第22話:よその班はカフェ代が浮く(重要)
第5班の店には、普通に値札がついていた。
電池。結束バンド。小さなドライバー。
入口の横には鍋つかみが並び、その隣では、色違いのマグカップが二つ買うと安くなるらしい。
杯を取り戻すために駆け回ったあとだったので、値段と品物が同じ場所にあるだけで安心した。
「眼鏡なら、ここじゃない」
桐生さんが、俺の顔を見て言った。
俺は、上着のポケットからケースを出す。
「こっちを見てもらうって、聞いてます」
「分かってる変な顔してるから言っただけだ」
どういう顔なのかは、聞かなかった。
レジの女性がこちらへ会釈する。桐生さんが用件を伝えると、女性は内線の電話を取った。
そのまま俺へ、修理の受付票を渡してくる。
「奥の担当が来ますので、少しお待ちください」
眼鏡のどこが困っているかを書いた。
歩くとずれる。伝力を通すとき、右側へ意識が寄る。
二つ目を書いていいのか迷っていると、作業着の人が棚の間から出てきた。
「こっちで聞くよ」
店の奥の扉へ案内される。
その先では、機械の低い音がしていた。
壁へ工具が掛けられ、机の上には、俺には名前の分からない部品が並ぶ。
売場で流れていた音楽は、扉を閉めるとほとんど聞こえなくなった。
代わりに、奥の台から、一定の間隔で小さな金属音が聞こえた。
一人が細い部品を削り、もう一人が、ばらした道具を布の上へ並べている。顔を上げて挨拶したあと、二人とも手元へ戻った。
壁の時計の下には、受け取り待ちの袋がいくつも掛かっている。その一つには、俺の知っている第11班の番号があった。
「ここで、全部作ってるんですか」
「全部は無理。直せる物を直して、作れる物を作る。外へ出てる担当もいるよ」
作業着の人が、机の端に置かれた椅子を引いた。
腰を下ろすと、表の売場から見えなかった小窓があった。向こうでは、客が電球の箱を二つ比べている。
同じ建物で、普通の買い物と、俺の眼鏡の相談が進んでいた。
「こっちへ来るの、初めて?」
「はい。武器とかを、受け取る場所だと思ってました」
「電池が切れたら通信機も困るだろ」
桐生さんが、椅子の背へ手を置いた。
俺は売場にあった電池の棚を思い出した。戦うときの道具ばかりを想像していたけれど、連絡するための物も、歩くための靴も、使っているうちに傷む。
担当の人は、俺のケースを置く場所に布を一枚敷いた。
大事な道具として扱ってもらえるのは嬉しい。ただ、眼鏡にまで変な才能が出た身としては、どこを見られるのか、少し身構えた。
担当の人は俺の眼鏡を受け取ると、すぐ分解はしなかった。
掛けたところを見せて、と言う。
俺が顔へ戻すと、横から、耳に当たる部分を見る。
「先に、こっち。力を通す前からずれてる」
桐生さんが、隣で小さく笑った。
俺は、その顔を見ないことにした。
調整された眼鏡を掛けると、鼻のところへ入っていた力が抜けた。
自分では、伝力をうまく扱えていないせいだと思っていた。
普通に掛け方が合っていなかったらしい。
「一回、下を向いてみて」
言われたとおりにすると、机の端が視界へ入った。顔を戻しても、眼鏡は同じ場所にあった。
さっきまでは、鼻へ戻すために指を使っていた。そのたびに、持っている物から片手を離していたことも思い出す。
「伝力の方は、これで直ったんですか」
「そこは、使ってみないと。ずれるのと、力の通しにくさが、同じ原因とは限らないから」
俺は眼鏡のつるへ触れかけ、手を下ろした。
一つ直せば全部よくなる、とは言ってもらえなかった。それでも、目の前の困り事にはちゃんと手を入れてくれた。
「何か、新しい物をつけたりは」
「欲しかったのかよ」
桐生さんが、また笑った。
「そういうわけじゃないですけど」
