第28話:正常です、の方が故障してた
二度目の訪問案には、最初から町の名前が入っていた。
工房と、交換部材の受け取り場所。
調査の範囲を指で追い、神代さんへ顔を向ける。
「リーネさんの店も、入ってます」
「交換した品の確認に協力してもらう。本人の了解も取れているよ」
前の訪問で気になったから、と勝手に寄るのではない。
第2班を通した依頼に、町の設備の不調と、現世側へ渡った部材の問題が並んでいた。
戻る時刻もある。
机には、前回の図と、新しい町の地図が並んだ。工房から修理店までの道を、指でたどる。その先の事務所と保管棟は、まだ歩いたことがない。
神代さんは、入口を二つ示した。
「ここから入って、同じ場所へ戻る。現地の担当者との集合も、合わせてある」
「別の品を見るように頼まれたら」
「今回の範囲か確かめる。含まれなければ、持ち帰って相談するよ」
気になる物を見るたび寄り道していたら、行く場所より戻る時間が先になくなる。
俺は余白へ、工房、店、事務所と順番を書いた。調べることも添える。設備の部材。修理品の交換履歴。納入した品の記録。
自分が見たいものだけ並べると、どこでも同じ伝力を探そうとしてしまう。誰へ何を聞くかを書いてみると、必要な目線が違った。
「学校の調べ物みたいですね」
「知っている人へ聞いて、自分で確かめる。そこは似ているかもしれないね」
神代さんは、地図を俺へ返した。次に歩く場所を、まだ覚えたつもりにはならず、見直せるように畳んだ。
俺は学校の予定と重ならないことを確かめ、認証具の許可区域をもう一度見た。
ひかりさんが、俺の机の向こうで靴紐を結んでいた。
「今度は、私も」
「当番は」
「替わってもらった。調査で護衛が増えるから、って」
神代さんが、先方から来た追加の報告を示した。
部材の検査を頼んだあと、保管場所を変えるという連絡が出たらしい。
動くなら、先に確認したい。
現地の担当部署も調べているが、全部へ人を置く余裕はないという。
「警戒する理由があるから、行く。危なそうだから、君たちで追いかけろという話にはしない」
神代さんは俺へ言い、ひかりさんへも目を向けた。
二人とも、返事をした。
***
ヴェルネの通りには、前と同じ飾りがあった。
灯りを吊るす金具が、白い壁から伸びている。
今日はひかりさんがいるので、俺は足元と通りを見ながら説明した。
「あの先が、リーネさんの店です」
「覚えてるんだ」
「一度、歩いたので」
「よその班へ初めて行った日より、案内してる顔」
少し嬉しくなり、角を曲がりかけて止まった。
荷物を持った人が、向こうから出てくる。
道を空けると、ひかりさんが俺の後ろで小さく笑った。
店では、リーネさんが作業台を二つ空けて待っていた。
客の品には布を掛け、調べる物だけを端へ寄せている。
俺たちを見ると、少し申し訳なさそうに頭を下げた。
「何か悪い物を、そっちへ送ってしまったんでしょうか」
神代さんは、まだ分かっていないと答えた。
「だから、確かめに来ました。直した人を、先に責めるためではありません」
リーネさんの肩が、わずかに下がった。
俺はその言葉を聞いてから、作業台の品を見た。
同じような灯りでも、伝力の残り方は違う。
新しく替えたところへ、流れが集まる物がある。
そこから先へ、うまく渡らない。
「ここと、これ。止まるところが似てます」
エイリクさんが、横へ立った。
彼も今日は、店へ来ている。
部材の品番と、交換した日を確かめ、リーネさんへ聞いた。
「前の物は、残っていますか」
「戻すように言われて、回収されました。交換なら、それが普通だから」
エイリクさんは、すぐに変だとは言わなかった。
引き取りの紙を見せてもらう。
俺は灯りから、リーネさんの手元へ目を移した。
彼女の指は、部材の置き場所を迷わなかった。外した物を布の端から並べ、一つだけ転がりそうになると、向きを直す。この手が、戻ってくる品のたびに疑われたのかと思った。
「前は、どれぐらい使えてたんですか」
リーネさんは灯りの底を見せた。持ち主がつけた小さな印がある。
「何度も直して、長く使ってる。前は、ここを替えるだけでよかった。最近は、同じようにしても戻ってくる」
