第6話 虚勢は張るだけ張っておけ。きっと後で痛い目を見るぞ。
走れ。ただひたすらに。息を切らしても走れ。
後ろから雨音のような轟音が響いても気にしない。金属の雨が自分の隣を掠めても気にしない。何故こうなっているのかわからない。どうして狙われているかもわからない。
ただ一つわかることは、決して立ち止まってはならないこと。
何故そうなったかは、二時間前に遡る。
「聞いたよ結月。ご飯、ちゃんと食べていないみたいだね?」
結月は目を背ける。
どうして父親という生き物はこうも鬱陶しいのだろうか。
「・・・関係ないでしょ」
「あるよ。私だって心配なんだ」
目の前に立つ男性はあたかも心配しているかのような瞳を向ける。
(嘘つけ。私と碌に会話もしない癖に)
「ちゃんと食べなさい。こんなに細いんだから」
結月は小柄でかなり華奢な体格をしている。体つきは確かに女性らしいが、一目で細すぎると思ってしまうほどには不摂生だ。挙げ句の果てには屋敷の使用人に影で妖怪もやし女と言われる程に細い。
「いいでしょ。別に」
結月が食べないことには理由がある。
金がないこともそうだし、自分の分を用意することが面倒なのもそうだ。だが、結月が食事に意味を見出せないのは、その偏食具合にある。固形物を食べさせると結月は必ず吐き出してしまう。飲み物で無理やり飲み込むことはできるが、それでもどうしても吐き気がする。なので、基本麺類かゼリーのような半固形物しか口にすることはない。唯一周囲に被害が出ない方法がそれだけだから。
「何かあるんなら、話しておくれよ」
「話聞かないのはそっちじゃん」
「何の・・・あ、ちょっと!話はまだ終わってないよ!何処行くの!」
「何処でもいいでしょー」
結月は部屋を出る。
あのままあそこにいたら口論になりそうだ。
街に出て、適当に買い物でもしよう。シフトまで時間あるし。
屋敷の扉を開けて、獣道を下る。
「あれ?」
気付けば結月は路地裏にいた。
どういう道を辿ったか思い出そうとしても、なにも思い出せない。
男が迫ってくる。敵組織の刺客か?といっても誰だ?どの組織だ?虎組か?荒瀧か?思考が巡る。
「お嬢ちゃん一人?オレとお茶しない?」
否。ナンパだった。
「ちょっといいお店知ってるんだよね。こっちなんだけど」
それも否。キャッチだった。しかも結構違法よりの。
「え、あ、そっその・・・」
「ねえねえお嬢さん。オレと、どう?」
「ごっ・・・・」
「ご?」
男が首をかしげる。
「よく聞き取れな———」
「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃ!」
結月は叫びながら走り出す。その後ろ姿はまるでボールを追いかける小型犬の様だった。
「逃がした・・・」
「どうします?」
「せっかく来た客だ。絶対に逃がすな」
「わかりました」
そして冒頭へ戻る。
ただ人見知りでキャッチから逃げた。
それだけ、ただそれだけでこんな大惨事になってしまった。走れど、走れど、背後から銃声が止む気配はなかった。
なんで?なんで?なんで?どうして?
困惑が止まらない。
どうしてこんなことになっているのだ。私が何か悪いことをしただろうか。
そんなことばかり考えてしまう。
実際、結月は悪いことをしていない。ただ、怪しいお店の勧誘を断っただけである。だが、勧誘したのが女性なら、結月はホイホイついていきそうであった。
弾幕を避けつつ、曲がって細道に入る。
冷静に考えて、何故勧誘を断っただけで攻撃してきた?