否定したあとで、少しだけ欲しかったことに気づいた。
強くなれる道具。もっと遠くまで見える眼鏡。
担当の人は笑わず、外した鼻当てを小さな皿へ置いた。
「まず、今の物をちゃんと使えるようにしよう。困ったまま新しい物を増やすと、何で困ってるか分からなくなる」
桐生さんが、珍しく何も挟まなかった。
俺も、机の上の新しい部品から目を離し、掛け直した眼鏡の位置を確かめた。
「今日は、これで使ってみて。困る場所が変わったら、そこを教えて」
担当の人は、眼鏡を俺へ返した。
新しい能力は、ついていない。
でも、顔の上で道具が動かないのは、思った以上に助かった。
***
その日の次の用事は、第10班だった。
設備の受け取り拠点で、異常が続いているらしい。第11班が現場を確認するのに合わせ、近くの避難経路を知っている第10班と話をする。
桐生さんは、歩道の先へ顎を向けた。
「あの上」
二階の窓に、薄い色のブラインドが見えた。
一階には小さなパン屋があり、店の前で、子供が袋の中をのぞいている。
建物の壁は、古くはないというより、きちんと手を入れてある感じだった。
階段の角に、泥が残っていない。
中へ入ると、最初に気づいたのは、机の色だった。
揃っている。
椅子も、棚も、机の上へ置く物の場所も揃っていた。
窓辺には植物があり、相談用の丸い机には、傷がほとんどない。
「こんにちは。第11班の方ですね」
迎えてくれた人へ名前を伝える。
その人は俺にも椅子を示し、鞄を置く場所まで教えてくれた。
座ってから、俺は、いつもの部屋のマグカップを思い出した。
あちらが汚いわけではない。
ただ、ここは、どのカップも同じ棚へ戻りそうだった。
「比べてんな」
桐生さんの小さな声に、俺は顔を上げた。
「何も言ってないです」
「顔が言ってる」
そのとき、入口から、大きな傘を持った男性が入ってきた。
閉じているのに、普通の雨傘より太い。長い袋へ入れ、壁際へ静かに立てかける。
男性は俺たちを見て、少し遅れて笑った。
「お待たせしました。坂田慧です」
声も、動きも、ゆっくりしていた。
俺は名乗り、頭を下げる。
坂田さんは俺の返事が終わるまで待ち、それから、隣へ目を向けた。
「桐生さん、お久しぶりです」
「おう。今日は、二人か」
坂田さんが答える前に、奥から女性の声がした。
「二人。こっちはもう出られる」
女性が机の間を歩いてくる。
短くまとめた髪。薄い上着。腕に掛けた、小さな道具の袋。
坂田さんが、その人へ手を向けた。
「相棒の、深町紗英さん」
「深町です。地図、持ってきてる?」
挨拶が、途中から用件になった。
俺は、無言で鞄の中から紙を出した。
***
机へ広げた図には、受け取り拠点と、その前の道路が描かれていた。
表の雑貨店とは別の建物で、陰陽寮が管理している倉庫だという。
第11班の区域内にあるが、搬入口から道を二本進むと、第10班の担当する住宅地へ出る。
普通の荷物を運ぶ車も、同じ道を通る。
「路地へ人が出たら、こっちで受ける」
深町さんが、図の右側を指した。
「中の設備は第5班。外の人が一人来る。第11班が確認するのは、現地の干衝。ここまでは同じ?」
桐生さんがうなずいた。
俺も、うなずく。
深町さんは指を次へ移した。
「新人は、桐生さんと中――」
「牧瀬くん、今回、何を見てほしいと言われてますか」
坂田さんが俺へ聞いた。
深町さんの話を否定する声ではない。
ただ、俺の番を、少しだけ作ってくれた。
「作業のあとに、変なものが寄るみたいで。それを見て、どこから来るのかを」
「じゃあ、入口を見れば――」
深町さんが言った。
坂田さんは、図の上へ置かれたその指を見る。
「まだ続きがありそう」
