選びたいものが多かった。
***
ひかりさんが棒を低く構えた。
騎士の剣を受けず、足へ向かう。
男は踏み替え、剣を身体の内側へ引いた。
棒の先が空を切る。
そのあとで、刃が下へ向いた。
「足元」
俺が言う前に、ひかりさんは跳ねるように離れた。
床へ、短い傷が残る。
「避けるのは、速いな」
騎士が言った。
初めて、こちらの技量について口にした。
ひかりさんは返事をせず、棒の持ち方を変えた。
「こっちで止める。桐生さん、荷物」
神代さんが現地側へ、人を出してもらうよう連絡する。
桐生さんは、横へ回った。
騎士がその方へ向きを変える。
ひかりさんの棒が、腕の外へ当たる。
鈍い音。
男の肩が動く。
でも、剣は落ちない。
強化した身体で、受けている。
そのまま殴り合えば、ひかりさんの力が通る場面もあるだろう。彼女も、それを試そうとしていた。
ただ、棒へ大きく力を乗せる前に、男は俺か、門の向こうの人がいる方へ動く。
誰もいない場所で受けてはくれない。
ひかりさんの肩が、一度だけ上がった。苛立っているのが分かった。
「人がいる方へ、寄りすぎ」
「見えているなら、止めればいい」
男は答えた。
町の人が傷ついても構わない、とは言わない。でも、その人たちがこちらの手を遅くすることは分かっている。
剣の変わった機能だけでなく、相手の嫌がるところを使う人だった。
俺は、起動という段階を覚えたら、その次の段階へ進む道も近くなると思っていた。今は、段階の名前だけでは説明できない差が、足の一歩ごとにあった。
変わった剣だけが強いわけではなかった。
俺は、相手の足へ目を向けた。
力を入れる前に、踏む場所が決まる。
どこへ退くかまで考えて立っている。
剣の流れを読めても、その人の次の判断までは分からない。
***
「調査員、そこの線から出るな」
神代さんの声がした。
俺は足を止めた。
門柱の横の溝へ、片足がかかっていた。
そこへ入れば、戦っている二人の後ろになる。
守ってもらう場所を、自分で狭くしている。
俺は足を戻した。
その瞬間、騎士の目がこちらへ動く。
弱いところを見たのかもしれない。
剣は向かなかった。
でも、彼が立つ位置が少し変わった。
俺の前へ来るには、ひかりさんがこちらへ戻らないといけない角度になる。
「離れて、見てるだけでいい」
ひかりさんが言った。
言葉どおりにすると、戦いへ何もしていない気がした。
それが嫌で、細かく見たくなる。
俺は起動させた。
刃の先へ流れが集まる。
受ける棒の向きが分かる。
曲がるなら、外側へ行く。
「棒の外へ、刃が――」
騎士が手首を返した。
曲がりかけた剣を、その前に引く。
ひかりさんは俺の言葉ではなく、男の身体を見ていた。
棒を引き、踏み込む。
刃は彼女の袖の前で止まり、男も身体を下げた。
言えたのは、使おうとした力だった。
その力を使わずに変える判断が、相手にはあった。
***
桐生さんが門の横へ入った。
騎士の剣を背で受けず、短い道具を相手の手元へ当てる。
ひかりさんが反対側から動く。
二人で囲む。
男は、門へ背を預けなかった。
一歩前へ出て、二人が同時に当てられない位置へ移る。
桐生さんの側へ剣を当て、曲がる先をひかりさんから遠ざけた。
片方を止めながら、もう片方の足を見ている。
足元の石に、さっきの刃の跡がある。そこだけを見ていれば、危ないところは分かる気がした。でも、男の立つ位置が変われば、危ないところも動く。
ひかりさんが棒を振り、桐生さんが短く入る。男は一方を受けず、片方が接触する間だけ剣を使った。
力の量で二人を押し返しているのではない。
受けるときの角度と、次に足を置く場所を選び、二人が同時に力を出せる時間を減らしている。
俺はそのことを報告しようとして、言葉を探した。
「同時に、行けないように」
「分かってる」
ひかりさんの返事は短かった。
見抜くことができても、抜ける方法を渡せていない。言えば役に立つとは限らない。
男の目が、俺の口元へ動いた。次の言葉を待つように、剣の先が少し下がる。空いたと思わせる場所まで、相手に作られている気がした。
俺には、見える。
でも、報告する順番が分からない。
剣と、足と、後ろの荷物。
桐生さんが一度下がり、俺を見た。
「息」
俺は初めて、止めていたことに気づいた。
吐く。
次の言葉が、少し震えた。
「右足へ、集めてます」
「来るな」
桐生さんが言った。
剣が来る。
彼はそれを受けず、身体ごと外へ出た。
