↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
球体世界の観測者 ~見えるだけの少年は、陰陽寮で世界の裏側を知る~  作者: 雅貴
第2章第3節

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/47

第31話:騎士だからと言って、剣筋まで実直とは限りません

門の横から、低い車輪の音がした。

俺はハルヴァルさんではなく、その向こうの隙間を見た。

荷車の上へ、箱が積まれている。


剣を持つ男の後ろでは、いつもの仕事のように人が動いていた。箱を運ぶ人は、こちらへ何度か顔を向ける。そのたびに、門の前に立つ傭兵が、視線を奥へ戻すよう顎を動かした。

誰が何を運ぶかも、見ていないわけではない。

俺は、その目つきで少し考えを変えた。単に事情を知らず入口へ置かれた人ではなさそうだった。

男は神代さんの持つ書面を眺める。名前や印の場所より、そこに書かれた範囲を確認しているように見えた。


「時間がないんです」


俺が言うと、男は初めて、俺だけを見た。


「それは、そっちの都合だ」


男は、わざと俺が言葉を返す間を待った。神代さんが前へ出ると、そちらへ顔を戻す。話す相手を取り違えているわけではない。

返事を急ぐ俺が、途中で口を挟むことまで見ている。


「お前は、捜す方だろう。入口を開ける仕事は、ほかに任せればいい」


何もできないと言われるより、嫌な言い方だった。俺の役目を説明する形で、ここへ立つ理由を小さくする。

ひかりさんが、俺へ背を向けたまま言った。


「返さなくていい」


桐生さんも、目を男の肩から外さない。

俺だけが相手の言葉で考える場所を変えていた。黙ったら認めたことになる気がしていたが、答えなければ、次にすることは選べる。

俺は門の内側を見た。まだ、荷物は動いていた。


返事は冷静だった。怒らせたわけではない。こちらが困ることを知っていて、それを動く理由にはしない。

俺は唇を結んだ。

神代さんが書類を見せている間に、動かされていた。


「荷物が、奥へ」


神代さんは、相手へ顔を戻した。


「確認が済むまで、搬出を止めてください」


「荷物の移動は、雇い主の判断です」


騎士は、話を遮らない。

その代わり、返事のたび、同じ場所へ立ち続ける。

桐生さんが右へ回ろうとすると、剣の柄がそちらへ向いた。


ひかりさんが、棒の袋を外した。


「荷物を止めるだけ。あなたを倒しに来たんじゃない」


「止めてくれと言われている。理由まで、俺の仕事じゃない」


「そっちの契約で、こっちの仕事まで決めないでよ」


声が少し低くなった。

神代さんの通信へ、現地側から返事が入る。

搬出停止の指示は出ている。

彼はそれを伝えた。


ハルヴァルさんは、背後を振り返らなかった。

指示を直接確認すると言う。

その間にも、荷車の音は続いていた。


***


最初に動いたのは、桐生さんだった。


彼が足を出したのは、男の話が終わった瞬間ではなかった。後ろの荷車の音が大きくなり、門の奥へ視線が寄る、その短い間だった。

相手が返事をしているうちに進む。話し合いをやめて殴るのではなく、止める指示が出ている物を止めに行く動きだった。

男もそれを見ていた。柄へ置いていた手が、もう動いている。


「急ぐなら、こっちを通る」


薄く笑う声。

門の中央を譲らず、剣が届くところだけを空けた。そこへ入らせてから、使う。

俺は、正面が空いたから道ができたと思いかけた。その手前で、桐生さんの足が外へ動いた。

剣が抜かれる音がした。

門の横へ入り、荷車の通る方へ向かおうとする。

騎士の剣が抜かれた。

刃は、見たままの真っ直ぐな形だった。


桐生さんの道具へ当たる。

俺は、その流れを目で追った。

受け止めた瞬間、剣の先へ寄っていた伝力が、刃の横へ動く。

金属の形が、少しだけ変わった。


「曲がる」


言ったときには、桐生さんが身体を引いていた。

受けた道具の縁を、刃先が回り込む。

服の肩が裂けた。

血は見えなかったが、桐生さんは腕を一度下げた。


「そう来るか」


声は、笑っていなかった。

ひかりさんが棒を入れる。

騎士は大きく振らず、接触する長さだけを使った。

棒の面へ沿って、剣の先が曲がる。