深町さんは口を閉じた。
俺は、止まっていた言葉を出した。
「寄ってくる場所と、残る場所が同じかも、確かめてほしいって。まだ、行ってないので、分からないです」
坂田さんは、最後まで聞いてからうなずいた。
「そうですね。入口だけ見るとは、決まってない」
深町さんが、図の指を引く。
「了解。決まったら教えて」
その言い方は、少し硬かった。
俺は、地図の線を見た。
初めて会った人へ、説明を最後まで言えた。
そんな小さいことなのに、肩が楽になった。
***
現地へ行くのは、翌日の午後になった。
外側の技師の到着に合わせ、第5班が設備を止めて確認する。
今日は、避難に使う道と、連絡する相手を合わせるところまでだった。
説明は、思ったより短かった。
壁に貼られた予定表を、誰かが書き換えている。
話が終わった人は、別の仕事へ戻っていく。
坂田さんが傘の袋を持つ。
俺の目がそちらへ寄ったのに気づき、少しだけ袋を開けた。
「道具、気になります?」
「大きいですね」
「人が入らないといけないもので」
雨を避けるために、二人で入るという意味かと思った。
坂田さんは、傘の縁を確かめている。
骨の太さも、布の重なりも、普通の傘とは違った。
「当たるものを受けるんです。開いてる方へ、ちゃんと立ってもらわないと困るけど」
守るための道具。
その説明を聞いてから、大きさが別の意味に見えた。
深町さんが、坂田さんの肩へ小さな袋を渡した。
「これも。予備、忘れないで」
「ありがとう」
坂田さんは、ゆっくり受け取った。
深町さんは返事を待つ前に、入口へ歩く。
坂田さんは急がず、傘を元の位置へ納めてから続いた。
歩く速さが、全然違う。
それでも、深町さんは扉の前で止まり、坂田さんが来ると同時に開けた。
桐生さんが、俺へ声をかける。
「帰るぞ」
俺は鞄を持った。
第10班の机に忘れ物がないか、もう一度確かめる。
木目の上に、地図を広げた跡は残っていなかった。
第11班へ戻ったら、俺も自分の机を少し片づけようと思った。
階段を下りると、パン屋の扉が開いた。
温かい匂いが、通りへ出る。
坂田さんは、自転車を押す人を先に通した。
深町さんは先へ出かけ、坂田さんがいないことに気づいて振り返る。
「また待ってる」
「ぶつからない方がいいので」
深町さんは、何か言いかけて、やめた。
坂田さんが隣へ来ると、二人は同じ道を歩いていく。
俺は、その背中を少し見ていた。
急いでいる人と、待つ人。
相棒というのは、同じ速さの人同士がなるものでもないらしかった。
***
翌日の午後、倉庫へ向かった。
倉庫の前で、深町さんが空を見た。
「今日、降らないでしょ」
坂田さんは、大きな傘の袋を肩へ掛け直した。
「仕事なので」
雨の話ではないことは、俺にも分かった。
それでも、道を通る人には、大きい雨傘を持った人に見えるだろう。
倉庫の壁には普通の会社名が出ていて、搬入口には黄色い線が引かれていた。
陰陽寮の名前は、外から読める場所にない。
道路の向こうには、弁当屋の看板と、昼の営業を終えた食堂の椅子が見えた。
台車の車輪が、歩道と敷地の境目で一度跳ねる。制服姿の配送員が荷札を確かめ、倉庫の横へ回っていった。
俺たちも同じように見えるのだろうか。
桐生さんの道具の袋も、坂田さんの傘も、こうして建物の前で持っていると、ただの荷物に紛れていた。
中へ入る前、神代さんは俺たちを道路の端から敷地の内側へ寄せた。
立っているだけでも、荷物の邪魔になる。昨日の地図には、そこまで描いてなかった。
神代さんが、入口で俺たちを迎えた。
ひかりさんは、少し奥に立っている。
今日は制服ではなく、袖の短い上着だった。脇の袋から、棒の端が見えている。
