第24話:異世界出張にも帰宅時間があります
第6班の診療所には、待ち時間の案内が貼ってあった。
受付の横に、町の予防接種のお知らせもある。
椅子へ座るおじいさんが、新聞を畳んだ。
俺は、待合室の前で足を止めた。
「こちらへどうぞ」
白衣の人が、廊下の奥を示した。
神代さんと一緒に、一般の待合とは別の部屋へ入る。
作業員の二人は、先に診てもらっていた。
大きい怪我にはならなかったらしい。
廊下の向こうから、小さな子供の声がした。
注射が嫌なのか、帰りたいのか、ここからでは分からない。受付の人が、名前を呼び直している。
俺の入った部屋には、荷物を置く籠と、壁際へ寄せた椅子があった。鞄を籠へ入れると、眼鏡のケースが端へ当たった。
倉庫から持ってきた物は同じなのに、置く場所が変わると、自分もやっと仕事場から出た感じがした。
「上着、脱げる?」
「はい」
袖を抜こうとして、少し引っかかった。
神代さんが鞄の紐を椅子の背から外してくれる。さっきまで俺は、紐を肩へ掛けたまま座っていた。
「そんなに急いで帰らなくていいよ」
俺は、外した上着を膝へ置いた。
手の指には、まだ通信機を押していた感触がある。
帰る前に何を言えばいいか、誰の返事を待つべきか、頭の中だけが倉庫の順番を続けていた。
白衣の人は、そのまま少し待ってから、腕を出すよう言った。
座り直すと、ようやく倉庫の中で入っていた力が抜けた。
俺も、腕を見てもらった。
箱が落ちたとき、壁へ当てた場所に薄い擦り傷がある。
痛いというより、上着が触れると気になる程度だった。
白衣の人は、俺が見たものと、触れたものを別々に聞いた。
傷の大きさだけでは、確認することが決まらないらしい。
「今日は、気休めの手当てを増やして、また動こうとしないでね」
言われて、俺は、自分で少し楽にしようとしていたことを話した。
神代さんが横でうなずく。
「本人の練習の範囲も、戻って確認します」
診療所へ来ると、覚えた力を使わないように言われることもある。
それは、学校で聞く、無理をしないという言葉より、具体的だった。
俺は腕を下ろし、部屋の椅子へ戻った。
***
廊下で、坂田さんと深町さんに会った。
作業員の引継ぎを終えたところらしい。
坂田さんは、傘の袋を足元へ置いていた。
深町さんは、壁の時計を見ている。
「腕、大丈夫でした?」
坂田さんに聞かれ、俺はうなずいた。
さっき言われたことまで話す。
途中で長くなったが、坂田さんは、最後まで聞いてくれた。
「じゃあ、今日は戻っても、無理はなしですね」
深町さんが顔を向ける。
「第11班って、戻ってから仕事増える?」
俺は少し考えた。
「日によります」
「桐生さん、今日も帰るの早そう」
神代さんが、口元を少し曲げた。
「本人へ確認する分は、本人へ残すよ」
俺は、少し安心した。
深町さんは坂田さんを見て、傘の袋を指す。
「縁の修理、私が連絡した。次の当番までに見てもらえる」
「ありがとう」
坂田さんは袋を持ち上げ、俺にも少し見せた。
あの箱を受けたところに、細い傷がある。
「道具を見せるなら、こういう所も見てもらった方がいいです」
ただ大きい傘ではなかった。
受けたものの分だけ、手入れが増える。
眼鏡の掛け方を直してもらった俺にも、少し分かる話だった。
深町さんが携帯へ返事を入れる。
坂田さんは、作業員のいる部屋から人が出るのを待った。
急ぐ人と、待つ人。
今日は、どちらの手も仕事をしていた。
***
数日後、外側から調査協力の依頼が届いた。
俺に最初に伝えてくれたのは、神代さんだった。
まだ、訪問が決まったわけではない。
必要な確認をして、班長会議でも話すという。
「俺も、そこへ行くんですか」
聞くと、神代さんは首を振った。