古いから、と言えば、それで済んでしまう。でも、戻る品は灯りだけではない。
エイリクさんは、交換した日が分かる物を別の側へ寄せてもらった。札を読んでもらい、神代さんが控えへ足していく。
俺は触らず待った。見えるからといって、今どの物を見てよいかまで、自分で先に決めるわけではなかった。
***
リーネさんは、同じ品を直すときの順番を見せてくれた。
灯りの覆いを外す。持つ場所を変える。
触れてはいけないところを指で示してから、細い道具を当てる。
俺は、伝力の変化が始まる前の動作も見た。
「ここを押さえないと、先だけ動くの。部材がよくても、使い方が悪ければ壊れる」
その言葉だけなら、検査の紙に書かれた説明と似ていた。
でも、リーネさんは自分の手で、違いを見せてくれる。
正しく使うと、どこまで流れるか。
間違えると、どこで止まるか。
俺は眼鏡へ細く伝力を通した。
彼女が押さえ直すと、流れは先まで行った。
ただ、新しい部材の内側で、途中から薄くなる。
「持ち方を直しても、ここは変わってません」
リーネさんは俺を見た。
少し黙ってから、もう一度だけ同じ動作をした。
俺も、もう一度見た。
「同じです」
その返事で、彼女は息を吐いた。
喜ぶのとは違う顔だった。
自分の手が悪いだけではなかった、と確かめているように見えた。
エイリクさんが部材を調べる間、俺は紙へ場所を描いた。
前なら、ただ詰まっている、と言ったと思う。
今は、流れる前の動作と、流れなくなる部分を分けて描ける。
使い方を知らないまま見ていたら、両方を同じ異常だと思っただろう。
ひかりさんは入口に立っていた。
手を動かす人の邪魔にならず、通りの方も見える位置だ。
俺は図を描き終え、見ていたものから顔を上げた。
入口も、足元も、なくなっていなかった。
***
次に行ったのは、交換を請け負う事務所だった。
広い窓。磨かれた床。部材を並べた棚。
看板には、オルセンという名前がある。
受付の人は丁寧に椅子を示したが、奥へ行ってから戻るまでに時間がかかった。
「担当の者が不在でして」
神代さんが、事前に連絡した相手の名を出す。
受付の人は紙を見て、もう一度奥へ入った。
桐生さんは椅子へ座らず、壁の掲示を見ていた。
検査済み。交換済み。
そういう札が、こちらにはたくさんある。
奥から出てきた男は、作業着の袖を下ろしていた。
指先には、リーネさんと似た傷がある。
「灯りの件なら、扱い方を説明しましたよ」
「交換前後の記録を確認したいんです」
神代さんが答え、現地側からの依頼の紙を見せる。
男は署名を見てから、机へ手を置いた。
「記録は、検査担当が」
「では、その方にも」
声は大きくなかった。
それでも、男の手が一度止まった。
俺は机の下を見た。
椅子の脚に、作業台で見たのと似た薄い残りがある。
部材を置いた場所かもしれない。
でも、似ているだけで、誰が何をしたかは分からない。
俺は神代さんへ、見えた場所だけを短く伝えた。
***
現地の担当者が来るまで、俺たちは表の部屋で待った。
受付の横には、交換した品の見本が並んでいた。綺麗な棚で、説明の札はどれも新しい。リーネさんの店の、何度も書き直された札とは違った。
俺は見本を指し、これと納めた物は同じか聞いた。
「同じ仕様です」
受付の人は、何度も使った答えのように言った。俺は棚の見本から目を離し、窓口の端へ置かれた別の紙を見た。
客からの問い合わせらしい。折り返しの印がついた物が、何枚も重なっている。
「壊れたって相談は、ここにも来ますか」
聞くと、受付の人は一瞬口を閉じた。
「来ます。使い方の確認へ回すことになっています」
「回したあと、直ったかは」
その人は答えなかった。分からないのだと、少し待ってから言った。
苦情を受ける人と、修理する人と、部材を決める人が離れている。困った人の声が、途中までしか届かないこともあるのかもしれない。
神代さんは、相談を受けた記録が残っていれば、現地の担当者へ渡してほしいと頼んだ。
受付の人は奥を見て、それから小さくうなずいた。
受付の人は答えた。
「全部、ここで検査を?」
