悪役令嬢、優人と語らう8
初めて海を渡るという若いツバメは群れをはぐれて不安そうだった。
「私が一緒にあなたの群れを探してあげますわ!」
鳥についてはわからないが、海に住む生き物達は水の妖精の眷属だ。魚やイルカに近辺でツバメの群れを見かけなかったか聞いて回れば、いずれ探し出すことができるだろう。
コーデリアは手当てした部分に気をつけつつ、ツバメの背に乗り街を飛び出した。見る見る水上都市が遠く離れていく。
時折水面近くに滑空し、顔をのぞかせた魚たちに聞き込みをする。
何匹目かに出会ったアザラシにようやく「ついさっき見かけたわ。こっちよ」と連れて行ってもらい、ツバメはようやく群れと合流することができた。
ツバメに何度も感謝されて送り出し、世話になったアザラシとも別れると、コーデリアは海上で一人になった。
ここで初めて言いつけを破って街の外に出てしまったことに気がついた。
以前、街を囲む城壁の上で海の向こうを眺めていただけでも、両親から手ひどく叱られたのだ。今回は本当に外に出てしまった。どんなに怒られることかと青ざめた。
自分の足でも歩ける距離だったが、時間が惜しい。行き会ったイルカに頼み込んで、街へと乗せていってもらう。街のふもとまで着くと、波を操って軽々と城壁を越えた。慌てて伯母の屋敷へと戻ったときには、外はすっかり暗くなっていた。
伯母は玄関の前でじっと立っていた。
後から聞けば、かれこれ一時間以上そうしていたという。
コーデリアはおずおずと彼女の前に出て、頭を下げた。
「街の外へ出てしまってごめんなさい……あの、怒ってますよね?」
「ええ、怒っているわ。でも街の外に出たから怒っているんじゃないのよ」
言いつけを破ったから怒っているのではない?コーデリアは混乱した。それ以外の何がこの優しくて穏やかな人を怒らせるというのだろう?
心底不思議そうな顔をするコーデリアに、伯母は困ったような――どこか泣きそうな笑みを浮かべた。
「馬鹿ね。あなたが心配だったから怒っているのよ」
彼女はそう言うと、コーデリアをぎゅっと抱きしめた。
「無事に帰ってきてくれて、本当に良かった……!」
「……伯母は私のことを愛してくれていたと思います。私が「彼女から愛されている」と確信できるだけの言葉や行動を、私にくれましたから。
思い出してみれば、だからこそ私はあの時迷わず街を飛び出すことができたんです。彼女の愛情が不確かであれば、いくらツバメが困っていようと私は言いつけを守ることにこだわっていたでしょう。
でも私は怒られはしても、伯母が帰ってきた私を家に迎え入れてくれるだろうことを疑ってはいなかったから」
遠い思い出を語るコーデリアの表情は穏やかで、それでいて少し悲しげだった。
コーデリアは妖精云々のところをごまかしているため、話には所々筋が通らない部分もあった。
だが優人は神妙な顔をして聞いていた。
「間違えても、失敗しても許してくれるって思ったんだ?」
「ええ。そう思うと勇気が湧きました。どんなに間違えても、失敗しても、帰ることのできる場所があるなら、私は何も恐くない、と」
コーデリアは目を閉じて微笑む。
あの日、帰った彼女を伯母が抱きしめてくれたときの温もりを思い出しているのだろう。その温かさがくれた強さを。
「伯母はその後すぐに亡くなったのですけど、私は今も覚えています。あの万能感……何でもできるし、何にだって負けないという自信。
シズカも同じ。彼女もまた、私にそういうものをくれる。
シズカは私に「いつも助けてもらってばかり」などと言いますが、本当に助けてもらっているのは私の方なのですわ」
静花はコーデリアが繰り返し「シズカの良いところは人を好きになれるところです」と言っていたことを思い出した。
あれは彼女の基盤を形作る考えだったのだろう。
そして合わせてゲームの中のコーデリアの姿を思い起こした。
コーデリアは悪役令嬢として、ヒロインが恋人になろうとしている男性に片っ端からアタックしていた。
その理由はこのあたりにあるのではないだろうか。
彼女が伯母から受けていた愛情、それに起因する強さ。そういうものを伯母の死によって彼女は失った。もう一度取り戻したいと考えたから、愛情をくれる誰かを全力で探していたのではないだろうか。
静花は今からでも隣のテーブルへ行ってコーデリアを抱きしめたい気持ちに駆られた。
一方、再び目を開けたコーデリアは、いつも通りの顔をしていた。
「今の話はシズカには内緒ですよ。私が格好悪すぎるので」
といたずらっぽく笑う。
「静花さんに言っても別に幻滅はされないと思うんだけどなー」
調子を取り戻したコーデリアに安心したのか、優人もまた軽い調子で言う。
「私はシズカの前では格好良くありたいのです。好きな人には良いように見せたいものでしょう?」
「その理論で言うと、僕はどうなるんだい?静花さんに見せたくないところを僕に見せるということは、遠回しに僕のことはどうでも良いって言ってる?」
優人がどこか拗ねたような口調で言った。