「中にはまだ、残ってるの?」
ひかりさんが俺へ聞いた。
俺は入口から、見えるところを確かめた。
台車。棚。床に引かれた白い線。
いちばん奥に、丸い枠のある設備が置かれている。
機械の形をしているのに、普通の機械がどう動くかという想像が、うまくできなかった。
道路へ開く大きな搬入口は、入ってきた扉の左にある。荷物の棚が、その奥へ二列伸びていた。
右の壁沿いには、人が歩くための通路があり、突き当たりの扉が事務所へ続いている。設備はその通路から少し外れた、倉庫のいちばん奥だった。
作業のための白い線が、設備の前を囲っている。
棚の間から見ると、枠の半分は荷物に隠れる。入口から全体を見たつもりになっただけで、足元には見えていない場所がいくつもあった。
「棚の間へ入る前に、桐生君へ言ってね」
神代さんが、俺の視線を追って言った。
「角度を変えるのはいい。でも、見つけた物へ一人で近づかない」
「はい」
ひかりさんが、棚の脚を指先で軽く叩いた。
「あんた、見たくなるのは分かるけど。これ、倒れたら普通に重いから気をつけなさい」
上には、同じ形の箱が何段も積まれている。
干衝体や伝力ばかり探して、箱の重さまで忘れないように、俺は入口から事務所までの道をもう一度見た。
「設備の下、少し。棚の裏は、ここからは見えないです」
神代さんが、入口の位置を示した。
「まず、こちらで作業の状況を聞こう」
俺は入ってすぐの机へ向かった。
そこに立っていた男性が、両手を体の前へ揃え、軽く頭を下げた。
耳の先が、髪から細く出ている。
使節とは違い、上着の肘に擦れた跡があった。
「エイリクです。設備を調べるために来ました。協力していただいて、ありがとうございます」
礼が先だった。
俺は、返事が少し遅れた。
桐生さんが隣で、今日は話が早そうだなと小さく言う。
神代さんは聞こえなかったふりをした。
***
受け取るのは、道具を補修するための部材だった。
普通の荷物は道路側の搬入口へ届く。
外側から来る物は、奥の設備を通して、決められた時に受け取る。
認証具の登録を確かめる人も、別にいる。
誰でもここへ来て、勝手に物を送れるわけではない。
「ここ三回、受け取りのあとに、細いものが寄っています」
第5班の担当者が言った。
昨日、眼鏡を見てくれた人だった。
エイリクさんは、手元の道具へ指を置く。
細い板に、光る線が走っていた。
「向こうの記録では、動作は正常です。こちらの部品も、目で確認できる傷はありません」
「じゃあ、動かしていい――」
深町さんが言いかけた。
「動かしたあとが、問題なんです」
担当者の返事は、少し強かった。
深町さんが口を閉じる。
坂田さんは担当者を見たまま、続きを待った。
「作業が終わったあと、棚の下へ溜まる。昨日は、荷物を運ぶ人が足を取られかけた。今日は一度、全部止めてある」
設備の灯りは、消えていた。
俺は枠の下を見た。
薄いものがある。
霧とは、まだ少し違う。伸びようとして、同じ場所へ戻る感じだった。
動いていない設備のそばにも、残っている。
「あれは、普通に残るものなんですか」
俺が指すと、エイリクさんは、そちらへ体を向けた。
「確認してもいいですか」
担当者が作業員へ声をかけ、設備の周囲を空けた。
エイリクさんが計測の道具を枠の近くへ置く。
線が、明るくなる。
俺が見ていた薄いものは、縮んだ。
消えたというより、枠の足へ、ぴったり寄った。
計測が終わると、また伸びる。
「いま、変わりました」
俺は言った。
エイリクさんが、道具を見た。
「こちらには、変化が出ていません」
普通の声だった。
俺の言葉を、ないことへ戻す声ではない。
それでも、二人の見ているものは違った。