「会議は班長たちの仕事だよ。君には、今日の予定を聞かせてほしい」
俺は携帯の予定表を開いた。
学校。家。研修の続き。
知らない世界へ行く話が来ても、そこへ書いてあるものはなくならない。
神代さんは、帰宅時間だけでなく、学校の試験の予定も聞いた。
一方、黒江班長と秋庭さんは、いつもより早く部屋を出た。
班長は書類を薄い鞄へ入れ、副班長は筆記具を何本か確かめている。
二人とも、武器を持って現場へ向かう姿ではなかった。
「今日は、予定どおりの巡回でいい。追加が来たら連絡する」
黒江班長が神代さんへ言った。
秋庭さんは、俺が開いていたノートへ目を向ける。
「あの境目、図にしてくれたのね。戻ったら見せて」
そう言い、班長のあとへ続いた。
扉が閉まる。
俺たちは、残った机へ座った。
上の人がいなくても、今日の第11班は動いていた。
***
――同日、支社本部。黒江泰成。
会議室の机には、班ごとの薄い資料が置かれていた。
班長の席が、十四ある。
全員の資料が同じ厚さではない。
黒江は、第11班の番号のある場所へ座り、搬送設備の事故の頁を開いた。
会議前に覗いた隣の部屋では、副班長たちが待機していた。
秋庭は、第5班の副班長から、外した部材の確認の話を聞いていた。
部屋を往復して説明するより、そこで合わせた方が早い。
ただ、班長が決めることまで、隣室へ移るわけではなかった。
支社長の御影司が、会議室の扉へ顔を向けた。
入ってきた人へ、席を示す。
黒江も、顔を上げた。
中央の隊長だった。
持ってきた鞄は、一つ。
護衛の列も、目立つ飾りもない。
机へ座り、支社長の用意した進行表へ目を通した。
「予定の報告から、お願いします」
その一言で、会議が始まった。
外側の事故のために、中央が戦いに来たわけではない。
来訪は、前から決まっていた。
中央の持ち場には、中央の人員が残っている。
支社で収束した案件を、中央の功績へ持ち替える話でもなかった。
黒江の順番になった。
作業員二人の状態。
干衝体の対処。
設備の停止と、応急の調整。
外側から来た比較調査の依頼。
必要な順で、短く伝える。
「現地で見た班員を、先方は求めています」
黒江は、依頼書に添えられた推薦状も机へ出した。
エイリク男爵の署名がある。現地で遼悟が報告した変化と、それが作業のどこで役立ったかが、短い文で記されていた。
「推薦は届いています。ただ、本人は未成年で、認証の試験はこれからです」
御影が、添付された予定の欄を見る。
「では、訪問日はまだ確約できませんね」
「はい。条件を満たしてから、先方と改めて調整します」
黒江は答えた。
必要とされていることと、今すぐ送り出せることは、別だった。
隊長は、依頼の紙を見た。
「行き先と、調査の範囲は」
御影が、先方の回答を添えた。
送り側の工房。設備の周辺。日帰りの予定。
随行する人員と、帰還の手続。
黒江は、自分の班の調整案を示した。
隊長は、戦闘力の順位から聞かなかった。
「調査が延びたとき、こちらへ戻る判断を誰がしますか」
「随行する神代が現地で判断し、私へ報告します」
「目的以外の依頼を受けた場合は」
「その場で追加を引き受けず、第2班へ回します」
隊長は、紙の一箇所を指した。
「見学と協力の範囲が、ここで混ざっています。先方へ確認してください」
黒江はその場所を確かめた。
御影が、先方から届いた別紙を机の中央へ寄せた。
「調査場所は提示されています。ただ、案内の時間が、帰還予定の直前です」
黒江は指先で頁を送った。
先方の予定では、調査がすべて時間どおりに終わる。移動に迷うことも、もう一度確かめる必要が出ることも、書かれていなかった。
「現場の技師は、比較が必要だと考えています。そこは、こちらも同じです」