「担当が、確認しています」
誰が、どこを見たかまでは出てこなかった。受付の人が悪いと決まったわけではない。聞かれたときにそう答えるよう、教わっているのかもしれない。
神代さんは、それ以上同じ質問を繰り返さず、担当者が来てから確認すると伝えた。
待つ間、奥から紙をめくる音がする。机を動かす音もした。何をしているか、ここからは見えない。
俺は窓と廊下の両方を見ようとして、目が忙しくなった。
「出入口を、分ける」
桐生さんが小さく言った。
自分は廊下、ひかりさんは通り。俺は神代さんのそばで、聞かれたときに図を出せるようにする。
見張る場所を決めると、受付の人の言葉も、ちゃんと聞けるようになった。
窓の向こうで荷車が動く。
部材の入った箱が、建物の横へ運ばれていた。
札には、別の保管場所へ移すと書かれているらしい。
エイリクさんが、その文を読んだ。
「今日、運び出す予定ではなかったはずです」
桐生さんが入口へ向かい、神代さんが連絡を入れる。
ひかりさんは、俺を窓から少し下げた。
「外ばっかり見ない。中も」
振り向くと、さっきの作業員が廊下の奥へ入っていく。
見えていた伝力が、扉で隠れた。
俺は追いかけず、方向を伝えた。
現地の担当者は、先に二人だけ来た。
そのうち一人が、入り口で身分を示す。
受付の人が青い顔をして、紙の束を持ってきた。
「資材の記録はこちらです。私は、渡された物を」
受付の人は、紙を持つ手を少し震わせていた。資材の男が見ている方へ、顔を向けないようにしている。
神代さんは、渡された書類をすぐに全部広げず、まず座る場所を示した。
「順番に聞きます。今、この場で分からないことは、分からないままでいい」
その人は、膝の上へ手を戻した。
俺は、記録を出したことだけで、全部を知っている人だと思いかけていた。紙を扱う仕事をしていても、中身の不正まで知っているとは限らない。
同じ事務所へ入っただけで、人の役目を一つにしないよう、顔をもう一度見た。
男が途中で口を挟む。
「余計なことを言わなくていい」
その声で、部屋の空気が変わった。
神代さんは受付の人を男から離し、椅子へ座るよう促した。
現地の担当者が、紙の束を受け取る。
俺たちが勝手に押収するのではない。
その場で、扱う人が変わった。
***
検査の記録には、同じ日付の修正が重なっていた。
エイリクさんは、すぐに不正だとは言わなかった。紙の上で日付が揃うこと自体は、まとめて検査したときにもあるらしい。
代わりに、修正前の記録が残っているかを尋ねた。資材の男は、古い紙は捨てたと答えた。
受付の人が、引き出しの方へ目を向ける。
俺は、その目線を見た。でも、勝手に開けるわけにはいかない。
神代さんへ伝えると、現地の担当者が聞き直した。
「控えも、全部ですか」
受付の人は、少し待ってから答えた。
「お客さんに渡す前の物なら、一部、残っています」
出された束は、折り目や端の色が違った。使い続けていた記録らしい。
新しい紙と並べると、部材の数が合わないところがある。俺には全部の文字が読めないので、エイリクさんに読んでもらった。
「こちらは回収、こちらは交換。回収した物が、全部同じ数になっている」
数を追う仕事には、俺の眼鏡は役に立たない。普通の文字を読める人と、内容を理解する人が必要だ。
俺は机の端で、比較している紙が混ざらないよう、使ってよい空き場所を尋ねた。置き場所を作るだけでも、会話が少し進んだ。
資材の男は、その間、入口へ顔を向けていた。窓の外の荷車が、また動く。
ここで記録を見ている間にも、品物が別の場所へ行く可能性がある。
神代さんが通信の道具へ手を添えた。数字を読む人と、外を止める人が分かれた。
エイリクさんが部材の型を確かめる。
窓口にいた作業員と、検査担当、資材を回す人。
別々の名前が、同じ荷物のところで並んでいる。
「古い部材を回収して、全部処分した、ですか」
担当者が聞くと、資材の男はすぐにうなずいた。
「そう書いてあるでしょう」
「では、運び出す箱は」
男は返事をしなかった。
その向こうで、戸が閉まる。
俺は音へ振り返った。
机を片づける音ではない。