***
エイリクさんは、俺がどこを見たか、もう一度聞いた。
俺は床の継ぎ目を使い、近づかずに位置を伝えた。
計測の道具を、もう一度動かす。
同じことが起きた。
「いま、枠へ寄りました。止めたあと、伸びてます」
エイリクさんは、道具へ細い指を置いたまま、黙った。
第5班の担当者が、計測のために流した伝力のことを聞く。
二人の短い相談が始まった。
俺はその間、棚の下を見た。
細い影が、一つ増えていた。
さっきの残りではない。
動く向きが違う。
「棚の下、一つ。設備の方へ来ます」
桐生さんが、こちらを見た。
俺は位置を言い直す。
柱の向こう。床の白い線より奥。
桐生さんは、棚と設備の間へ入った。
「通路、空けて」
神代さんが作業員へ声をかけた。
式神が、床の低いところを進む。
入口の扉の横へ一枚、事務所へ続く道へ一枚。
神代さんは、ひかりさんにも短く何かを伝えた。
ひかりさんが、棒の袋を下ろす。
桐生さんの手が、棚の下へ入った。
薄いものがほどける。
いつもの小さな対応だった。
俺は残りを見た。
ほどけた先が、設備の下の方へ寄っていく。
「また、同じ場所へ」
エイリクさんが俺を見る。
何をしたのか、と聞かれるかと思った。
「そのまま、続きを教えてください」
そう言われた。
俺は、さっきより少し、声を出しやすくなった。
***
設備の停止は、そのまま続けることになった。
第5班の担当者が、接続する部材を外す準備をする。
エイリクさんは、俺の見た位置に沿って、残った伝力を逃がすための調整を考えていた。
俺には、道具の使い方は分からない。
ただ、どこへ寄り、どこに残るかを伝えた。
「向こう側の仕組みも、同じなんですか」
聞くと、エイリクさんは首を振った。
「固定された送り側と、ここに置いた受け取り側です。こちらを変えたら、向こうでも確かめる必要があります」
枠の向こうに、どんな景色があるのだろう。
俺は見つめかけ、足元へ戻した。
今は、開いていない。
見えている物より、想像した景色へ注意を向けてはいけなかった。
倉庫の外で、荷物を下ろす音がした。
普通の荷物は、別の搬入口で受けている。
神代さんが、作業を止めて人を離すよう連絡した。
坂田さんは傘を持ち、通路へ向かう。
深町さんも続く。
「こっちは空ける。そっちは、調整まで」
深町さんが桐生さんへ言った。
桐生さんは、設備の前に立ったままうなずく。
全員が同じ場所を囲むわけではない。
守る場所も、見ている場所も、分かれた。
神代さんが俺へ目を向けた。
「通路の白い線までは出ていい。それより向こうへ一人で行かないで」
俺は位置を確かめた。
通信機へ指を添え、桐生さんの後ろへ寄る。
第10班で話した通路が、もう地図の上だけではなくなっていた。
奥で、金属が鳴った。
一度、硬い音。
次に、棚の上から、小さな箱が落ちる。
「上」
俺が言うと、桐生さんの目が上がった。
梁の近くに、薄い膜があった。
霧みたいに揺れない。
長い腕が、梁を掴んでいる。
その腕へ沿って、まとまった伝力が走った。
実体がある。
あの見学のとき、俺を追い回したものと、同じ大きさの恐怖が来た。
形は違う。
でも、お守りで済まないことだけは、すぐ分かった。
「実体あり。梁の上、搬入口の方へ動いてます」
通信機へ言った。
声は、止まらなかった。
神代さんの返事が来る。
『確認。そちらは設備側を維持して』
ひかりさんが棒を持ち、梁の下へ回った。
俺は、桐生さんの位置を見た。
桐生さんは、すぐにひかりさんへ合流しようとはしなかった。
床へ寄ってきた別の霧を見て、俺へ言う。
「こっちだ。技師、守るぞ」
俺は枠の下へ目を戻した。
見えるものが増えた。
言う順番を、選ばなくてはいけなかった。