今度は、報告が使われた。
でも、その間にひかりさんへ向かう刃の角度が変わった。
一つを見ても、全部を止められない。
男が、俺へ来るように見せて一歩進んだ。
ひかりさんが身体を寄せる。剣は振られない。相手は彼女の移った先を見て、また門の中央へ戻った。
俺は、その一歩で足が固くなった。
「狙ってない。こっち」
桐生さんが男へ声をかける。自分へ注意を戻そうとしている。
男は乗らず、俺を見た。
「新人がいると、道が多くなる」
笑う声だった。
俺は、門の隙間を探した。抜ければ、ここで守ってもらう必要がなくなる。でも、踏み出すところへ剣が戻れば、ひかりさんも動かないといけない。
進むにも戻るにも、人の足を使っている。
眼鏡を通す。細い流れは見えた。なのに、今すぐ自分の足をどこへ置けばいいかが、分からなかった。
***
神代さんが、現地の担当部署へ繰り返し連絡した。
搬出は止めるよう指示が出ている。
騎士は、それを聞く。
ただ、雇い主へ確認するという返事を、時間を稼ぐために繰り返していた。
「君は、この記録を見ているかい」
神代さんが、回収された検査票の控えを示した。
「違法な物の持ち出しを止めている。護衛の契約を否定したいわけじゃない」
騎士は紙へ目を向けた。
剣を少し下げる。
俺は終わるかと思った。
屋敷の奥から声がした。
「そいつらは、現世から来た連中だ。町の設備を止めている」
初めて聞く声だった。
ひかりさんが顔を上げる。
窓の端に、男が立っている。
高い服。光る留め具。
作業着ではなかった。
「ハルヴァル、契約どおり守れ」
騎士の手が、柄へ戻った。
金を払う相手が、まだ仕事を続けろと言った。
傭兵は、それをこちらへ見せるように剣を持ち直した。
神代さんは、今の発言も現地側へ伝えた。
俺は窓の男を見た。
あの人が、オルセンなのだろう。
俺たちへ仕事をさせていた人の顔ではない。
ここで、仕事を止めさせている人の顔だった。
***
窓の男が消えた。
消える前、男は傭兵へ手を上げていた。助けを求めるというより、契約した仕事を続けろと示す動きだった。
傭兵は、それを見て笑った。こちらへ戻るときには、もう俺の顔を見ている。
「まだ、帰る時間じゃないらしい」
俺は家へ戻る時刻を思い出した。相手にとって、ここで足を止める時間そのものが仕事なら、こちらが困るほど得をしている。
神代さんは通信で搬出の先を確かめた。門の前で相手を倒す以外に、止める方法を探している。
ひかりさんの呼吸は乱れていない。でも、彼女も長くここへ置かれれば、奥へ行く人が足りなくなる。
俺は起動を止め、残っている時間を見た。細い流れを見るために、時計まで忘れていた。
下で、荷車の音がまたする。
ひかりさんの目が細くなった。
「待ってる時間、ない」
棒へ伝力が寄る。
先端だけではなく、握る手と身体を通る流れが、一度細く揃った。
俺は起動でそれを追いかけた。
これまでより濃い。
ただ、近くにいる俺の目が、その強さへ引かれる。
「見るなら、私じゃなくて相手」
言われて戻す。
その短い間に、彼女は動いていた。
棒が騎士の剣へ当たる。
刃先が曲がる前に、接触した場所が外へずれる。
門の枠へ、乾いた音が響いた。
男の片足が、初めて大きく下がった。
ひかりさんは追わず、棒を戻した。
その後ろを桐生さんが抜ける。
俺は道が空いたことを見た。
「そこを通って」
神代さんが俺を呼ぶ。
やっと行ける。
そう思ったとき、騎士は引いた剣を持ち直した。
まだ、負けていなかった。
それどころか、男は自分の上着の袖へ一度目を落とした。ひかりさんの棒が当たったところに、薄く粉がついている。
笑いが少し消えた。
「その娘は、安くはないな」
誰へ言っているのか分からない言葉だった。ひかりさんは返事をせず、俺たちが通れる幅へ身体を置いた。
彼女の力を受ければ、無傷では済まない。それは相手も分かっているようだった。
だからこそ、俺の側へ剣を向ける。狙って当てなくても、彼女が戻らなければいけない方へ。
弱い人を守るために強い人が動く、その順番を相手が使っている。
自分だけ逃げれば解決するとも思えなかった。俺が走る先へ相手が寄れば、また二人は追わないといけない。
神代さんが、ここで待つ場所を示した。
俺はそこへ戻った。今はその方が、二人の次の足を選びやすくする。
男の身体へ通る伝力と、剣の形が、今度は一緒に変わった。
俺は足を止めた。
さっき見えていたものだけでは、足りなかった。