「ええ。協力そのものを断る話ではありません」
御影の返事を聞き、黒江は調査の欄へ目を戻した。
倉庫で班員が見た変化には、説明のついていない部分がある。放置した設備を、確認したつもりで再び使われるのも困る。
行く理由はある。だからこそ、行けば何でも引き受ける人員として送りたくなかった。
隊長が、黒江の持ってきた図を見た。
「現世側で作業を止めた判断は、維持してください。訪問の決定と、設備の再開は別です」
黒江はうなずいた。
倉庫に掛かった停止の札は、招待を受けたから外せる物ではない。
机の端で、隣の班長が資料へ短い線を引いた。会議室は静かだったが、誰もただ座って聞いているだけではなかった。
比較調査のあと、工房周辺を案内する、とある。
その下に、別の設備の確認も相談したいと書かれていた。
一枚の招待状の中で、仕事が増えている。
「確認します」
隊長はうなずいた。
中央の人を一人、付けて解決させるとは言わなかった。
支社が担当できることを、支社が引き受ける。
その範囲を、先方の都合だけで変えさせないための確認だった。
***
会議が終わると、秋庭が隣室から出てきた。
手元に、小さな図が増えている。
「どうでした?」
「追加の確認をしてからだ。こちらの人員は、神代と桐生を考えている」
「遼悟くんを、送り側でも見てもらう話ね」
「ああ。本人の予定と、親への説明も合わせる」
秋庭は図へ目を落とした。
受け取り側の接続に、短い線がいくつか足されている。
「普段の確認では、見えなかったのね」
その声へ、黒江は少し目を向けた。
「今回は、調査の枠から外すなよ」
秋庭は顔を上げ、穏やかに笑った。
「私は、送られる人じゃないでしょう」
黒江は返事をせず、鞄へ資料を戻した。
隣室の図も、会議の紙も、持ち帰るものがある。
廊下では、隊長と支社長が別の確認をしていた。
どこへ戻るのか、ここで説明する必要はなかった。
黒江は歩き出した。
第11班では、帰りを待つ仕事が残っている。
***
会議から戻った黒江班長たちの確認を経て、数日後。
「外側へ行くための申請を進めよう」
神代さんが、机へ紙を置いた。
俺は鞄を椅子へ下ろし、紙の上を見た。
エイリクさんの名前がある。その下の署名は読めなかったが、隣に添えられた説明には、倉庫で俺が見たことが書かれていた。
「推薦、届いたんですね」
「うん。計測では拾えなかった変化を、作業を止める前に伝えてもらえた、と書いてある」
あのときは、見えている場所を言うだけで精一杯だった。
道具を持っていたのは、エイリクさんたちだ。そんなふうに書いてもらえることを、俺は少し意外に思った。
「これで、いつ行けるんですか」
神代さんは、紙の下の方へ指を移した。
空欄があった。
「そこは、まだ。君は、認証具の発行に必要な試験を受けることになる」
俺は、読んでいた場所を戻した。
推薦の署名はある。
試験の結果を書く欄には、何もない。
「推薦があれば、いいわけじゃないんですね」
「未成年は、試験と推薦の両方が必要なんだ。推薦してくれるのは、外側で爵位を持つ人か、こちらの班長。今回はエイリク男爵の推薦があるから、そちらの条件は満たせる」
男爵だと聞いたときは、作業着との違いに驚いた。
今は、俺の名前と並んだ署名を見ている。
あの道具箱を持つ人が、俺の仕事を見て、自分の名前を出してくれた。
「試験って、戦うんですか」
「戦えるかだけで決めるものではないよ。逃げる、調べる、捜す。外側で仕事をするための技量を、実際に確かめてもらう。君の場合は、まず捜索や調査の技能を生かす受け方を考えている」
それなら、と言いかけた。
倉庫で、見つけることはできた。
でも、次の欄で言葉が止まった。
起動段階の習得。
