凪さんの提案。
挨拶をすませた僕と宮川は
「じゃあ、事務室で話そう」
と言った凪さんの後ろを付いていく。
バックヤードは思っていたより狭くて、
少し埃っぽかった。
壁際には機材ケースが並び、足元にはケーブルが這っているから、気を付けないと転びそうだ。
凪は迷うことなく、その間を進んでいく。
「あ、凪さん。お疲れさまです」
スタッフが声をかけてくる。
「お疲れ。今日、どう?」
「今のところ大丈夫です」
「そっか。よろしく」
凪はそう言って、また歩き出した。
夢生と宮川は、黙ってその後をついていく。
さっきまで、客席から見ていたステージの裏側を歩くのは、なんだか不思議な感じがした。
やがて凪が、一枚のドアの前で足を止めた。
「ここが事務室」
ドアを開ける。
中にはデスクとパソコン、壁に貼られたライブスケジュール。 書類の束や、飲みかけのコーヒーも置かれている。
ステージの熱気とは違う、仕事のための空気があった。
凪は、「そこ、座って。」と言って
ヴィンテージ感満載のお洒落なソファーを
指差したので、ぼくと宮川が座った。
なんだかワクワクしてきた。
僕達が座っている間に、コーヒーを
いれてくれている凪さんの後ろ姿も
かっこよかった。姿勢がキレイだからか。
コポコポコーヒーが落ちている間に、
「早速だけど、これからライブあるから
仕事見学していきなよ」
「えっ?僕達邪魔じゃないんですか?」
宮川が驚いて聞いていた。
凪はにっこり笑って、
「君達見学に来たんだよね?ここで話すことは、実はそんなになくて。ただ、事務室の案内を
したかっただけ。」
ぼっ、僕達機材とか全然わからないですよ?
せめて、勉強してから、また来ます。
僕はあわててそう言った。
「今日は、肌で感じてほしいんだよね~。
実際、機材なんかは実践で楽しく頭にいれてよ。さ、コーヒーどうぞ。」
凪さんは、多田さんと違うタイプの人タラシだ。
どうしてだろう。僕は楽しくなってきた。
凪さんの入れたコーヒーは、ガツンと濃くて
目が覚める感覚だ。
「君達2人、どんな風に化けるかなぁ。
楽しみだなぁ」
陰キャメガネにそんなことを言ってるのは
何故だろう。
この海原凪という人は、不思議だ。
まだ知り合ったばかりだけど、
この大人と過ごしていくうちに、
答えが見つかるような、そんな気がした。




