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第8話 設楽端白の憂鬱

「死んだよ。ここの店主は」

 大きな雨粒が大きな三角帽子を叩く。

「そうか」

 わかっていた、そのはずなのに、この心には底知れぬ絶望が渦巻いていた。

「自殺だよ。首を吊っていたそうだ。もう三年も前になるがね」

「そうか」

 端白はそれしか返すことができなかった。

 やはり、彼女の判断は間違っていたのだ。

「父の負債を背負いきれなかったんだろう。違法薬物(クスリ)に溺れて心身共に病んでいたって話だ。確かこかなんちゃらってやつだと」

「もういい。結構だ」

 端白は男の話を遮る。聞けない。聞きたくない。きっと自身の耳はその先の言葉を受け付けないだろう。

「あんた、店主の知り合いかい?」

「ああ。昔ちょっとな」

「なら墓参りでもしてやってくれ。ずっと一人じゃあ可哀想だ」

 空を見上げる。

「あれだけ断っていたのに・・・アンタら親子は私の提案に乗っちまった・・・」

 彼は、今何をしているのだろうか。

 自分のせいではないと手紙に書かれていた。だが、どう見てもこれは自分が巻き起こしたことだと端白は考えている。

「見てるか旦那。ビックリしたよ。いきなり店を継いだだなんて書面で送ってきてさ・・・」

 天国なんて実在するかもわからない。だが、最後は現実に溺れてしまった彼でも、どうかそこで幸せに暮らしていますように。

「それから随分とまあ・・・遠いところに行っちまったな・・・」

 帽子をさらに深く被り、端白は歩き出す。

「ありがとなおっちゃん。わざわざ教えてくれて」

「こんな雨の中傘も差さないでいると風邪をひくぞ」

「いいだろ。そういう気分なんだ」

「本当に風邪をひくぞ。脅しじゃない」

「風邪で脅す馬鹿が何処にいんだよ」

 俯くその目は虚で、涙で歪んで前が見えなかった。

「けど気持ちだけ、気持ちだけでも受け取らせてもらうよ。ありがとな」

 端白は歩き出す。大雨の中、傘もささずに、ただ無言で、無心で歩き出す。

 雨は彼女の罪を洗い流すようで、その実、その重さを、痛みを、端白に思い知らせていた。

 いつか払わねばならない。純粋で狂おしいほど情熱的な恋と、その善意が招いた惨劇の対価を。


「端白、こちらに来い」

「はい、お父様」

 当時の彼女は設楽端白という名ではなかった。性格に言えば違うのは名ではなく性であるが。

 端白は祭暁家の一人娘として生まれた。

 祭暁家が運営している祭暁商会は国内で最大のシェアを持つ大きな商会だ。一般的な商品も取り扱っているが、主に扱っている商品は魔導具である。

 その品質は非常に高く、こと魔導具においては旧都の田舎に小さな魔導具店ができるまで、魔導具と言ったら商会のものか安い密造品しかありえないと言われるほどであった。

「なんでしょうか。お父様」

 端白は着物の裾を軽く持ち上げながら父のもとに向かった。

 まだ九つの頃、彼女は道具のように扱われていた。端白自身それを自覚していたし、それを許容していた。人間のような生活など、夢にも見なかった。

「お前に見合の話が来ている。確認しなさい」

「わかりました」

 当時はまだ再開発が進んでおらず、街並みは3年前から何の変化もなかったらしい。

 魔力災害の被害は大きく、小、中学校などの教育機関が再開したのは端白が十二になったころである。汚染の影響もまだ続いているというのに、未だにこの地に居を構えているのは故郷に沸いた情か、はたまた財産を手放したくないというただの欲かはわからない。もっと別のところに引っ越したらいいのにと、縁側から外を眺めながらぼんやりと考える。