横の倉庫で、重い物を動かしている。
神代さんが通信の道具へ指を添える。
現地の担当者は、別の保管庫にも人を回していると言った。
全部が同時に動くかもしれない。
担当者は、資材の男へ運び出しを止めるよう伝えた。男は、予定されていた仕事だと答える。
「では、予定の書類を見せてください」
言われると、男は机の引き出しを開けた。中には紙がある。でも、すぐに一枚を選ばず、束の端を何度もずらしている。
俺はその手を見て、焦っていると決めかけた。探しているだけの可能性もある。
神代さんは、今見せられる物を出してもらい、残りは後で確認すると言った。相手の顔より、記録を残す順番を見ている。
隣の窓口では、別の受付の人が、いつもの客へ謝っていた。部材を受け取りに来ただけの人らしい。手には小さな袋がある。
今ここで何が起きているのか、全部知らされてはいない。
神代さんは現地の担当者へ、通常の客を下げる場所も頼んだ。
建物全部を不正な人の場所だと思うと、その人たちまで邪魔な人に見えてしまう。
俺は椅子を端へ寄せ、窓口から出る人の通路を空けた。
ここへ集めたら、ほかが空く。
「責任者のオルセンは、どちらですか」
神代さんの問いに、受付の人が奥を見た。
その目線だけで、桐生さんも動いた。
俺は地図を出す。
奥の棟も、今回の許可区域に入っている。
行ってよい場所であることと、安全な場所であることは、別だった。
***
廊下へ出る前、年配の男が正面から入ってきた。
擦れた上着。少し曲がった襟。
目の下に疲れがあり、片手には、飲み終えた容器を持っていた。
入口で現地の担当者が、その男へ顔を向ける。
「ヴェーガンさん、もう一方の保管庫が」
「聞いた。そっちの人員は戻すな」
男は容器を置き、神代さんの書類を見た。
外側の人間らしく顔立ちは整っていたが、眠っていない人の顔だった。
「現世の調査員か。ここから先、勝手に触るなよ」
神代さんは名乗り、目的を短く説明した。
男は最後まで聞くと、桐生さんの道具へ目を向けた。
「護衛はできるな。こちらは各所へ散らしている。何か動いたら、先に知らせろ」
ひかりさんが、棒の袋を持ち直す。
男はそれも見たが、強さを比べる話はしなかった。
「逃げる相手と、荷物を運ぶだけの奴を、間違えるな」
俺は、その言い方へ少しむっとした。まだ誰も追っていないのに、間違えると決めつけられたように思えた。
でも、荷車のそばには、さっきから何人も出入りしている。札を読む人。箱を積む人。言われた方へ車を押す人。
その中の誰が事情を知っているかは、顔に書いていない。
ヴェーガンさんは俺の返事を待たず、現地の担当者へ別の保管庫の状況を聞いた。
「二人残せ。物が見つかっても、そこで勝手に運び始めるな」
命令の一つずつが、今ここで起きそうなことへ向いている。
年を取って疲れて見える人だったが、疲れたから判断まで遅くなっているわけではなかった。
俺は自分の地図へ目を落とす。奥へ行く道だけでなく、戻ってくる人が通る道も確かめた。
言い残し、奥の窓へ向かった。
俺はその背中を見た。
助けてくれそうな人なのか、命令する人なのか、まだ分からない。
ただ、部屋へ入ってすぐに、残る人と行く人を決めていた。
***
横の棟から、金属の落ちる音がした。
廊下の先で、誰かが走った。
俺は眼鏡へ通す前に、入口の位置を見た。
現地の担当者が受付の人を下げ、エイリクさんもその側へ寄る。
「私たちは、奥の搬出路を確認する」
神代さんがヴェーガンさんへ伝えた。
返事が来る。
人を追いかけるより、先に動かしている荷物を止めたいらしい。
桐生さんが先へ出た。
ひかりさんが俺の横へ立つ。
俺は地図を畳み、見える廊下へ目を向けた。
灯りは、どこも同じように明るかった。
でも、床へ残る伝力の向きは、一つだけ違う。
人が立ち止まり、力を使った跡がある。
「あの扉の前です。何か、固定したみたいに」
俺が言うと、桐生さんが手を止めた。
扉の取っ手へ触れかけたところだった。
向こうから、声がした。
「立ち入りは禁止です」
聞き慣れた事務の口調だった。
そのあとで、扉の金具が、内側から強く締まった。