伝力を通す練習なら、もうしている。
眼鏡にも、通せる。
俺は、鞄の中のケースへ目を向けた。
「これ、俺は、まだ足りないんですか」
「道具へ伝力を通せることと、その道具の機能を、意図して安定して引き出せることは、同じではないんだ」
神代さんは、俺のケースを取り上げたりはしなかった。
俺が自分で眼鏡へ触れたのを見てから、続けた。
「今までできていることは、なくならない。その先を、試験の場でもできるようにする必要がある」
少し、唇を結んだ。
呼んでもらえたから行けると思っていた。
その手前に、自分で越える場所が残っていた。
***
「午後八時前に、家へ帰れる範囲」
ひかりさんが、俺の手元の紙を見て言った。
壁の時計は、まだ夕方の六時にもなっていない。
窓の外では、向かいの建物の灯りが一つずつ増えていた。
「向こうを八時に出ればいいんじゃないからね」
「そこは、分かります」
「じゃあ、その予定、帰り道も足して」
神代さんから渡された訪問案には、工房で調べる時間と、帰還する予定があった。
戻ってから駅へ行く。電車に乗る。家まで歩く。
その時間は、俺が書く欄だった。
携帯で調べながら足していくと、工房にいられる時間が少し短くなった。
「思ったより、早く出ないと」
「だから、何でもついでに引き受けないの」
ひかりさんが、依頼書の余白を指した。
工房周辺の案内。その下に、別の設備についても相談したいという文がある。
そこには、確認中を示す線が引かれていた。
神代さんは、技師本人が書き足した要求ではないと説明した。
手配する部署の人が、来るならほかも、と考えたらしい。
「こちらが受けるのは、まず比較調査。君が試験に通って、日程を組めることになってから、時間も確定させる」
俺は、紙の端へ仮の帰宅時刻を書いた。
技師の感謝と、手配する人の都合は、一枚の中に入っている。
どちらに返事をしているのか、間違えないようにしなくてはいけなかった。
扉が開き、桐生さんが入ってきた。
机の書類へ目を落とすと、俺の隣の椅子を引いた。
「試験か」
「捜索とかを見てもらうみたいです。あと、起動を」
「なら、先に道具を決めて練習だな」
俺は眼鏡を外した。
レンズ越しでなくても、桐生さんの輪郭には伝力が見える。
眼鏡を掛ければ、今までとは違う何かができるのだろうか。
顔へ戻しても、机の上の書類が勝手に読みやすくなったりはしない。
「今から一週間、使えますか」
神代さんへ聞いた。
携帯の予定表には、学校と、いつもの研修が入っている。
消していい予定ではない。それでも、放課後に空いているところはあった。
「試験の日程を確認するよ。ただ、その日に間に合わせるために、できないことをできたことにはしない」
「はい」
返事をすると、ひかりさんが俺のノートを机の端から寄せた。
「今日は予定まで。明日から、ちゃんと時間を取ってやる」
「少しぐらい、今からでも」
「急いで通せばできる、って練習にしないの」
俺は口を閉じた。
ひかりさんはノートの空いた頁を開き、筆記具をこちらへ向ける。
「今、何ができるか。そこから」
桐生さんが、少しだけ笑った。
「眼鏡掛けるところから、やり直すなよ」
「そこは、第5班で直してもらいました」
言い返すと、ひかりさんも俺の眼鏡を見た。
今日は、鼻のところへ戻す必要はなかった。
それぐらいの変化は、もうあった。
***
その晩、俺は食卓で、外側へ行く話が来ていることを話した。
最初は、研修の場所が少し遠くなる、と言おうとした。
でも、まだ行けると決まったわけでもない。
遠いのかどうかさえ、俺には分からなかった。
母は、俺の説明を途中で止めなかった。
父も箸を置き、姉は冷蔵庫から出した麦茶を俺のコップへ注いだ。