「やはり敵か?」
別組織からの刺客でも、味方組織からの刺客でもない。ただ男たちはせっかく来店しかけた『お客様』を逃したくないだけ。どんな手を使ってでも。それが暴力方面に突き抜けているのは流石にどうかと思うが。
「何処に行ったのかなぁ?子猫ちゃぁん?」
にしても絶妙に気持ち悪い。何だこいつ。
「何なの・・・あの人・・・」
流石の結月もこれである。
それでも結月は走る。
止まる理由は、無い。
「はぁ・・・はぁ・・・撒けた?」
ところが残念男の足音はいまだに聞こえてくる。
「いつまで続くんだ・・・」
「どうして逃げるんだい?」
「ヒッ」
「オレは君とお茶が飲みたいだけなのに・・・」
欺瞞!この男、結月に酒を盛ってぼったくろうとしているのだ!コワイ!まあそんなこと、結月は知らないわけだが。
「いいの?オレのバックには、虎組がついてるけど」
嘘である。虎組は鬼蓮会よりも大規模な組織だ。そんなものがこんなチンピラにつくわけがない。
だが、その一言が結月の闘志に火をつけた。
「へえ。虎組」
「うお、急に食いついてくるね。そうだよ。虎組だ。その様子だと知ってるみたいだね」
「・・・残念だけど」
腰に手を伸ばす。
右手は、回転式拳銃のグリップを掴んでいた。
「あんたみたいな顔の奴は知らないね。もしかして新入り?」
結月は気付く。目の前にいる男は、おそらく虎組の構成員などではない。実際、拳銃を向けられても動揺が隠せていない。もし、本当に構成員だとしても、下っ端も下っ端だろう。
撃鉄を起こす。回転弾倉が反時計回りに回る。
「ああ。違う。嘘をついた。本当は鬼蓮会の人間なんだ」
引き金を引く。狙ったのは、男の首元。
「残念だけど、うちの組織にあんたみたいな臆病者はいない」
男の額に脂汗が落ちる。
「まっ、まさかっ、おま、お前、本物のッ」
「そうだと言ったら?」
もう一度撃鉄を起こす。ゆっくりと、反時計回りに弾倉が回る。
「お、お前が最強の・・・」
「あん?」
伸ばしていた人差し指を、引き金にかける。
「お前があの遺物狩りなのか・・・?」
「何言ってんだあんた?」
「塵も残さず、無数の光線で身体を焼き貫くって噂の・・・?」
「・・・ああ」
結月は頭を抱える。
なるほど。この男はくだらない勘違いをしていたみたいだ。
「残念だけど、それは私じゃあない。あんな化け物と一緒にするな。あの人は、私の何倍、何乗も強い。私なんて、まだ彼らの足元にも及ばない」
銃身を握り、銃握で男の額を軽く叩く。
拳銃を宙で回し、キャッチする。
「た、助けてくれ。君を違法な店に連れて行って、法外な値段を請求するつもりだったことは謝る。虎組とか鬼蓮会とか、嘘ついたことも謝るから、どうか命だけは・・・」
引き金を引く。
「なんだ、ほんとに虎組じゃなかったんだ。残念」
ふと、腕時計を見る。
針は、16時35分を指していた。
「・・・これ、まずいんじゃない?」
「で?屋敷を出たらいつの間にか違法なキャッチに巻き込まれて?逃げたら何故か戦闘に発展して?逃げ回っているうちにこんな時間になってしまったと?そういいたいんですか?」
「ハイ」
「あなたの作り話にしては整合性がありませんね。もっとマシなものを用意しなさい」
「ツクリバナシジャナイデス」
「口答えしない」
「ハイ」
結月はバックヤードで正座をさせられていた。
理由はもちろん、3時間の大遅刻についてである。
「モウシワケゴザイマセン」
「はぁ・・・もういいです」
結月につけられていた拘束魔術が解かれる。
「反省文で勘弁しましょう。400字詰めの原稿用紙を16枚使って書いてきてください」
「エー・・・」
「口答えしない」
「え?でも16・・・え?」
「いいから書きなさい。首を切られたいのですか?」
「書きます。はい」
「あ、いえ。やっぱりこうしましょう」
「え?」
「明日から3週間、戦闘訓練を付けます」
「ゑ?」
「楽しみにして待ちなさい」
舞子はキッチンに戻っていく。
部屋には、魂の抜けたような顔をした結月が残っていた。
「お嬢様。手元見てください」
「あっちゃあ!?」
「言わんこっちゃない」
次回、結月死す!デュエルスタンバイ!