最初は、見え方を間違えたと思った。金属は真っ直ぐだった。影が揺れたのでも、こちらの道具が折れたのでもない。

接触した場所を起点に、刃の先が曲がり、桐生さんの受ける位置を越える。

俺は息を止めた。

男は、すぐに剣を戻す。


戻した瞬間に追いかければ、曲がる前を押さえられるのだろうか。

そう考えた俺の前で、ひかりさんの棒が動いた。彼女も同じように間を詰めようとしている。

男は、剣だけを戻さなかった。足も一緒に引き、棒の届く先から、自分の身体をずらす。

そこへ桐生さんが入る。

今度は直剣のまま、短く払った。いつでも曲げるわけではない。普通に使った方が速いところでは、普通に剣を使う。

起動と発展を、別の武器みたいに切り替えるのではなかった。

俺には、新しく見えた機能ばかりが大きく見える。でも、相手にとっては、長く使っている剣の動きの一つだった。離れると、元の細い直剣へ戻った。


「まだ、見てなかったか」


男が俺へ言う。

こちらの反応を確かめながら、次に同じことをする余裕があった。

桐生さんが道具を持ち直す。ひかりさんは剣を受ける角度を変えた。

俺だけが、今起きたことの説明へ遅れている。

知っている二人と、目の前で初めて見る俺では、同じ一撃に使う時間が違った。

ひかりさんは、受ける前に棒を離し、相手の手元へ打ち込んだ。

男の足が半歩下がる。

それだけだった。


俺は眼鏡へ伝力を通した。

曲がる前の場所を見ようとする。

接触するまで、刃は真っ直ぐだ。

当たると、相手の道具の形に沿う。

どちらへ曲がるかは、受け方で変わる。


「受けたところに、沿ってます」


ひかりさんがうなずいた。


「見えてる。離れて」


***


俺は門柱の外へ寄った。


門柱に触れない距離で、道具の柄を持ち直す。俺にも、習った身体強化と、振り方を教わった物はある。

それを使えば入れるのではないかと考えた。

男の足元は、こちらからも見えている。剣が桐生さんへ向いた瞬間なら、と一歩出しかける。

ひかりさんの手が、俺の前へ出た。


「届くまでに、何歩?」


俺は相手との距離を見た。二歩では足りない。三歩出る間に、剣は戻る。

男は、俺の手の中を見て笑った。


「そっちも、使ってみるか」


足を止めた。声をかけられたからではなく、届くまでの時間を初めて数えたからだった。

見ることより遅い、自分の足がある。

武器を持っているだけでは、その間を消せなかった。

見える角度は増えたが、壁の裏は見えない。

神代さんが式神を、反対側へ回す。


『搬出路に人。荷物を押している』


短い報告が来た。

道具へ触れなければ、剣は曲がらないのかもしれない。

でも、誰も触れずに相手を止めるのは簡単ではない。

ひかりさんは攻撃を流し、桐生さんは足の位置を変える。

二人とも、正面で長く受けないようにしていた。


門の向こうで、箱が一つ落ちる音がした。

人の声がする。

俺は目を向けた。

その一瞬、騎士の手元から目が離れた。


「右」


戻したときには、剣が振られていた。

ひかりさんが棒の端で払い、刃の向きを壁へ逃がす。

石が削れた。

俺の言葉は、間に合っていない。


「剣だけ見てれば、ほかが見えない」


桐生さんが、俺の近くへ戻った。

責める口調ではなかった。

分かっていても、できていないことを言われた。


「式神の方、神代さんが見る。お前は、見えるところだけ」


神代さんが短く返事をした。

俺は眼鏡への流れを止め、一度息を吐く。

門の内側の騒ぎまで、自分で見ようとしていた。


起動を使えば、細かく見える。

その代わりに、どこを見続けるかを自分で決めなければいけない。

試験より、選びたいものが多かった。


***


ひかりさんが棒を低く構えた。

騎士の剣を受けず、足へ向かう。

男は踏み替え、剣を身体の内側へ引いた。

棒の先が空を切る。

そのあとで、刃が下へ向いた。


「足元」


俺が言う前に、ひかりさんは跳ねるように離れた。

床へ、短い傷が残る。


「避けるのは、速いな」


騎士が言った。

初めて、こちらの技量について口にした。

ひかりさんは返事をせず、棒の持ち方を変えた。


「こっちで止める。桐生さん、荷物」


神代さんが現地側へ、人を出してもらうよう連絡する。

桐生さんは、横へ回った。

騎士がその方へ向きを変える。