「試験に通ったら、神代さんと桐生さんが一緒に行く案になってる。泊まりじゃなくて、帰ってくる」
そこまで言うと、母がうなずいた。
「神代さんから、説明してもらったわ」
コップへ伸ばしかけた手が止まった。
「いつ」
「外側へ行くかもしれない話は、今日。あなたが何をしているのかは、もっと前」
父が、横から続けた。
「アルバイトだけの話ではなかったからな」
二人の顔を見比べた。
うまく説明できているつもりだった。
姉が麦茶のボトルへ蓋をする。
「説明、頑張ってたのは分かる」
慰められた感じがしなかった。
「じゃあ、俺が研修って言ってたときも」
「研修はしてたんでしょう」
母の返事に、俺はうなずいた。
「それは、そうだけど」
「言いにくかったことが、残ってたのね」
叱られると思っていたので、次の言葉を用意できなかった。
父は冷めかけた味噌汁の椀を取り、一口飲んでから置いた。
「お前からも、聞きたかったんだ。試験があるなら、まずそこからだろう」
俺は鞄から申請の控えと、訪問案を出した。
姉が醤油差しを横へ寄せる。
署名のある紙が、家の皿とコップの間へ入った。
「この人が、推薦してくれた」
名前を指し、倉庫であったことを話した。
設備を直したのは技師で、俺は変わったところを伝えていたこと。
その続きを、向こうでも確かめてほしいと言われたこと。
母は、俺が話し終わってから、紙へ目を落とした。
「あなたが何を見ていたか、この人は聞いてくれたのね」
「うん」
「私は見えないけど、どこで誰と何をするかは、聞けるでしょう」
俺は、返事を探してから、もう一度うなずいた。
家へ帰ると普通だったのは、俺が隠せていたからだけではなかった。
父は、まだ確定していない出発時刻より、帰宅の欄を先に見た。
「遅れるなら、分かった時点で連絡してくれ」
「携帯が、そのまま使えるかは、まだ聞いてない」
「じゃあ、それも確認しておいて」
母が余白へ書き足す。
連絡先。帰る時間。
姉は紙の向きを変え、申請の欄をのぞいた。
「それで、受かりそうなの」
「これから、練習する」
「学校の方まで、これからにならないようにね」
俺は、食卓の下で少し足を引いた。
携帯の予定表には、学校の小テストもある。
異世界へ行くための試験を理由にして、そちらがなくなるわけでもなかった。
母が、俺の前の皿を少し寄せた。
「まず、食べて。行く日が決まったら、そのときに持っていく物も考えましょう」
弁当が要るのか、写真を撮ってもいいのか。
まだ分からないことは残っている。
それを、行くことが決まる前から一緒に考えてくれる人がいた。
俺は紙を畳み、味噌汁へ手を伸ばした。
***
翌日の放課後、練習用の部屋へ入ると、ひかりさんが床の荷物を壁際へ寄せていた。
机は一つ。椅子は二つ。
倉庫の棚も、外側へ通じる柱もない。
見慣れた床の上に、何も置かれていない場所ができている。
「推薦状、持ってきた?」
聞かれて、俺は鞄を持ち上げた。
「控えなら」
「それは鞄でいい。今日は、眼鏡」
少し恥ずかしくなって、ケースを出した。
申請の紙は、人に俺を説明してくれる。
でも、この部屋で何ができるかまでは、代わりに見せてくれない。
神代さんが入口から顔を出した。
「試験の日程は確認中だよ。一週間を目安に練習は組むけれど、受けられるかは仕上がりを見て決めよう」
俺は返事をして、鞄を壁際へ置いた。
エイリクさんの署名がある紙と、倉庫で描いた図が重なっている。
その上へ、眼鏡の空のケースを戻した。
ひかりさんが、俺の前で足を止める。
「まず、いつもどおり通してみて」
俺は眼鏡を掛けた。
顔の上で、位置はずれなかった。
外側へ行く最初の一歩は、まだ先だった。
今日踏み出すのは、見慣れた床の上だ。




