お願い
息をあげながら、夢生は
『Petit Diable』の扉を開けようとした。
ガコッ。開かない。凪さん…帰ったかな。
いや。いるはずだ
ドンドン!ドンドン!
ハァハァ息を切らしながら、
「凪さん!夢生です!!」
と大声を出す。
通行人が見ているのも気がつかなかった。
何度か、扉を叩いたけど
開かないかぁ。走ったせいか、
疲れも一気に出た。
扉を背にもたれ掛かり、
足を歩道に投げ出して、座る。
ガチャン!!
扉が開くと同時に、僕はギターを背に
して、後ろに倒れた。
「夢生ー!忘れもの??大丈夫?」
凪さんがビックリしてる。
ひっくり返った僕に、手を伸ばし、
立たせてくれた。
あっ。ご、ごめんなさい!!忘れ物じゃなくて
ギターケースの中から…
凪さんは
「ま、とりあえず中に入ろうか。
夢生。」
閉店後の店内は明るい。
営業中は、照明を暗くしているから
雰囲気が違って見えた。
カウンターに座ると、凪さんが
アイスティーを置きながら、
となりに座った。
「夢生、慌ててるみたいだけど、どうしたの?」
と凪さんが体を僕に向けた。
あの!凪さん!
僕、ギターケースの中がほつれてて、
気になったんです。
中見たら、これ…
コード譜を渡した。
凪さんがコード譜を開く。
じっと見つめている。
ああ、僕はこれで帰ろう。
凪さんの時間を邪魔しちゃだめだ。
凪さん、急に押しかけてごめんなさい。
どうしても、すぐ凪さんに渡したかったんです。
あの、今日はテレキャス、凪さんに
預けます。で、凪さん、ご迷惑だろうから、
僕帰ります。そう言って立ち上がろうとした。
コード譜を見つめたまま、凪さんが
僕の手首を掴んだ。
「夢生、いて。」
えっ?僕いても…邪魔ですよね?
「いいから、座って。」
「夢生。ギターは、夢生がもっていて。
嫌じゃなければ。」
嫌じゃないです。宝物ですから!
「ありがとう。」そう言いながら
凪さんがやっと顔をあげて、僕の目を見た。
「宝物にしてくれて、ありがとう。
コード譜の作曲者の名前、みた?」
はい。みました。
「海原 嵐。気になるよね?」
はい。凪さんと同じ海原なんで。
「夢生、僕からお願いがある。
この曲を弾いてほしい。まだ、ステージで
演奏してないんだ。」
何言ってるんですか?僕無理です。
まだ、Fも出せないのに。
「出せる。僕がついてるから。
この曲を弾けるようになったら、
僕と嵐の話を聞いてほしい。
嫌なら無理強いはしないし、
僕は、怒ったり、夢生を嫌いになったり
しないよ。」
話は…。聞きたいです。
それから、そのコード譜の曲が
どんな歌になるのか、知りたい。
「じゃあ、話は決まったね。」
でも、僕に弾かせていいんですか?
バンドやるわけでもなんでもないのに。
「ふふ。どうしてかなぁ。」
でも、凪さんが話してる事、出来る出来ない
とか、関係なくギター教えてください。
弾いてみたい。鳴らせなかった音が
鳴ったら、どうなるのか、僕は知りたい。
凪さんは、顔をしわくちゃにしながら
笑って
「2ヶ月。毎日特訓しよう。夢生、鳴らせないって言ってるけど、コードのおさえかたが、
素直だよ。夢生の感情が重なれば、
音が厚くなる。
きっといいギタリストになれるよ。」
僕は、ただギターが弾けるようになりたいんです。それだけなんです。凪さんこそ 本当に
いいんですか!?
「ただ、ギターが弾けるようになりたい。
それで充分だよ。スパルタだけどねぇ~」
凪さんが、優しく笑って
僕の頭をワシャワシャして撫でた
髪がちらかったままの僕は、
スパルタだっていい。
凪さんは、僕に教えようとしてくれてるから。
以前のバイト先の、あのアホ店長と魔の4日を
過ごしたから、わかる。
僕を見てくれている、
育てようとしてくれているって
わかるんだ。
次の日から本当に、凪さんに
ギターを叩きこまれる日々が始まった