ひかりさんの棒が、腕の外へ当たる。


鈍い音。

男の肩が動く。

でも、剣は落ちない。

強化した身体で、受けている。


そのまま殴り合えば、ひかりさんの力が通る場面もあるだろう。彼女も、それを試そうとしていた。

ただ、棒へ大きく力を乗せる前に、男は俺か、門の向こうの人がいる方へ動く。

誰もいない場所で受けてはくれない。

ひかりさんの肩が、一度だけ上がった。苛立っているのが分かった。


「人がいる方へ、寄りすぎ」


「見えているなら、止めればいい」


男は答えた。

町の人が傷ついても構わない、とは言わない。でも、その人たちがこちらの手を遅くすることは分かっている。

剣の変わった機能だけでなく、相手の嫌がるところを使う人だった。

俺は、起動という段階を覚えたら、その次の段階へ進む道も近くなると思っていた。今は、段階の名前だけでは説明できない差が、足の一歩ごとにあった。

変わった剣だけが強いわけではなかった。


俺は、相手の足へ目を向けた。

力を入れる前に、踏む場所が決まる。

どこへ退くかまで考えて立っている。

剣の流れを読めても、その人の次の判断までは分からない。


***


「調査員、そこの線から出るな」


神代さんの声がした。

俺は足を止めた。

門柱の横の溝へ、片足がかかっていた。

そこへ入れば、戦っている二人の後ろになる。


守ってもらう場所を、自分で狭くしている。

俺は足を戻した。

その瞬間、騎士の目がこちらへ動く。


弱いところを見たのかもしれない。

剣は向かなかった。

でも、彼が立つ位置が少し変わった。

俺の前へ来るには、ひかりさんがこちらへ戻らないといけない角度になる。


「離れて、見てるだけでいい」


ひかりさんが言った。

言葉どおりにすると、戦いへ何もしていない気がした。

それが嫌で、細かく見たくなる。


俺は起動させた。

刃の先へ流れが集まる。

受ける棒の向きが分かる。

曲がるなら、外側へ行く。


「棒の外へ、刃が――」


騎士が手首を返した。

曲がりかけた剣を、その前に引く。

ひかりさんは俺の言葉ではなく、男の身体を見ていた。

棒を引き、踏み込む。

刃は彼女の袖の前で止まり、男も身体を下げた。


言えたのは、使おうとした力だった。

その力を使わずに変える判断が、相手にはあった。


***


桐生さんが門の横へ入った。

騎士の剣を背で受けず、短い道具を相手の手元へ当てる。

ひかりさんが反対側から動く。

二人で囲む。


男は、門へ背を預けなかった。

一歩前へ出て、二人が同時に当てられない位置へ移る。

桐生さんの側へ剣を当て、曲がる先をひかりさんから遠ざけた。

片方を止めながら、もう片方の足を見ている。


足元の石に、さっきの刃の跡がある。そこだけを見ていれば、危ないところは分かる気がした。でも、男の立つ位置が変われば、危ないところも動く。

ひかりさんが棒を振り、桐生さんが短く入る。男は一方を受けず、片方が接触する間だけ剣を使った。

力の量で二人を押し返しているのではない。

受けるときの角度と、次に足を置く場所を選び、二人が同時に力を出せる時間を減らしている。

俺はそのことを報告しようとして、言葉を探した。


「同時に、行けないように」


「分かってる」


ひかりさんの返事は短かった。

見抜くことができても、抜ける方法を渡せていない。言えば役に立つとは限らない。

男の目が、俺の口元へ動いた。次の言葉を待つように、剣の先が少し下がる。空いたと思わせる場所まで、相手に作られている気がした。


俺には、見える。

でも、報告する順番が分からない。

剣と、足と、後ろの荷物。


桐生さんが一度下がり、俺を見た。


「息」


俺は初めて、止めていたことに気づいた。

吐く。

次の言葉が、少し震えた。


「右足へ、集めてます」


「来るな」


桐生さんが言った。

剣が来る。

彼はそれを受けず、身体ごと外へ出た。

今度は、報告が使われた。

でも、その間にひかりさんへ向かう刃の角度が変わった。


一つを見ても、全部を止められない。


男が、俺へ来るように見せて一歩進んだ。

ひかりさんが身体を寄せる。剣は振られない。相手は彼女の移った先を見て、また門の中央へ戻った。

俺は、その一歩で足が固くなった。


「狙ってない。こっち」


