第7話 専門用語の解説になるといつもより3割増しで文章が痛くなる不思議現象。
世界には遺物という魔道具がある。
遺物は神の器という、所謂神と呼ばれる存在についている、自身の管轄内の機能なら基本なんでもできるというトンチキ器官から生成された魔道具であり、市販のもの、特に粗悪な密輸品とは違い精神汚染などの影響はない。その代わり、出力は少しだけ市販品に劣っている。
「じゃあ遺物を使えばよくね?」
と、貴方が魔法学校に入りたての、何も知らない一年生だとしたらそう思うだろう。
だが、遺物は入手も使用も難しい。世界中を回って自力で探し出すか、神様を交渉して力を分け与えてもらえるように契約を交わさなければならない。そういう上位存在みたいなものは大概我儘で、扱いを間違えれば怒りに怒って存在ごと消されるなんてこともあるらしい。ソースは不明。
さらに遺物自体も大変厄介で、一番多い事例で言うと正気を失って暴走したりする。場合によっては人間性が失われる可能性もある。
そしてそんな奇妙で危険で面倒臭いものを所有するものこそ、噂に言う遺物駆りと呼ばれる魔術師だ。
枸城結月は恐怖していた。
今そんな組織随一の強者と対峙しているのだ。
前回の出来事から2週間後、3週間にわたって店長こと真宵に通常業務をすっぽかして戦闘訓練を付けられることとなった。
「どうしました?ひどく緊張しているようですが」
真宵は強い。おそらく、組織の中で結月の父、枸城朔夜の次、もしくはその上に立つかもしれないほどの強者である。
どれくらい強いのかわからない?大体結月が生きてるだけ上出来と思ってくれればOK。
「緊張・・・ではないような・・・」
「結月ちゃんがんばれー!」
「舞ちゃん遊びじゃないんだよ?」
「生きて帰ってきてくださいねー!」
「軽いなあ君たち。そんなこと言ってると遅刻するよ?」
「それは困るかも」
「でしょ?」
「結月!がんばってください!」
「う、うん。頑張る・・・」
結月は顔を赤らめながら呟いた。耳まで赤い。
「すごい恥ずかしそうですね」
「まあ天音君顔はいいからね。何というか、中性的っていうか」
「これが邪神って言われてるのも信じられませんね」
「ただの事実なんですよねえ」
天音も神の一人だ。
もともとこの町の神に生贄に捧げられる予定だったらしいが、色々あって邪神と呼ばれて封印されたとかなんとか。事実かはわからない。
「結月ちゃーん。私たちそろそろ行ってくるから頑張ってねー!」
「話題を逸らさないでください。まったく。あ、お嬢様ー?夕飯カレーがいいですー」
「恥ずかしいからその応援やめてよ!天音はなんでリクエストしてんの!?」
「結月の誕生日を祝いたい・・・ですか?」
天音は驚いたように端白を見た。
まさかあの空気の読めない端白が、あの空気の読めない端白が(大事なことなので二回言いました)人の誕生日を祝うなんて。
「ああ。夕飯でも作ろうかなって思ったんだけど、なんかきらいなものとかあるかなって思って」
「そうですね・・・あの人軽い拒食症なんで料理を作るなら固形物はやめておいた方がいいかと。ケーキとかならコーヒーで流し込めるんですけど、他の、特にご飯ものだと流石に絵面がよろしくないかと思います」
「何かあったのか?」
「昔ちょっと」
「ああケーキは作りますか?市販品でも構いませんが」
「買うつもりだけど」
「では蝋燭を刺さないでください。刺すにしても火はつけないように。多分あの方は火を見れば発狂します」
「何があったんだよ・・・」
「昔ちょっと」
そういいつつも、何か踏み込んではいけないような気がして、端白はそれ以上聞かなかった。
「ち・な・み・に、結月の誕生日っていつなんだ?」
「いっつぁ5月6日。英語に直すとMay 6th」
「・・・一ヶ月前じゃねえか!」
「セヤナー」
「何で言ってくれなかったんだよ!?」
「だっていまの今まで聞かれてないですしー?答えなくていいんじゃないかなぁーっておもってぇー?」
