悪役令嬢、優人と語らう7
「いえ……、喧嘩をしてはいません」
「そうか。じゃあ僕の勘違いだ。ごめんね。今日一日、コーデリアの元気が無いような気がして」
「喧嘩は、してないんです。でも……」
「うん」
優人が柔らかな相づちで続きを促した。
「私が今までシズカのために役立てると思ってしていたことを、「もうしなくていい」と彼女に断られてしまって……」
まさか優人本人に「静花と優人の仲を取り持つことを断られてしまった」などと言えるはずもない。嘘やごまかしが不得意なコーデリアにしてはうまく濁して言った方だろう。
優人にとっては曖昧な話しぶりだったが、それでも彼は細かいところを追求しようとはしなかった。
「ショックだった?」
「そうですね、多分。今までしてきたことが、もしかしたらシズカに嫌な思いをさせていたのではないかと初めて思ったんです。もしそうだったとしたら、私はこれからシズカに何をしてあげられるのか……どう接していけば良いのか、わからなくなってしまいました」
コーデリアの声がどんどん頼りなくなっていく。
(コーデリア……)
静花は仕切りの向こうでぎゅっと両手を握った。
思っていた以上に、先日のことはコーデリアに深い傷を与えていたのだと静花は気がついた。静花はあの時の言葉も行動も間違っていたとは思っていない。それでもこんな風なコーデリアを見ると、ひどく胸が痛んだ。
「嫌な思い、か。僕の目からは君の行動で静花さんが嫌な思いをしているようには見えなかったけど。彼女は自分のことを思ってしてくれたことが間違いだったからといって、その相手を嫌うようなタイプではないし」
「ええ。シズカの良いところは、人を好きになれるところですから。私は恥ずかしながら、人よりもずっと間違いも失敗も多い人間です。そんな人間でも彼女は嫌うどころか、ありのまま受け容れてくれているんです」
それがどんなに助けになっているか、と眉を下げて小さく笑うコーデリアに、優人は「君のそういう弱気な発言は珍しいね」と驚いた顔をした。
「でも、ちょっとわかったよ。君の溢れんばかりの自信はどこから来るんだろうとは常々思っていたけど」
「何か含みのある言い方ですわね」
「いや、他意はないよ……話を戻すね。君の自信は意外にも、静花さんの存在に拠って立つところが大きかったわけだ」
「そうですね、白状するなら」
コーデリアが頷く。
優人も驚いていたが、静花も負けず劣らず驚いていた。
コーデリアはゲームの中でもずっと自信満々だった。どんなに男性キャラに言い寄って相手にされずとも、どれだけヒロインに負かされようとも、決して折れることがない。何度だって立ち上がる不屈の精神。
そんな彼女が、ゲームの中から現実に飛び出した今、静花の存在によって自信を得ていると言うのだ。
「……昔、短い間ですけど事情があって両親の元を離れて伯母のもとに預けられていたことがあるんです」
コーデリアがそっと話し始めた。ゲームにも描かれていない悪役令嬢の過去だった。
「今思えば、私は両親との仲があまり良くはなかったんでしょうね。いわゆる「愛情」と呼ばれるものは、ほとんどこの伯母から教えてもらいました」
「ああ。親子が「うまくいってない」ことって意外と本人達にはわからないものだよね。親の方も、子の方も」
「ええ。私も親から離れて、初めてそのことに気がつきました」
コーデリアは苦笑して続けた。
「私の両親は厳格な人達で、私に対して「あれをしてはいけない」、「これをしてはいけない」と、多くのことを禁じていました。その中に「街の外へ出てはいけない」というものがありました。私が初めて禁を破って街の外に出たのが、伯母の屋敷に滞在していたときだったのです」
優人が知るはずもない背景として、水の妖精は海上に一つの都市を造って暮らしている。コーデリアが言っているのは、この水上都市<ウンディーネ>の外へ――海へと出てしまったということだった。
当時のコーデリアは15歳。三つ年上の兄は彼女の年齢の頃にはとっくに海に遊びに出掛けていたし、彼女の友人らもそうだった。皆、楽しそうにトビウオと競って海を駆けたこと、陸へ降りて、火の妖精の村を訪ねたことなどを語っていた。
それなのに両親は、コーデリアに対してだけは頑なに街を出ることを許さなかった。仕方なく彼女はいつも屋敷の中で過ごしていた。自室の窓から、同じ年頃だろう妖精達が何人かではしゃぎながら海へと出て行こうとするのを見て、溜め息を吐くしかなかった。
彼女に転機が訪れたのは、伯母の住まいに預けられたときだった。
伯母の住居は<ウンディーネ>に古くからある神殿の中にあった。ここに彼女は片手で足りるほどの数の使用人と静かに暮らしていた。
伯母はコーデリアを喜んで迎え入れてくれた。彼女の部屋を居心地の良いように整え、毎日食事を共にした。コーデリアの話を楽しそうに聞き、彼女の好みを聞いて使用人に料理を用意させたりした。
目を引くような美しい人ではなかったが、優しい人だった。
ある日、コーデリアは庭にツバメが横たわっているのを見つけた。
水棲の生き物以外が水の妖精の住み処に現れることは珍しい。それに人間にとっては小さな鳥でも、妖精であるコーデリアにとってはほとんど自分と変わらない背丈だ。
おそるおそる近づいてみれば、翼に怪我をしている。幸いにも大きな怪我ではなく、使用人に持ってこさせた包帯や薬ですぐに手当をすることができた。
だがその間に彼の群れは先へと飛び去っていた。