桐生さんが男へ声をかける。自分へ注意を戻そうとしている。

男は乗らず、俺を見た。


「新人がいると、道が多くなる」


笑う声だった。

俺は、門の隙間を探した。抜ければ、ここで守ってもらう必要がなくなる。でも、踏み出すところへ剣が戻れば、ひかりさんも動かないといけない。

進むにも戻るにも、人の足を使っている。

眼鏡を通す。細い流れは見えた。なのに、今すぐ自分の足をどこへ置けばいいかが、分からなかった。


***


神代さんが、現地の担当部署へ繰り返し連絡した。

搬出は止めるよう指示が出ている。

騎士は、それを聞く。

ただ、雇い主へ確認するという返事を、時間を稼ぐために繰り返していた。


「君は、この記録を見ているかい」


神代さんが、回収された検査票の控えを示した。


「違法な物の持ち出しを止めている。護衛の契約を否定したいわけじゃない」


騎士は紙へ目を向けた。

剣を少し下げる。

俺は終わるかと思った。


屋敷の奥から声がした。


「そいつらは、現世から来た連中だ。町の設備を止めている」


初めて聞く声だった。

ひかりさんが顔を上げる。

窓の端に、男が立っている。

高い服。光る留め具。

作業着ではなかった。


「ハルヴァル、契約どおり守れ」


騎士の手が、柄へ戻った。

金を払う相手が、まだ仕事を続けろと言った。

傭兵は、それをこちらへ見せるように剣を持ち直した。


神代さんは、今の発言も現地側へ伝えた。

俺は窓の男を見た。

あの人が、オルセンなのだろう。

俺たちへ仕事をさせていた人の顔ではない。

ここで、仕事を止めさせている人の顔だった。


***


窓の男が消えた。


消える前、男は傭兵へ手を上げていた。助けを求めるというより、契約した仕事を続けろと示す動きだった。

傭兵は、それを見て笑った。こちらへ戻るときには、もう俺の顔を見ている。


「まだ、帰る時間じゃないらしい」


俺は家へ戻る時刻を思い出した。相手にとって、ここで足を止める時間そのものが仕事なら、こちらが困るほど得をしている。

神代さんは通信で搬出の先を確かめた。門の前で相手を倒す以外に、止める方法を探している。

ひかりさんの呼吸は乱れていない。でも、彼女も長くここへ置かれれば、奥へ行く人が足りなくなる。

俺は起動を止め、残っている時間を見た。細い流れを見るために、時計まで忘れていた。

下で、荷車の音がまたする。

ひかりさんの目が細くなった。


「待ってる時間、ない」


棒へ伝力が寄る。

先端だけではなく、握る手と身体を通る流れが、一度細く揃った。

俺は起動でそれを追いかけた。

これまでより濃い。

ただ、近くにいる俺の目が、その強さへ引かれる。


「見るなら、私じゃなくて相手」


言われて戻す。

その短い間に、彼女は動いていた。

棒が騎士の剣へ当たる。

刃先が曲がる前に、接触した場所が外へずれる。

門の枠へ、乾いた音が響いた。


男の片足が、初めて大きく下がった。

ひかりさんは追わず、棒を戻した。

その後ろを桐生さんが抜ける。

俺は道が空いたことを見た。


「そこを通って」


神代さんが俺を呼ぶ。

やっと行ける。

そう思ったとき、騎士は引いた剣を持ち直した。

まだ、負けていなかった。


それどころか、男は自分の上着の袖へ一度目を落とした。ひかりさんの棒が当たったところに、薄く粉がついている。

笑いが少し消えた。


「その娘は、安くはないな」


誰へ言っているのか分からない言葉だった。ひかりさんは返事をせず、俺たちが通れる幅へ身体を置いた。

彼女の力を受ければ、無傷では済まない。それは相手も分かっているようだった。

だからこそ、俺の側へ剣を向ける。狙って当てなくても、彼女が戻らなければいけない方へ。

弱い人を守るために強い人が動く、その順番を相手が使っている。

自分だけ逃げれば解決するとも思えなかった。俺が走る先へ相手が寄れば、また二人は追わないといけない。

神代さんが、ここで待つ場所を示した。

俺はそこへ戻った。今はその方が、二人の次の足を選びやすくする。


男の身体へ通る伝力と、剣の形が、今度は一緒に変わった。

俺は足を止めた。

さっき見えていたものだけでは、足りなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。