「いちいち言い方が鼻につくなこいつ」
「文句は秋田こまちにどうぞ」
「誰?」
「けど、今まで彼女の誕生日なんて祝ってくれる人いませんでしたから。私と旦那様以外では端白さんが初めてです」
「そうなのか?けどくみちょーさんが結月に優しいところなんて見た事ないぜ?」
「あー・・・旦那様は大変忙しくてですね。大体当日から一ヶ月後にお祝いするせいでお嬢様本人が誕生日を誤認してるんすよねぇ・・」
「じゃあそれと一緒に祝えば?」
「十中八九無理ですね。残念ながら旦那様が帰ってくる日は旦那様本人の誕生日、もっと言えばと被っております」
「それと何の関係が・・・一緒にやっちゃえばいいんじゃない?」
「端白さんは見たことありませんか?旦那様に群がる無数の妖怪たちを」
「あー・・・・」
「鬼人龍人という例外が存在しますが妖怪というのは生殖本能が強い生き物らしいです。旦那様はただでさえ強いのに顔面偏差値も高いし優しい。ここまで並べればおわかりでしょう」
「なるほどわからん」
「その遺伝子を求めて旦那様に迫る女性が多いということです。今まで旦那様は奥様一筋だったからいいものの、奥様亡き今、妻の座を狙う女性が増えています。そこで私は思うわけですよ」
天音は両手に抱えた段ボール箱を床に降ろし両手を広げて足をクロスしながら振り返る。
「そんな世の中でいいのかぁ!?」
「うわっ!?びっくりした・・・急に脅かすなよ」
「ちょっとテンション上がっちゃって」
「なんで?」
「なんとなく」
直後、天音の頬に何かが迫る。
端白の拳だ。勢いよく発射された右ストレートが、無防備な頬に向かって炸裂した。
「いってぇなにすんだ!」
「ちょっとテンション上がっちゃって」
「テンション上がったで済む事態じゃないと思うんですけど!?」
「文句はその秋田こまちってやつに言いな」
天音は再び段ボールを持ち上げる。
「話は戻りますが、本当にそんな社会でいいのかと、私は思うんですよ」
「お前は何を言っているんだ」
「アカネさんのように気にしない人たちが増えてきましたが、未だ人間と妖怪の差別は市民の心に根付いています。ただの偏見で妖怪は人間を嫌悪し、人間は妖怪を嫌悪する。その繰り返し。もっとお互いに踏み込んででも分かり合おうとするべきではないでしょうか」
ダンボールを床に置く。中には新聞紙に包まれた磁器の皿や湯呑みなどが入っていた。
「それに、一緒に祝ってしまえばいいと先程おっしゃっていましたが、お嬢様は自分が目立つことを極端に嫌います。きっと舞台には立てないでしょう」
「立たせたらどうなる?」
「血を吐いて倒れます」
「めんどくせえな」
「っすねぇ・・・」
結月を包んで四方八方から光弾が飛んでくる。
殺傷能力は低いとしても、痛いものは痛い。弾幕は厚く、回避に精一杯で反撃の隙などない。
そうこうしているうちに、右肩に微かな熱が走る。おそらく弾が掠めたのだろう。シャツの肩が裂けていた。
だが、それが結月の致命的な失敗だった。
至近距離に敵がいる場合、損傷の確認などよそ見と同じ。つまるところ隙である。今の結月には一瞬の、しかし大きな隙が出来ていた。
肩を弾が掠めてから一秒にも満たない頃、腹部に硬式野球ボールがぶつかってきたような痛みが迫る。
重力魔法と呼ばれる類のものだ。周囲に漂っている魔素粒子の動く方向を変えたり、運動させることで、対象の重力が強くなっているように感じさせるものが一般的であるが、魔力の動きを操作するもの全般を重力魔法、重力魔術と呼ぶ。
「まだまだですね。私を倒せるようになってから出直してきなさい」
「無茶ゆうなぁ・・・」
結月は地面に倒れ込んだ。四肢の機能が生きているのは彼女なりの慈悲といえよう。
「今日はもうこの辺にしましょう。よく休むように」
「へーい」
「返事はしっかり」
「はい!」
結月は腑抜けた返事を指摘され、自棄になって叫んだ。
本当は2週間後じゃなくて3週間後とか言ってはいけない。