 見合の資料には自分よりも五つほど年上の男性の写真が貼られていた。

 どうやら薬師の息子だそうだ。あまり大きくない薬局で働いていると書いてある。

 対面は二日後に行われるらしい。

 また一つ、面倒事が増えた。

「悩みごとかい?」

「朔夜さん」 

 無意識にため息をつく端白に美しい銀髪の、額に黒い角が二つ生えた男性が近づく。枸城朔夜。鬼蓮会の現首領だ。

 朔夜は商会の常連客であり、この家とはどうやら先祖からの関わりがあるらしい。普段の働きに加えて、今日は端白の父から新しい魔道具の実験に付き合わされていた。あの男に振り回されているのを見ると同情する。

「朔夜さんは、そんなに働いて、大変では無いのですか?」

「そうだねぇ・・・けどね、娘に不自由無く暮らしてほしいって考えたら、このくらいどうってことないと思えてくるんだ」

「娘さん・・・ですか」

「ああ。話したことなかったかな?ちょうど君と同じくらいなんだけど、端白さんみたいに穏やかな子に育ってほしかったんだけど・・・」

「どうかしたんですか?」

「すぐ嘘はつくし、体を見ると痣ができていたりしてね。本人は平気な顔をしているけれど、見ているとこっちがハラハラしてならない」

「・・・虐待ですか?」

「してないよ?・・・多分、いじめだと思う」

「人間だから?」

「それもあるかもしれないけど、多分身分の話かな。うちの屋敷の人間のほとんどは平民が嫌いなんだ。だけど妻は端白さんみたいに商人の娘でね、貴族よりも身分が低かったんだ。うちの家は元をたどれば貴族だったからね」

「そうだったんですね」

「とっくのとうに没落してるし貴族制も廃止されたけど、使用人の方はまだそれが抜けてないみたいだ」

「奥様は・・・いえ、申し訳ありません」

「謝らなくていいよ。けど、端白さんが妻のことを覚えていてくれたのはうれしいな」

「鏡花さんは、優しい人でしたから」

「そっか・・・」

 そんな話をしているうちに、端白を強烈な眠気と謎の浮遊感が襲う。

「大丈夫?」

「その・・・疲れが出たみたいで・・・申し訳ありません。少し横になってきます」

 自室に向かって歩く端白の脳内に、今まで見たことのないような、しかし見知った光景が走馬灯のように流れていく。

 父から、家から見捨てられたこと。そして、彼との出会いのこと。

 端白の体を布団が包み込む頃、端白は思い出した。自分は雨の中、初恋の相手の墓参りに行っていたことを。そして実感する。これは夢なのだと。

「・・・せっかくだったらいいところまで見たかったな・・・」

 そう呟く時には、端白の意識はもう深い眠りについていた。

 


「雨だ」

 先日の訓練(?)から一週間後。

「ですね。立ってください。風邪をひきますよ」

「そうだね」

 結月は雨水でぬかるんだ泥に手をつき、痛めた体を無理矢理起き上がらせる。

「懐かしいね」

「何がですか?」

「天音が私を助けてくれた時も、雨が降ってたよね。こんぐらいの大雨でさ」

「そうでしたっけ」

「そうだよ。たしかあの時は、地面が少し陥没してて、そのその上に私が横たわってたような」

「そんなわけないでしょう」

「けどなんであんな感じだったんだっけ」

「ヤ無茶してっからじゃないですか?」

「案外ユーモアがあるね。君」


 じりりじりりと枕もとの時計が音を立てる。

「んあ?・・・・ぶえっくし!」

 盛大なくしゃみが端白の口から出る。

 どうやら風邪をひいてしまったらしい。原因はおそらく昨日の雨だろう。

 しまった、風呂に入る前に体をちゃんと拭いておくべきだったと、端白は後悔した。

「あー・・・・」

 あまり頭が回らない。すべてはあの夢のせいだ。畜生。

 もう今日は店を休業にしよう。今日くらい休んでもいいだろう。

「あさめし・・・」

 米を炊くのも面倒なので、端白はトースターに食パンを2枚、適当に入れて焼き始めた。

 棚に入れていたダイ・ハードのDVDを手に取り、パッケージを開けてレコーダーに読み込ませる。

 雨はまだ、止みそうにない。

 

元から休みがちではありますが、ストックが尽きてしまったので少しの間休載させていただきます。大変申し訳ございません

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