悪役令嬢、優人と語らう4
「それでこんなに何でもあるところで、今日は何を買うのですか?私のことは荷物持ちで連れてきたのですよね?」
コーデリアは最初の興奮が収まってきたのか、和菓子屋のディスプレイの大福を物色しながら思い出したように尋ねてくる。
「重い物でも大丈夫ですよ。私、今、思いっきり肉体労働をしたい気分ですの」
ぶんぶんと腕を回してやる気をアピールするコーデリアに、優人が「はは、頼もしいね」と微笑んだ。
コーデリアがここ数日、らしくもなく悩み事を抱えているということはわかっている。思い切り身体を動かして悩みを吹き飛ばしたいのだろうのだろうが、今日の「荷物」はコーデリアが望むような肉体労働向きのものではなかった。
「悪いけどそんなに重い物じゃないんだ。かさばるとは思うけど」
優人が苦笑いをしながら言う。
「どういうことですか?」
「備品の買い出しと言ったけど、実はあれは嘘でね」
目を丸くするコーデリアに、誰が聞いているというのでもないが優人は声を潜めて言った。
「まだ2学期が始まってすぐなのに、頑張って仕事をしてくれている生徒会の皆に差し入れをしたいと思ってるんだ。それでケーキを買いに来たんだよ」
「まあ!」
コーデリアが顔をほころばせた。
「それも贅沢に一人2個」
「まあまあ!」
打ち明けられた計画に、コーデリアが手を叩く。
ずっと落ち込んていた彼女だったが、ケーキと聞くと自然と心が浮き立った。やはり甘いものは人の心を元気にしてくれるのだ。
「だからひと箱持ってね。落としたり揺らしたりしちゃ駄目だよ」
「それは重い物を持つより難しいですわね……」
いたずらっぽく笑いかける優人に、コーデリアは眉をしかめる。繊細さを求める仕事は彼女が苦手とするところだ。
二人がそんな取るに足りないことを話していたところに、
「だ、誰か、助けてぇ……っ」
人並みの向こうから絞り出すような声が聞こえてきた。
見れば、通りの真ん中で腰が曲がった老婆が真っ青な顔で立ちすくんでいる。
さらにそこから走り去ろうとしている影がある。キャップにマスク、そして地味な色のウインドブレーカーにジーンズという、完璧に顔と個性を隠した格好だ。手にはビーズで飾られた丸っこいハンドバッグ。服装にまったく合ってないバッグは明らかに他人のものだった。
「ひ、ひったくりぃ~~~~……あっ」
老婆は必死の叫びを上げたところで力尽きたのか、その場にへたり込んでしまった。
「大丈夫ですか、おばあさま!?」
コーデリアが駆け寄って彼女の肩を抱く。
老婆はコーデリアの腕にぐったりもたれかかってしまい、立ち上がれそうにない。
一方でひったくりの男の背はこの瞬間もどんどん遠ざかっていく。
「待ちなさい……っ」
老婆を支えているので動けないコーデリアが制止の声を飛ばすが、男が聞くはずもない。通りすがりの買い物客を突き飛ばしながら、人並みの向こうへ消えようとしている。
「く……っ」
舌打ちするコーデリアの腕の下から、一回り大きな腕が老婆の背に回る。
コーデリアが驚いて振り向くと、優人だった。彼はコーデリアに代わって老婆を自分にもたれかけさせた。
「ここは僕に任せて!コーデリア、行ってくれ!」
「わかりました!」
二人の目が合い、コーデリアは一瞬で判断する。老婆を優人に預けると、彼女は人混みを縫って全速力で走り出した。
優人の方は老婆に声をかけて落ち着かせてやりながら、携帯電話で警察を呼び出す。
騒ぎを聞き付けて周囲の店の従業員や買い物客がわらわらと集まってきた。その中には静花と一法の姿もあった。
「あわわわ、どうしよう……」
「まあ、相手はただの人間だ。コーデリアなら何とかするだろ」
思いもよらない展開に心配そうにしている静花に対し、一法の方は楽観的だった。水の妖精として絶大な魔術を操るコーデリアが、一般人に負けるとも思えない。
ただ問題は、その魔術が人目のある場所では使えないということだった。
「待ちなさい……!」
コーデリアは依然としてひったくりを追っていた。何事かと振り返る通行人を避けたり押し退けたりしながらなので、なかなか距離が縮まらない。魔術を使えれば一瞬で相手を足止めできるのに、衆人環視の下ではそうもいかない。
(どうしたら……)
走りながら思い悩んでいると、足下のマンホールが目に入った。
目立たせるように黄色く囲った四角い鉄蓋だ。真ん中には大きく「消火栓」と刻まれている。
コーデリアの頭に閃きが走った。
彼女は一旦立ち止まると、目を閉じた。
瞼の裏の暗幕に、絡み合う複数の線が展開される。一見、地図あるいは路線図のように見えるがそうではない。これは水の流れだ。
コーデリアは水の妖精だ。水上を住み処とする彼女の一族は水の気配に敏感で、周辺の水場を嗅ぎ分けることができる。
今、彼女というレーダーがこの街の地下を走る水の流れを恐ろしく速く、恐ろしく正確にスキャンしていく。
道路伝いに張り巡らされた配管、さらにはその出口まで。
コーデリアが目を開く。ひったくりの姿を再びその両眼に捉え、その背中にまっすぐと右手を向けた。まるで銃を向けるがごとく。
コーデリアが目星を付けた地点に、相手が到達したそのとき、
「そこ!」
彼女は鋭く命令を発した。




